その5
(それにしてもこのミレニム騎士団の連中……一部を除いて本当にアレだよなぁ)
ほとんど労せず決勝戦まで勝ち抜いたギアックは、試合会場まであと数歩という位置で立ち止まり、しみじみとそう思う。
一年間所属して分かったことだが、この騎士団に所属している騎士の錬度の低さは目を覆いたくなる程ひどかった。
一応騎士団と名はついているが、はっきり言って村の自警団に毛が生えた程度のレベルでしかない集団、それがミレニム騎士団の実態である。
しかし、それには致し方ない事情もある。
三方を山で囲まれた港町であるミレニムは、その攻めずらい地理的特性によって、過去外敵からの侵略を受ける事がほとんどなかった。
さらにグラディアート家の創設者であるグラム=グラディアートの政治的手腕によって、この地は半永久的に不可侵の地とするという密約が各国領主との間で取り交わされている。
それ以来、時の権力者とグラディアート家のコネクションによって、このミレニムの地は地上の楽園と呼ばれるほどまで豊かで平和な街へと繁栄していったのだった。
それこそ自前で戦力を持つ必要が無い程に―――
(……たしかセシリア様が3年前に騎士団を刷新されたから今の形になったんだよな。まぁ、金持ちお嬢様の道楽、といったところかな……)
そんな体だから素性もろくに調べられずに入団できたことをすっかり棚に上げ、ギアックはやれやれとひとりごちる。
(しかしエウリークさんがどれほどの腕前か知らないけど参ったな。ただ勝つだけじゃダメ、プライドをズタズタに引き裂いて最大限の恥辱を与えろときたもんだ。いったいどうしたもんだか……また全裸にさせてみるか? でも、もうアレあきたしなぁ……)
などと考えながらギアックが試合会場へ足を一歩踏み入れた途端―――
『BOOOOOOO!!!!!
BOOOOOOOO!!!!!
BOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!」
ブーイングの嵐に出迎えらえる。
「あ、あれ?…………もしかして、僕」
『BOOOOOOO!!!!!
BOOOOOOOO!!!!!
BOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!」
ギアックは自分に注がれるブーイングの嵐を聞きながらじわじわと実感していく。
「………完全に悪役ってわけかな。ハハッ」
一度もまともに戦っていないことに加え、勝利の際に礼もしめしていないのだから、ミレニム市民としてはそれはいい気はしなかっただろう。
その不満がこの決勝戦の場においてついに爆発したようだ。
(だからってここまでするか? まったくこれだから×○△は…………仕方ないだろ。身バレは絶対に避けなきゃいけないんだから)
今日の絢爛試合の出場に当たってギアックは一つの条件をセシリアに提示していた。
それは絶対にギアック=レムナントだと周りに気付かれない事。
平穏な生活を欲するギアックにとってそれは絶対に譲れない条件であった。
それが破られてしまったら何のためにミレニムくんだりまで来たのかがそもそも分からなくなってしまう。
エウリークに勝利すれば名実ともにミレニム騎士団最強の男に繰り上げ当選となるが、そんな大仰なポジションはギアックの望んだものではない。それだけは絶対に避けなければならない。
そのためギアックはセシリアに感謝の土下座一万回を試みて必死に懇願し、その余りのしつこさと狂気に恐れおののいたセシリアは、仕方なく偽の入団証と偽名をギアックに与えたのであった―――
『BOOOOOOO!!!!!
BOOOOOOOO!!!!!
BOOOOOO……………ワァァァァァーーーーーーー!!!!!」
すると突如ブーイングの嵐が止み、代わりに熱狂的な歓声にとって代わられる。
「お出ましか」
ギアックの立っている場所からちょうど反対側の入場口、
そこから一人の男が現れゆっくりとこちらに向かって歩を進めてくる。
エウリークだった。
(悪役を倒すヒーローの登場ってところか…………って、おいおい、マジかよ)
エウリークからは以前話した時のような朗らかな好青年の印象が消え去っていた。
代わりに全身から湯気のように殺気が立ち上っていた。
「貴様、名を名乗れ」
そして顔を合わすなり詰問口調で問いかけられる。
「えっ、あ、えーっと、な、なんだっけ……あ、たしかアストレア……です? よ、よろしくぅ~」
「ほぅ、道理は知らぬが口はまともに利けるようだな。では問おう。
貴様、なぜ勝利の際にその兜を脱がない!? この絢爛試合には領主殿を始め、我々を支援してくださっている多くの善良なる市民が観覧に来てくださっているのだぞ!? その方たちに対して騎士として不敬とは思わんのか」
「えっ? 善……良……? あんなブーイングしておいて……??」
「なんだと!?」
「い、いやー、そうっすね。いやー、ボクもまずいとは思ってたんすよ。でも、ホラ、何しろ自分すごい不細工な面構えなものでして。兜を取ったら取ったで、やっぱ被っとけってクレームが入るに違いない、と。だったら最初から脱がない方がお互いのためにもなるっつーかなんつーか……」
「……チッ!! もういいっ!! 今の返答でよく分かった!! 貴様が騎士道を解さぬふざけた輩だという事がな。必ずや我が剣で貴様を打ち倒しその面を白日の下にさらしてくれる!! 二度とミレニムの街を歩けんようにしてやるからなっ!!」
今のやり取りでエウリークの怒りがさらに増幅してしまった事をギアックは肌で感じる。
(エウリークさんすごく気合いが入ってるなぁ。でもまぁ、当然か)
ギアックはおもむろに観覧席の方へ視線を向ける。
そして一段高い位置にせり出したバルコニー、その貴賓席に座る全ての元凶の姿を遠くに見つける。
その人物、セシリア=グラディアートは自分の運命がこれからの試合で決まってしまうというのに全く不安がる様子もなく、頬杖をつきながら足を組んで試合を観戦していた。(ように見えた)
(はぁ……あんな態度見せつけられたら……)
ギアックは腹の底から嘆息する。
そんな余裕な態度が出来るのはおそらく知っているからに違いない。
この試合の行方を。
誰が勝つのかということを。
そしてそれは取りも直さずギアックに全幅の信頼を寄せているのと同意義でもあった。
「……まぁ乗りかかった船ですからね。最後まで仕事はキッチリこなして差し上げますよ」
誰に言うでもなく、ギアックはぼそりと呟いた。