その20
お互い向かい合う翼竜とN2たち。
この時、串刺しにしていたはずの獲物がボッシュによって奪われているというのに翼竜は逃げ出さなかった。
むしろ全身から闘気すらみなぎらせていた。その姿にN2は勇気づけられる。
なんとしてもこの場で決着をつける、そう決心する。
風が止み音が消え殺気のみが戦場に満ちていく。その濃度が飽和し爆発寸前まで高まったところでN2は口を開いた。
「やるべきことはシンプルだ。装甲のスキマにロスティスを突き刺す、そしてヤツの制御を奪う」
その落ち着いた声音は彼がこの極限状態にありながら冷静であることを示していた。
「さっきもやってたようだが……いけるのか」
「任せろ。今度こそ兄の尊厳というものを見せつけてやる」
「なに? あに? ……まあいいや、とにかくオレのやる事はハッキリしてんだ。ところでN2」
「なんだ」
「今回の件がいっさいがっさい片付いたら一杯どうだ?」
「?なんだいきなり」
「いや、別に深い意味はねぇんだけどよ。古巣からくすねてきた酒がたんまり余っちまってんだ」
このタイミングでこんな提案をしてくるボッシュの神経がN2には理解できなかった。だがすぐにその真意に気づき苦笑してしまう。
「フッ、くすねてきた、か。あんな粗悪品をよく持ち出す気になったものだ」
「色々あって退職金がでなくてよ。お駄賃代りってワケさ」
「あの人が聞いたらなんて言うやら……だがいいだろう。約束だ。全てが終わったらあの酒で祝杯をあげるとしよう」
「うっし! そうと決まりゃコイツをとっとと片づけねぇとな!!」
二人は拳を突き合わせる。
その瞬間、目の前に翼竜の翼が広がった。
先ほど二人が致命傷を負った滑空タックルの再来だ。
「二度も食らうかっ!!」
だが今度は左右に散って2人はタックルをやり過ごす。そしてボッシュは背負っていた大剣を抜き
「またアゴぶち砕いてやる!!」
すぐさまアッパースイングを放つ。だが宣言通りの軌道はいともたやすくかわされてしまう。
そしてお返しとばかりに空中で転身した翼竜が下降と共に前蹴りを見舞う。
「チッ!」
だがそれを剣の腹を使ってガードするボッシュ。
しかし全ての勢いは殺しきれずに地面を数メトル擦りながら後退する。
「フンッ!!」
その攻防の合間にN2はテンタクルエッジを放った。ワイヤーがランダムにくねり不規則な軌道を描く。そして装甲の隙間に近づいた瞬間、刃は必殺の軌道へ変化し翼竜を強襲する。
ガキィィィィィン
しかし間一髪、スライドした装甲に阻まれてしまう。
「畳み掛けろ!」
「おう!」
勢いを殺さないようすぐさま二人は再攻撃にうつる。
「ケツの穴から串刺しだぁ!」
疾走から急制動をかけ特大カーブを描いたボッシュは翼竜の背面を取る。そして剣を傾け翼竜の臀部に向かって突き出す。
翼竜はしかし尾をムチのようにしならせこれを迎撃する。
再び剣のガードでやり過ごすボッシュ。
その間、N2は両腕から対となったテンタクルエッジを射出する。
「はぁああああああああ!!!」
人の意志を伝える金属の特性を最大限に活かすよう、N2は強く強く念じた。
もっと速く、もっとしなやかに、と。
想いを受け取ったワイヤーが縦横無尽に空間を埋め尽くす。そしてワイヤーが織りなす巨大な黒点がこつぜんと中空に穿かれる。
その突如生まれたブラックホールにプレッシャーを受けたのか翼竜は一瞬たじろいでしまう。
その隙をN2は見逃さなかった。
突如黒点から弾丸のように2本の刃が飛び出し翼竜を襲う。
ガキィィィィィィィィィン
だがそれでも刃は届かなかった。装甲自体がすでに回復を始めているのか隙間が埋まる間隔がN2の予測をはるかに上回っていた。
だがテンタクルエッジが弾かれたその瞬間、新たな刃が翼竜を襲った。
N2愛用のロスティスナイフだ。
彼はテンタクルエッジを操りつつ脚部に収納されていたナイフを蹴りと同時に放ったのだ。最初から本命はこちらであった、そうとしか思えない程の絶妙なタイミングであった。
(届け!)
