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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その24

「この翼竜……まさかミスト、お前が操っているのか?」


 N2は自分を救ってくれた巨大なカゲ、翼竜の背の上で問いかける。


 少しシルエットは変わっていたが雰囲気から先ほど戦っていた翼竜に思えたからだ。



「どこにいる?」

 


 だが不思議なことに操者の姿はどこにも見当たらなかった。だというのにミストらしき気配はほのかに感じる。



「誰かさんにだいぶ痛めつけられたからな。ボクが力を貸さないとコイツは飛べないんだ」



 するとまだあかぬけないミストの声がちょうど真下、翼竜の中から響いてきた。



「なに!? まだ翼竜と同化したままだというのか!? 危険だ! 戻れなくなる!!」



 A級扇動者ですらダテンシと同化すればすぐさま主導権を奪われてしまう。ハクのときもそうであったように。未熟な扇動者ならば尚更だ。



「心配いらない。いまのボクなら自分を見失うことはない」



 だというのにミストの声音はこれ以上ないほど冷静であった。

 気をもむこちらが拍子抜けするほどに。


「……何があった?」


「見せてもらったんだよ。あの白い世界でボクのすべてを。そしてそこには翼竜の本来の操具もあった」


「本来の操具? そして白い世界だと?……あれは夢じゃなかったっていうのか」


「おいおいまだ寝ぼけてるのか? お前が見せてくれたんだろ? あの時、あの人の姿を借りてさ」


「あの人?」


 ミストは呆れたのか竜の姿のままやれやれと首を振る。


「ホントになんにもおぼえてないんだな。あの時、お前に握られた手からあの人は現れたんだ。そしてあの人がいた時にお前の姿は消えていた。だから分かったんだ。きっとあの世界ではお前があの人になっていたんだって。お前の姿を借りなければならなかったんだって」


「お、おう」


 興奮冷めやらぬミストの言だがN2には何のことだかサッパリ分からなかった。

 その様子に気付いたのか、ミストの融け込んだ翼竜の背が少しうなだれる。



「え、えっと……まったく覚えはないんだが……このコートのことだ。あながち無いとは言い切れない。いや、きっとそうだ、そうにちがいない! アレは私だ! 私以外の何者でもないっっっ!!」



 そして自ら作り出した空気の重さに耐えかねたN2はムリやり自分を納得させるのであった。



(それにしても……)



 N2は想う。なぜこのような記憶の齟齬が生じているのか、と。


 なんとなしに仮説立てることはできる。それは今回の舞台である思念の世界がミストのもの、つまり彼の側の世界であったということであった。



(つまり私は招かれざる客、異邦人だった)



 思念の世界はもしかすると人体のように侵入してきた異物に対し何らかの対策を講じているのかもしれない。たしかにそうでなければ他の意識が入り込んできた場合、好き放題に蹂躙されてしまう。


 だからミストの記憶の中にある登場人物の姿を借りなければN2は存在することすら許されなかった。そのためそこで起こったことはN2の脳裏にはほとんど残らずミストの中にしか残らなかった、そんな風に考えられるのではないだろうか。


 どれだけ理屈をこねてみてもこの考察は妄想の域をでることはない。しかしーーー



「……いいよべつに覚えてなくても。だってボクはそう信じてるんだから」

 

 ミスト=シルエットとしてこの世界に呼び戻された少年の呪縛が、思念の世界で紐解かれたのだという事だけはハッキリと分かった。



「……よかったな。思い出せて」


「……正直まだ実感ないけどね。でも、とにかくそういうワケだから」



 ミストは翼をことさら広げてみせる。

 するとN2の仮面にぶつかる気流の勢いが一気に増し、コートが激しくはためく。


 まるで風と一体になったような感覚だ。



「今度はボクが礼をする番だ。どこに行きたいんだ?」



 まだ世界は暗い。寝静まった夜の顔を見せている。


 だがこの時N2は、ひと足先に夜明けを迎えたような気がした。



(長かった……本当に……悪夢のように長い夜だった……)



「なぜ知っている…… いや、いいのか……?」


「借りはすぐ返す主義だったみたいでね。はやく言えよ。ボクの気が変わらないうちにさ」


「……分かった。実は―――」



 そこでN2は自分の目的地のことを伝える。


 どうしてもそこに行かなければならない理由、悪夢が生まれた経緯、それを生み出した共犯者のことも包み隠さず全てを話す。


 それは長い話になった。


 N2はところどころ感情をセーブし、時には立ち止まって補足をはさんでていねいにていねいに説明した。


 もしかするとこの幼い扇動者には全てを知っていて欲しい、そんな想いがどこかにあったのかもしれない。


 その間ミストはただ黙ってじっと耳を傾けていた。


 そして話が終わるやすぐに



「……つまりおまえは恋人を助けに行きたいんだな」



 N2の説明をまったくの徒労に終わらせたのであった。



「え?? ……いや、なんでそうなるの? バカなの??」


「いやだってどう聞いてもそうなるだろ。それだけ生命をかけて会いに行こうだなんて。違うの?」


「いや、たしかに命だけだったかもしらんけどそういう安っぽいアレじゃなくてさ、もっと高尚な思いっていうか……分かんない? あー、そうか、分かんないかー、そうだよなー、子供にゃこういうのちょっとむずかしいもんなぁぁあああああ!!?」


 ミストは無言で翼竜を一回転させN2は本日二度目の落下の恐怖を味わう。



「なにすんだよ!?」


「いやなんかムカついたから。それで実際どうなの?」


(えっ、なんなのコイツ、こわい)


 悪びれない態度のミストにN2は恐怖した。


 本当にそんなんじゃないんだと心の奥底から弁明したい!

