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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その31

 人気のない平原をさまよい歩く者がいた。


 その足取りは引きずるようで歩いているというよりは倒れないよう自然と足が前に出、それが繰り返されている、といった風であった。


 転倒しないのが不思議なくらいの絶妙なバランス、

 おそらく鍛え上げられた身体(にくたい)が下支えしているのだろう。



「セシリアさま…………どこにいらっしゃるんですか……………………」



 うつろな瞳で虚空に問いかけるN2。


 答える者は島中を我が物顔で吹き荒れる海風の風切り音だけであった。



 N2の心は―――壊れてしまっていた。完全に絶望へと舵を切り奈落の底まで落ちていた。何度もうわ言のように同じセリフを繰り返すだけのN2。


 その姿はさながら生きる屍のようであった。


 歴戦の戦士をそこまで追い詰めた衝撃的な事実が、先ほど、起きたのであった。


------------------------------------


「冗談……? ハッ、こんな笑えない冗談かますかよ。正真正銘ここがあの子の墓だ」



 アイリーンは軽蔑のまなざしを隠そうともせずに言い放った。



「ウソだ」



「ウソじゃない……まぁ信じたくない気持ちは分かるけどさ……でもまぁあの子の墓とは正確には言えないかもしれない」



 アイリーンは墓石に手を添えると軽くなでる。いつくしむように優しい手つきだった。



「骨は入ってないんだ」



「それじゃ」



「おっと勘違いするなよ。骨が入っていないのはそういう意味じゃない」



 アイリーンはそこで顔を上げ天を仰ぐ。

 N2もつられて顔を上げる。

 

 夜空には宝石のような輝きを放つ星が隙間ないほどに散りばめられていた。

 

 その光景はここが監獄島であるという事を忘れさせるほどに美しく幻想的な光景だった。



「そういう処刑法だっただけってことさ。悪夢のゆりかご(分子分解装置)、あれにかけられたらチリ一つ残らない。あの子はこの世から跡形もなく消滅したのさ。こんなヘンピなところに墓を建てたのはあの子が生前ここからの景色を気に入っていたからだよ」


 

 だがアイリーン続く言葉は幻想的とは程遠かった。

 N2の視界は一瞬にして漆黒に塗りつぶされる。



「ふざけるな!!」



 ふり絞るように叫ぶN2。

 その怒りは虚勢のような虚しい響きを帯びていた。



「さっきからいい加減なことばかり言いやがって!! あの人はまだ生きているんだ」


「あーあーそうだねきっと。あの子はアタシたちの心の中でまだ生きてるだろうさ」


「お前っ!」



 N2は瞬時に飛び出しアイリーンの胸ぐらをつかむ。

 細い首筋、少し力をいれればたやすく折る事ができそうだった。


 だができなかった。


 理性がブレーキをかけたわけじゃない。

 ただアイリーンの目元になぜか既視感を覚えたからだ。


 



「お前…」


「いたいな……離せよ……そんでよく見ろや。その墓になんて刻まれてるか。どうだ? 見たか? これが現実だ。アンタは間に合わなかったんだよ」


「そんなはずはないっ!!」


「……最初はアンタのことを恨んだよ。なんで助けに来てくれなかったんだって。この島の警備にビビっちまったのかって。この墓を見せにきたのだってアンタを苦しめたかった気持もある。でも、どうやら……アンタもいっぱい食わされたクチみたいだ……」



「……どういうことだ……」



「本当に知らないんだね…………教えてやるよ。昨日今日の話じゃない。処刑は数ヶ月前に執行されてるんだ」



「……数ヶ月前……?」




 意味が分からなかった。

 理解が追い付かないN2に畳みかけるようにアイリーンは告げる。




「夏の暑いさかりだった。それも()()()()()()()()()()()()()。なんで処刑の情報が伝わらなかったのか、こっちは所定の方法で逐一情報を流していたんだ。だから情報が伝わっていないとしたら間に入っていた連中が……意図的に伝えなかった……そういうことなんだよ」



