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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その16

 そして身器統一したN2の刃が縦横無尽に疾走する。

 

 その度に火花が飛び散り十数メトルにも及ぶ翼竜の巨体が揺れる。


 (な、なんだコイツは? はらをつらぬかれてるんだぞ!? それにこのいりょく、に、にんげんじゃないっっ!?)


 仕留めたはずのN2に攻撃されていることだけでなく、その一撃一撃がケタ違いの威力であることにミストは驚嘆する。


(ありえない、ありえないぞっ!! こんなの!!)


 想定外のことが起きた時、その人の本質が現れる。ミストはまず否定から入った。だが、彼はすぐに目を背けることができない圧倒的な現実に向き合った。


 高速斬撃により装甲が一枚一枚削り取られている。すでに爪先の装甲はえぐられ陥没している。このままいけば全ての装甲が削り取られ無防備な体表をさらけだすのは時間の問題だ。

 


 その時翼竜と同期している自分は果たして無事でいられるのか、もしかすると翼竜と一緒にズタズタに引き裂かれて


(う、うわぁぁぁぁ!!!)



 ーーーそこまで考えた途端、ミストは耐えがたい恐怖に襲われた。




(うごけうごけうごけうごけぇぇぇ!!)




 だがいくら念じても手足は微動だにしない。


 まるで最初からこの手足は自分のものではなかった、そう思えるほどに神経が断絶してしまっていた。全ては指先に輝く誘導印の力によるもの。



 (あ、あんなにちいさいのかっ!?)



 改めて見た誘導印は驚くほど小さかった。

 いや、小さい、小さすぎる。

 それに殴り書きで形も不恰好だ。


 それなのに効果は一級品ーーーそれはつまり扇動者の実力がずば抜けて高いことを意味していた。


 ミストはそこに越えられない壁を見た。これは運ではムリ、奇跡の到来が必須なほどの圧倒的な実力差だ。



 (う、う、う、うわぁぁぁああああぁぁぁぁ)



 恐怖が倍増し絶叫のボリュームが上がる。

 だが―――音が出ない。


 そう、さきほどからミストは何度もしゃべろうとしていた。だが声は頭の中に浮かぶだけだった。



 それはすでに声帯すらも制圧されているという事実を示していた。毛穴がいっせいに開いた気がした。が、汗は吹き出てこない。


 (もしかするとぼくのからだはもうーーー)


 そこでミストはもし敵がその気になれば自分の心臓の鼓動すら止めることができるのではーーーと最悪な妄想をしてしまう。



 (ど、ど、どうすればどうすればどうすればぁぁぁぁぁぁあ)



 ガキィィィン



 その時、ひときわ大きな反響音が上がった。


 N2の刃がついに装甲の最後の1枚に到達した音だった。

 死神の歯鳴りの音がすぐ耳元で聞こえた気がした。


 ミストの恐怖はその時最高潮に達した。

 そしてその瞬間ミストの全身に電流が駆け巡った。




『―――バ、許してくれ。お前をこんな目に合わせてしまって……』



 (ーーーだ、だれだこいつは?)



 いきなり意味不明の映像が頭の中に飛び込んできた。


 まったく見覚えがない男がこちらに向かって何か語りかけているシチュエーション。


 これが走馬灯というやつなのか? ミストはふと、そう思った。


 だがそうだとしたら意味がわからなかった。


 走馬灯とはその人の過去の出来事を追体験するもののはずではなかったのか。なのにこの映像の人物は記憶の片隅にも存在していないのだ。


 混乱するミスト。


 しかし理由は分からないが、ミストは今この瞬間、恐怖から遠ざかりとても安らぎを得ていることを自覚する。



『いくら迫害をうけていたからって奴らと同じことをして何になるっていうんだ……お前が戦いに出る時になってようやく気づいた……』


 男の口から迫害、戦いなどといった衝撃的な単語が飛び出す。


『ーーー一族の恨みから一番遠いはずのお前が犠牲になることに何の疑問も抱かなかった。全てはお前たちの未来のためだったはずなのに……いったいどこで間違ってしまったのだ……私は、私達は取り返しのつかないことをしてしまった……』