完全に虚をつかれた形の翼竜、そしてとうとう装甲の隙間に刃が入り込む。
「やったかN2!?」
「いや、これは、ダメかっ!!?」
ナイフにくくりつけたロスティスワイヤーをN2は力まかせに引っ張る。
だがピクリともしない。
刃が完全に装甲と装甲の間に挟まれてしまっている。切っ先が表皮に突き刺さる寸前に装甲がスライドしたのだ。あまりにも驚異的なそのスピードに二人は戦慄する。
「足をとめるな!!」
「クソがぁぁぁぁ!!」
『ムダナコトハヤメロ』
その時、再び走り出した二人の頭の中に声が響く。
それはハクの時にも聞いた、ダテンシに取り込まれた者特有の抑揚のない声だった。
『ワタシハミストシルエット、シエラサマノオボエメデタイサイキョウノアジテイター、ドウアガコウガナニヲシヨウガキサマラデハタチウチデキナドシナイノダカラ』
そして声が響くたびに激しい耳鳴りと頭痛が二人を襲う。
『ジヒヲウケイレヨ』
この声が神経に影響を与える攻撃であることは疑いようがなかった。言葉が紡がれるたびに単語に脳を殴られているような衝撃を受ける。今までとは明らかに次元の違う攻撃にN2は舌を巻く。
これが翼竜種、いや、ダテンシの持つポテンシャルなのかと。
「ーーーいきなりひと様の頭ん中でイキりやがって、なにが、最強の扇動者だ、何が慈悲だ! ふっっっっっざけてんじゃねーぞぉぉぉぉぉ!!!!!」
そんな中ボッシュが絶叫する。
その叫びが2人にまとわりついていた翼竜の言葉を吹き飛ばす。
彼は怒っていた。
「ガキはなぁ、ガキはガキらしくガキのことをしてりゃあいいんだよ!! それなのに扇動者なんてクソ溜に浸かりやがって!! オレが、オレたちが、アルテナ騎士団がどんな思いで戦っていたと思っていやがるんだっ!!!!!」
「ボッシュ……」
「いいかげんウンザリだよ!! こんなクソみてぇな状況!! このクソがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ボッシュは完全に頭に血が昇っていた。そしてその勢いのまま翼竜を中心に円を描くように疾走を始める。
戦場で感情に囚われてはいけない。
だからボッシュがその掟を破って激情のまま叫び声を上げてくれたことにN2は心の底から感謝する。
自分ではきっとこうは出来なかったから。
そしてこの心からの叫びによって大勢は決したのだ。
ボッシュが直情的な男であることが改めて印象づけられたことにより道が開かれた。
だからもうあとはつき進むのみ、その勝利につながる一本道を。
「ボッシュ! やれ!!!」
「!?おうよっっっ!!!!」
『ムダダトイッテイルノニ、オロカナムシドモガ―ーー』
翼竜の声が波のように広がりN2を襲う。
「何度阻まれたって諦めない! 何度だって試してみせる!! ミスト=シルエットという悪夢を終わらせらせるんだっ!!」
N2はナイフ片手にその荒波に立ち向かっていく。
キィン
だがナイフはすぐさま装甲にぶち当たり中空を舞う。
しかしひるむことなくN2は新たな武器を取り出し斬りつける。
キィン
キィン
だが新たな刃も小気味いい音を奏でながら飛んでいってしまう。
『モウチカラガハイラナイヨウダナ、ムシケラ』
ヴァニシングエリアを警戒しているのか翼竜は爪ではなく精神攻撃を放ってくる。
至近距離でその怪音にされされたN2は四肢が引きちぎれんばかりの激痛にみまわれる。それでも手は休めなかった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
キィンキィンキィン
キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン
キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン
何度も何度も何度も刃を振るい続ける。
すでに握力がないのか斬りかかるたびに武器が空高く飛ばされていく。その度に装甲の表面に傷が刻まれていく―――致命傷にはほど遠い浅い傷が。
そしてそんな無謀としか思えない試みはほどなくして終焉を迎えた。
キィン―――
「武器が―――尽きた!!!」
N2は叫んだ。
翼竜はその哀れさに同情したのか肩をすくめてみせる。
『ホントウニオロカダ。オロカスギル―――』
その時―――
「こっちを無視ってんじゃねえぇぇぇ!! 今度こそ尻穴にブッ刺してやるっっ!!!」
ボッシュが斬りかかってきた。
翼竜が油断した瞬間を狙う、これが二人の作戦だったのだろうか。
だとしたらあまりにも稚拙な作戦、
現に翼竜は振り返ることすらせず尾を横に振り大地ごと襲撃者を薙いだ。
すでにボッシュの攻撃は見切っている、それに丁寧に狙う場所まで宣言してくれている。この程度で十分。尾の軌跡が言外にそう物語っていた。
しかし次の瞬間、翼竜は頭の上で爆発音を聞いた。
『ナ、ナニ――――』
衝撃が頭部全体に広がる。
驚く眼が目の当たりにしたのは不敵な笑みを浮かべるボッシュの顔であった。
「ひとつ教えといてやる。敵の言うコト間に受けてんじゃねーよ!! このバーーーーカッっ!!!」
コイツは自分の臀部を狙っていたはず。それなのになぜ目の前にいるのか。翼竜は理解が追い付かなかった。
だが頭部に叩きつけられた大剣の重さが全てを物語っている。
自分は攻撃を受けたのだ。
なぜ、どうして? ミシミシと音を立てながら装甲にめり込んでいく刃の音を聞きながら翼竜は自問する。
そしてひときわ大きな音をたてながら装甲の一部がはがれ落ちたところで翼竜はようやく気づく。
自分がハメられたのだということを。
さきほどまでボッシュが狙う部位を宣言してから攻撃していたのは最後の最後でこのペテンにかけるための布石であったのだということを。そのことに気づく。
そして全てを理解した翼竜は更なる脅威を目の当たりにする。
ボッシュのイキりちらした面の向こうにひときわ輝くキラメキが見えたのだ。
それは夜空に瞬くロスティスの妖光。
ーーー先ほど弾かれていたN2の武器の群れだ。
アレも握力が無くなっていたのではなかった。先ほどからのすべてはこの回避不能な奇襲のための仕込みであったのだ。