「……繋ぎ……いや……まさかそんな……」



 その時、N2の頭にエリアの純真無垢な笑顔が浮かんだ。

 この世の清廉さを全てかき集めてもあの透明感にはほど遠い、そう思っていた笑顔が。



「………ウソだ………」



 信じたくはなかった。


 だが、N2は知っていた。


 人間の本当の恐ろしさを。


 己の命と我がこの命を、N2をただ後悔させるためだけに投げ捨てた歓喜にゆがむ笑顔を。


 N2は知っていた。



「敵の方が一枚上手だったってことさね……」



「………いや、バカな、そんな、そんなはずはない!!」


 N2は首を振りながらアイリーンの襟を締め上げる。



「あの人がいなくなるなんてことが……ある訳ないんだ」



「………」



「たのむ、お願いだからセシリア様に会わせてくれ。まだ話してないことがたくさんあるんだ。ダテンシだってまだぜんぜん倒せていないんだ。だけど新しい力が手に入ったんだ。兆しが見えたんだ。それをお伝えしなきゃならないんだ」



「………」



「それにあの人は僕がくるのを、王子に助けられるお姫さまみたいに待っていたんだ。少しおそくなっちゃったけど僕はちゃんときたんだ。気恥ずかしいけど再会のセリフもちゃんと考えてきたんだ。本当はあの人に最初に聞いて欲しかったけど特別にそっと教えてあげるから、だからなぁたのむよ」



「……ムリだよ。死んでるんだから」



 アイリーンはたまらず目を伏せる。これ以上気の毒なものを見ないように。




「さっ―――さっきからそればっかり!! ふざけるなっ!!!!! 人が下手に出ていればいい気になりやがって!!!!!! だいたい貴様はなんだ? 何者だっ? 僕を騙そうとするシエラの手のものかっ!!!!!!?  こんなところにまで潜り込んでいたのかっ!!!!!!?」


「何言ってんだか分かんないよN2…………私が何者かって? ……教えてあげるよ。私はあの子の妹さ。後継者争いに敗れ名を奪われここで保護されていた……ね。顔だちはあの子に似てるって言われてたからよく見ておくれよ……どうだ? 似てるだろ。これで少しは信じてくれるかい」



「そ、そんなでまかせを言ったって!!!」



「……先史遺物にも造詣がある。なんせそのコートはここでアタシが作ったんだ。魂を込めて……ね。そういう想いがコートに残っていやしないかい?」



「そんなものなどないっっ!!!!!!」



「……そういうコートなんだよ。本当はもう分かっているんじゃないのか?」



 N2は膝から崩れ落ちそうになる。


 アイリーンの言う通りだった。


 襟元に掴みかかった瞬間、懐かしさと溢れんばかりの情熱が込み上げてきてむせかえりそうになっていた。



 だがそれを必死な思いで飲み込む。


 

 この感情に飲まれてしまったら、それは彼女の言うことを認めたことになってしまうから。


 だからそれだけはできなかった。



「……たのむ……たのむよ……いじわるしないで……会わせてくれよ……」



「……少し頭を冷やすといいさ。私はさっきの棟にいるから……」



「あっ……」



 アイリーンはN2の手を払い踵を返す。


 N2はそれを止めることができなかった。


 なぜか力が入らなかった。


 それどころか普段は超常の力を授けてくれるコートが鉄の塊のように重く感じられた。


 立っているのがやっとのくらい、アイリーンの背中をただ黙って見送ることしかできなかった。




「ウソだ……そんなはずは……ないんだ……」



------------------------------------

 


 N2はさまよい歩く。


 目的地もあてもなくさまよい歩く。


 彼は今、自分が歩いているという自覚すらなかった。


 この世にないものを求め進む姿はすでに幽世に足を踏み入れているようにも見えた。

 

 だから目の前にとある一団が現れた事にも全く動じなかった。

 気がつかなかっただけかもしれない。




「お待ちしてましたよ。同志N2」




 一団の中から一人の男が手を差し伸べてきたときにも、N2はおよそなんの反応も見せなかった。

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