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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その22

 死の闇はミストから五体の感覚を奪っていた。最初からそんなものが存在していたのかも疑わしいほど圧倒的に。


 そしてミストは()()()()()実感していた。いったいどうやって? どの器官をつかって? それは分からなかった。


 が、確かなことがひとつだけあった。


 それはこの『なにもできないが意識だけはやたらハッキリしている時間』が、永劫に続くということだった。それだけは絶対の真理として理屈ぬきで分かってしまった。


 それは想像できうる拷問のなかでももっともむごたらしく過酷なものだとミストは思った。


 だから今はただ少しでも早く気が狂ってほしい、それのみをミストは願う。

 とてもさみしく、かなしい願い。


 ―――もしかするとこんなことを必死で願う自分はすでに狂っているのかもしれない、そんなことを考えながらもそれを判別することもできない漆黒の闇の中でミストはうずくまる。



 そんな状態がつづいていたからだろうか―――目の前に輝く糸が垂れてきたのでミストは仰天してしまう。



(これは―――)



 手はすでにない。だが輝きを求め、あるはずもない手を伸ばしてしまう。



 この糸は現実か、それとも頭の中で生まれた妄想か。そもそもこの場所は現実世界とは異なる空間のはずしかしそうとも言い切れないたしかな存在感が糸からは感じられいったいこれはなんなんだ――――さまざまな考察が浮かんでは消えていく。



 そのとき生まれた思考にはミストの意思、想い、そういった形而上の情報が含まれていた。それが糸の発するソナー、ロスティスの特性に感知された。



 糸はすぐさまミストの座標にとびつき彼の失われた身体に巻きついていく。そして喪失していたはずのミストの体は糸に巻き付かれる形で演繹的にあらわになっていく。



 ビュンビュン



(この音は、さっきのーー)



 そのとき生じた音が闇に飲み込まれる直前に聞いた音、N2の残した置き土産、テンタクルエッジの風切り音だと気づいた瞬間ミストは闇から引き上げられる。




「動けるか」



 いつの間にかミストは真っ白い草原に寝かされていた。

 そしてすぐ傍には黒いコートの男N2の姿があった。



「……たぶん」



「なら手伝おう」



 N2はかがみ込みミストの手を取る。思えばミストはこの時はじめて彼の声をちゃんと聞いた気がした。



「私はシエラのようにはできなかった。この翼竜をお前から切り離すことはできなかった。だからお前の意志はこのままなにもしなければ飲み込まれ消えてしまうだろう」



 現に現実世界ではそうなりかかっているとN2は付け加える。



「………おどかしているのか」



「忠告だ。同化を止められるのはお前だけだ。お前の意志で翼竜を制御し止めるしか方法はない。力は貸せるが最後は本人の気力がものを言う世界だ」


「なんでそんなことをおしえる?」



「翼竜でなければ辿り着けない場所がある。そこに行きたい。そのためにおまえの力を借りたいんだ」


「そうかよ………」



 ミストは静かにN2の手を振り払う。


 結局のところN2もシエラと変わらない。ただ自分の持つ力を欲しているだけの存在だということが分かったから。


 

「たのむ! お前しかいないんだ」



 かぶせるようなN2の懇願もミストの心を上滑りしていく。


 だが次の瞬間、いきなり強い力で引っ張りあげられミストは立ち上がる。



「!!?」



 狼藉をとがめようとしたがN2ではない。彼も驚いていた。


 ではいったいなにが起きたのか。ミストは力のベクトルに向かって視線を巡らす。何もない。


 そして次に自らの手のひらを開いてみる。するとおどろくことにそこには赤い跡がクッキリと残っていた。


 まだ真新しい、まるで誰かが強く握りしめたあとのような線。



「うっーー」



 すると今度はどこからか濁流の音が聞こえてきた。

 濁流だと分かったのは同時に泥の匂いが鼻腔全域に広がったからだ。


 そして濁流はミストの足元までせまるとすぐさま形を変えその腹中へ彼を飲み込んでしまう。一瞬で上下の感覚を失い激流の中でもみくちゃにされるミスト。



「ごぼぁっぉ」



 ここは現実世界ではない。それは承知していたが水の冷たさ、流れの速さ、それらは現実的な質感をもって迫りミストをパニックにおとしいれる。



 そしてミストの脳裏にフラッシュバックする既視感、映像。



 それを見てこれが追体験、過去の記憶の残滓なのだと理解する。



 そしてこの状況を自分は知っている―――


 

 この状況、これは、これは、自分が死んだ時の記憶だ。

 


 この圧倒的な無力感、間違いようがなかった。魂に刻まれていた。ミストは完全に思い出す。




 自分は大雨の日に川へいってそこで足を踏み外して―――つまり自分は―――戦って死んだのではなかったのだ―――


 ただ溺れただけだったのだ―――



 認めたくない事実にショックでなにも考えられなくなる。やがて抗うことを忘れた体は流れに屈しそのまま仄暗い水の底へと落ちていく。




「ーーー」




 光が遠ざかるのに比例して身体が芯から冷えていく。


 またこれだ。死のつめたさだ。何度も味わう悪寒にミストはうんざりする。


 これでさっきの闇にまた出戻り、いったいなんだったんだこの時間は。


 ムダそのものじゃないか。


 