 が、それでヘソを曲げられたく(落とされたく)なかったので、渋々話を合わせる大人なN2。



「イヤージツハソウナンダヨ。ボクノハニーガヘタウッテパクラレチマッタモンダカラサァァァヨロシクタノムヨォミストサマァァァ!!」


 ……あまり大人ではなかった。


「な、なんか急に棒読みになってない?? ……ま、まあいいさ、あの島なら哨戒中に何度か通ってる。ここからだったら10分もかからないよ」


「……そうか!」



 N2はそこでようやく張りっぱなしだった気を緩めることができた。


 そして―――あの時、テンタクルエッジを突き刺した瞬間にもう一つの選択肢をとらなかったことに感謝する。


 シエラがやろうとしたように、このミスト=シルエットの精神を消し去り翼竜の制御を奪いとることを。


 おそらくそれをしていたらこの結果はなかった。


 直前になってそれをしなかったのは気まぐれか、それともシエラに対する反発心か、今となっては分からない。


 しかしそのおかげでN2は一人の魂を救う事が出来たのだ。



(これは大きな一歩だとは思いませんかセシリア様?)


 

 新生レコンギスタ教団の力は未だ未知数。


 距離を無視した強制操具、死者すら再利用する呪法、そして翼竜をはじめとしたギアックすら知らないダテンシの数々―――


 対抗手段は不思議なコートとN2という名だけ。

 

 比較にならない戦力差、それでもシエラの思惑を超えた結果を出せたことにN2は達成感を覚える。


 そしてこの出来事が楔となっていつかレコンギスタ教団を滅ぼすことにつながっていく、そんな未来を夢想する――― 



(そうだ、これが僕の戦い方だ。シエラ、すべてがお前の思い通りにはならない。そしてこれからもさせない。見ていろよ、ここからが悪夢の反撃だ)


 

 そして一人静かに決意を新たにするのであった。



「……それにしても翼竜を扱える扇動者なんてシエラ以外に初めて見たよ。きっとシエラを殺せばお前は晴れて自由の身だな」


「シエラさ……殺すのか」


「そうだ。アイツだけは生かしてはおけない。この世に災いを振りまくだけの存在だからな」


「そう……か……そうかもしれないな……」


「今ミレニムで起きている混乱はすべてアイツが元凶だ。きっと領主を誅殺したことにも何らかの形で関わっている。それにどういう方法かは分からないがお前のような存在も生み出している。これ以上不幸な者を生み出さないためにも早めにトドメをささなければならない……なぁ、お前さえ良ければ手伝ってくれないか?」


「ボ、ボクが?」


「私でも翼竜はもてあます。操具したことがないんだ。それにこの乗り心地、お前の操具は100点満点だよ。当時お前がいたら間違いなく特A級の扇動者だ」


「そうかよ……」


「翼竜の戦力ははっきり言ってほしい。最近、仲間も増えてな。お前さえよければ」


「…………」


「……まぁ、すぐに返事しろとは言わない。考えておいてくれ」


「……ああ、分かったよ」


「……それにしてもなんだな、いつまでもお前とかミストとかっていうのも味気ないな! 記憶が戻ってるんだったら名前を教えてくれないか」


「名前?」


「ああ、取り戻したんだろ。ミスト=シルエットじゃない本当の名前を。だったらその名前で呼ぶのが礼儀だろう」


「い、いいよそんなの」


「そういうわけにはいかない。お前は軽く考えているかもしれないがこれはけっこう重要なことだ。それにイヤなんだ。記号で呼ぶのが」


 ミスト=シルエットはレコンギスタ教団の符牒である。


 そしてそれは死者と同義でもある

 

 すでに教団と決別したN2からすると、その名を口にするのは気分のいいものではなかった。



「教えてくれよ。それとももしかして恥ずかしい名前なのか? ×××とか◎◎◎◎とか」


「そんなワケあるかっっっ!! どこの世界にそんな卑猥な名前つける親がいるんだよっ!! だからちがっ……わ、分かったよ。一度しか言わないからよく聞けよ。ボクの名前は―――」



 翼竜の全身が赤く染まっていく。


 それはミストの羞恥心―――によるものではなく、もっと別の、紅い光源によるものであった。



 ボォォォン!!



 そしてミストとの雑談は耳をつんざく爆発音によってさえぎられた。



「なんだっ!?」


「火球!!? どこからだ!?」



 空を紅く染めた火球の衝撃に二人は瞬時に戦闘態勢に移行する。


 雲が厚くて視界が効かない。

 さらに月明りも乏しい曇天、敵はどこにいるのか。


「!!?」


 するとN2の視界の端で雲が一瞬オレンジ色に変わった。



「上昇しろ! 雲の上にでるんだっ!!」


「分かったっ!!」


 ミストは指示通り急上昇し雲の層を突き抜け上空に出る。

 その下をちょうど紅い焔が連続で通り過ぎていった。



「「!!?」」



 だが雲の上に出た二人は固まってしまう。

 月をバックに待ち構えるようにホバリングする翼竜の姿があったからだ。



 そしてその背には誰かが乗っていた。

 性別も相貌も分からない。



 なぜ分からないのか―――それはその人物がN2と同じく仮面をかぶっていたからだ。


 N2とは真逆の、月光を浴びて青白く輝く純白の仮面を。



「……処刑人……」



 N2の耳にミストの腹の底から緊張した声が届く。


 それを聞いたN2は、空の上での初めての戦闘が、おそらく激戦になるであろうことを予感した。

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