その18
何かが弾け飛ぶ音がして気がつくとN2は現実世界へ戻ってきていた。
「ーーーっ! ダメだったか!?」
手のひらに残る感覚はロスティス経由の直接装具が失敗に終わったことを告げていた。
この技で扇動者ごと翼竜の制御を奪うつもりだったというのに。
「まだっ!くぅぅぅう!」
断続的に襲いくる腹部の激痛は怒りで中和する。
沈んでいる時間はない。
なんとしてもこの翼竜を扇動者ごと奪い取らなければならないのだ。
「っ!!?」
だがそんな決意に水を差すかのように翼竜の爪が襲いかかる。その軌道は寸分の狂いもなく頭部に据えられていた。
(容赦ない!いかにもな扇動者になった!!!!)
避けなければ死ぬ。
頭部を吹き飛ばされ絶命する。
それが分かっていながらN2は回避行動はとらなかった。
いや、とるわけにはいかなかった。
避けるには今自分を貫いている翼竜の爪からいったん離れなければならない。
そうした場合またこの翼竜を捉えられる保証はどこにもない。
(だったらとるべき選択肢は一つっ!!)
N2は気合とともに刃を振り下ろす。
今度こそ翼竜の制御を奪いとる。
そしてその上で攻撃を停止させる。
N2の真の目的を達成するにはそれしかなかった。
カキィィィン
だが覚悟をのせた刃は乾いた反響音を奏でただけだった。
「なっ!?」
剥いだはずの装甲がすでに回復している。
どんな再生能力を持っていたとしてもこの短時間ではあり得ない現象、だが気づいた時にはもう遅い。もはや離脱することもかなわぬほどに凶爪は肉薄していた。
これは言うまでもなく完全なるーーー詰み。
なぜこんなことになってしまったのか、
いったいどこで間違えたのかーーー
(初手から…か)
思い返せば行動を封じていたはずの翼竜が攻撃を仕掛けている、その時点で誘導印の効力が切れてたことに気がつかなければならなかった。
この翼竜は普通じゃない、その違和感に気が付かなければならなかった。
(ふつうに考えれば分かるだろ…やはり感情に流されるとロクなことがないーーー)
それは戦場でもっともやってはいけないこと。
自分自身に常に言い聞かせていた戒め、それを破った故の顛末。皮肉だが扇動者として悪逆の限りを尽くした者にはお似合いの最後であった。
「うおおおおおお!」
するとN2は突如雄叫びをあげた。
まったく事態の好転には寄与しない行為、気でも触れたか、それとも自らの運命を嘆いているとでもいうのか。
ーーーそのどちらでもなかった!!
彼は最後のカードを切ったのだ。
念じる。
強く、
なんとかしてくれと。
その思いが叫びとなって現れたのだ。
そしてその想いの対象は内なる自分ではない、
ましてや神でもない。
コートの奥底に潜む何かだ。
先日、未知なる敵エクスディアスの凶槍を消滅させた力ーーー彼はあれを再現しようとしているのだった。
あの時何が起きたのか、実のところ定かではない。
だが何かの力が槍を退けN2を生かした。
それだけは疑いようのない事実。
だからあの状況を再現できたなら生き残る目はある、N2はそう考えたのだった。
それはほとんど可能性のない賭け。あの声が聞こえて来るメカニズムは不明、力を与えてくれる保証も無し。
だがそんな奇跡にすがるしかないほどに、それほどまでにN2は追い詰められていた。
コートの一つ一つの繊維、そしてそこに編み込まれているロスティスに強く訴えかける。
頼むからなんとかしてくれと!!
「うおおおおおおぉぉお!!」
再びの咆哮、刹那が恐ろしく長く感じる。
だがそれは良い兆しだ。
なぜなら感覚が研ぎ澄まされているということだから。
普段なら見過ごす何かに気づくことが出来る。
N2は本気でそう思った。
観察しろ変化を見逃すな。
もうこれしかないんだ。
生き残る目はーー
N2の命がけの思いはコートに吸い込まれ輝きへと変換されていく。
そしてコートの光が最高潮に達した瞬間、奥底からーーー声が響く。
(きたかっ!?)
それがN2の求める答えなのか、考えている間はなかった。ただN2はコートがもたらした言葉を頼りに力を行使する。
「ヴァニシング!!」
その叫びは爪の着撃と同時であった。
しばらくしたら挿絵を追加する予定です。