 ミストは悪態づきながら自身を包み始めた闇に身を委ねていく。

 もう二度と戻る事はない。



 だが――――不思議なことに―――手のひらだけは熱が下がらなかった。


 むしろ熱い。


 そこだけまるで精錬中の溶鉱炉のように熱く、熱く、熱く熱を発しているようだった。


 いったいなにがおきているんだ? ミストはうつろな瞳で手のひらに視線を移す。


 するとさきほどの赤い線が明滅しているのが見えた。熱はその線に沿って発せられているようだった。


 そしてその紅い線が伸びて手のひらを飛び出していき、集まった消失点に人を象った炎のかたまりが現れる。


 その炎が咆哮を上げた瞬間、手のひらの熱が爆発的に高まる。



「あつっ!!」



 ミストは耐えられない熱量に手を振るう。するとそこから熱波が発せられ水中へと広がっていく。



「うっ!」



 熱波は周囲の水分を蒸発させながら膨張をつづけ、やがて濁流全てを消失させてしまう。


 そして舞い戻った白い草原の上にはN2の姿はなかった。



 代わりに立っていたのは輪郭もおぼろな男であった。



「アンタは」



 見覚えがある。

 先ほどN2の背後の空間にいた男だ。そしてこのミスト=シルエットと近しい間柄にあるであろう人物だ。



 男はなにも言わない。なにも語りかけてこない。ただじっとミストを見つめ返すだけである。


 それだけだと言うのにミストはすべて分かったような気がした。視線から意志が伝わってくるのだ。


 

 そしてその内容にミストはとまどう。



「なんでそんなに……」



 男は喜んでいたのだ。



 かつて手放したものを意識の存在となった今、ようやく救えたことによって。



 言葉ではとうてい伝えきれない感情、それが視線から、大気から、足元からぞくぞくと流れ込んでくる。


 そしてその中には、自分が欲していた答えもあった。


 どれだけ自分が愛され、大事にされていたのか―――



「ぼくは、ぼくは、こんな風に、想われていたのか……」



 時間にすればほんの短い邂逅、だがミストにとってそれは永遠にも近しい時間であった。



「……………」



「……もういい。もうわかった。もう十分だ」



「……………」



「分かってるって」



 

 心配されているのにこういう態度をとってしまう自分にミストは苦笑する。




「分かってるよ。これからどうしなきゃいけないか…………ぼくは決めたよ」


 

 ミストはそう宣言すると深呼吸をはじめた。

 


「すぅー、はぁーすぅー、はぁー」



 今からやることには力がいる。だから力をためなければ。



 思えばミスト=シルエットとしての新たな生。その幕開けは陰謀めいていた。

 だからずっといままでシエラが敷いたレールの上であった。



 それは恥ずべきことだったと今のミストは思う。



 だからミストはそのレールを外れる決心をした。



 たとえそれが誤った選択だったとしても、いまはそれが正解だ。

 胸を張ってそう思えた。



 顔を上げると男の輪郭が大気とまじりあい、さらにあいまいになっていた。



 だが顔だけは先ほど以上にほほえんでいた。


 その笑顔にミストは最後の勇気をもらう。


 たとえ死者だったとしても、もう、拗ねるのはおしまいだ、そう思えるほどに。



 男が完全に消え去る前に、ミストは行動する。


 その姿を見せることが、自分のできる最大限の返礼だと思ったから。




「それじゃいってくるよ」



 新たな生を新たな人生に変えるためにミストは一歩を踏み出す。


 とたんに真っ白い草原が崩落し、男の姿が燃え尽きて急速に現実世界の痛みが去来する。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



 突如上がった咆哮にボッシュとエルシーは身構える。


 N2が頭部にテンタクルエッジを突き刺してからの数分間、2人は微動だにせず翼竜を注視していた。


 が、今しがた上がった咆哮で2人は何かしらの決着が着いたことを理解する。



 いったいどうなったんだ? N2は?


 

 その答えが得られる前に、翼竜ははげしく翼をはためかせ飛翔の気配をみせた。



「くっ! アイツ気づいてないのっ!?」


 

 テンタクルエッジで翼竜につながっていたN2はだらんとしたまま翼竜に引きずられていた。


 このままでは翼竜といっしょに―――

 エルシーは満身創痍の身体に喝を入れ二人をつなぐワイヤーに飛びつこうとするが、



「ダメだっ! 行かせてやれ!!」



 ボッシュのタックルによって阻止されてしまう。



「ど、どこさわってんのよっ!? それにアンタ仲間じゃないのっ!? 見殺しにする気っ??!」



「バカヤロウっ! N2がなんのためにここまで体張ってたと思っていやがる! ガキの出る幕はねぇんだよっ!! すっこんでろペチャパイ!!!」


 

「なっ――――ペ、ペチャ……? お、お前ぇぇ~~~~~!!!」


 

 エルシーは怒りのあまりボッシュの後頭部にゲンコツをたたきこむ。



 「あっぁ」



 なにかとってもイヤな音がしてボッシュの意識はブラックアウトする。

 

 倒れこむボッシュを引きはがしたエルシーはすぐさまN2へ駆け寄り手を伸ばす。

 


 


 ―――が、その指は虚空をつかんだだけだった。




 エルシーの目の前で翼竜は上昇し、そしてすぐさま空の彼方へと飛び去ってしまう。


 

 すぐに闇に溶け込み見えなくなってしまったその姿をエルシーはただ見送ることしかできなかった。




「えっ……? これで……おわり? こんなので……? こんな……こんなことで……?」




 なにが起きたのか彼女はとっさに理解できなかった。



 そしてその時、自分の中で生じた感情の意味も分からなかった。



 ただできることは、自分の中で生まれたこのぬぐいきれないナニカを空にぶちまけることだけであった。




「……みとめない……こんなの……ぜったいに……わたしはみとめないっ!! みとめないんだからぁーーーーーーっ!!!」



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