 男の表情からはあふれんばかりの後悔が滲んでいた。それが映像ごしにいたいほど伝わってくる。


 やがてミストは泣いてすがる男の懺悔の対象、男の言葉で言うところの犠牲となった人物のことが気になってきた。映像はいつまでたっても男の独白から切り替わらずそれについての詳しい言及はなかったからだ。


 もどかしさがつのる。


 大の大人がここまで取り乱すからにはよほど思い入れがある人物に違いない。


 赤の他人のミストですら先ほどから男の懺悔に感情を揺さぶられているほどなのだ。だというのに肝心の懺悔の対象は先程から返事すら返していない。


 なぜなんだ、いったいなんなんだお前は。他人事ながらそのことがもどかしくて仕方なかった。


 自分ならもっとこう……そんなことを考えていると不意に男が肩を掴み目を見開いた。



『…もう私にはどうすることもできない。だから最後にこれだけは言わせてくれ。すまなかった…血の宿命に囚われてお前という本当に大事なものをないがしろにしてしまった……許してくれとは言わない、いくらでもなじってくれて構わない』


 男は深く頭を下げる。なにかーーーなにかは分からないが、もう少しでなにかが分かる、そんな予感がした。ミストは映像の中に頭を突っ込む勢いで前かがみになって目を凝らす。


『……今から言うことはただの願いだ…空々しく聞こえるだろう、だが心からの願いだ。お前はやさしくて、そして本当はとても臆病だ。だから戦いが始まったらーーーすぐに逃げろ。逃げていい、逃げていいんだ! 死んだらなんにもならない、生き残った者が勝ちだ!! だからもう、我慢しなくていい。今までお前を縛っていた全てのしがらみを無視しろ。他の者にいくら罵られようが振り向く必要などない。翼竜なら本気を出せばぜったいに追いつかれることはない』



 その時、ミストは男の吐息の匂いを嗅いだ気がした。安酒とタバコの匂い。


 ミストはこの匂いを知っていた。


 そしてこの映像ーーー


 この男ーーー


 揺れ動く心のミストに映像の中の男が優しくほほえみかける。


 口元からのぞく歯はところどころ歯抜けになっていた。


 そして男がなにかを伝えようとゆっくりと動く。


 この時この人はーーー


 だがその瞬間、急速に音声が尻すぼみになり映像にノイズが走る。



『お前にーーー埋めーーー全て私ーーがーーー受けーーーだからーーーーーお前はーーーーーー』



 急速に映像から色が失われていく。ミストはすでに消えかかっているその人物に向かって手を伸ばす。



 (ーーー!!)




「あんがいだらしなかったのねぇ」



「シ、シエラさまっ!?」



 暗転した闇の中から敬愛する主人の声が上がる。


 だがそれは思わず聞き返してしまうほど冷たい声音であった。



「シエラさま、どこですか? い、いったいどうやってここに!? ここはわたしの心の中ではないのですか!?」


「そんなことはきにしなくていいのよ、あなたはよくがんばった。あとはもうなにもかんがえずにゆっくりおやすみなさい」


「で、ですがまだたたかいはおわっていません。ぼくはまだやれます! そ、それよりいまの映像、シエラさまならお分かりになるはずです! 教えてください! あれはなんだったのですか!?」


「どうでもいいのよ」


「ど、どうでもよくはありません! いまの映像はぼくにとってだいじな、とてもだいじなおもいでであった気がするのです! なぜ忘れてしまったのか……もう少しですべてが思い出せそうなのです! なにかご存じならどうか、どうか力をお貸しください!」



「だからどうでもいいのよ」


「シ、シエラさま?」


 やはり先ほど感じた冷たさは気のせいではなかった。突き放すようなシエラの態度にミストは戸惑う。


「な、なぜそのようなことをおっしゃるのですか!?」


『だって、ほんとうに、こころのそこからどうでもいいんだもの。そんなことでわたしをこまらせないでちょうだい」


「で、でもぼくにとってはだいじな事なのです!!」


「なんでそれがわたしにとってもだいじなことになるとおもうの? ねえなんで?? なんでなの?? もしかしてかんちがいしちゃってるの? それにわたしにとってかこはじゅうようじゃない。だいじなのはみらいだけ。そしてじかんはゆうげんなの。だからこわれたにんぎょうに、はいきしてあたらしいのととりかえるだけのにんぎょうにかかわってるヒマはないのよ」



「こわれたににんぎょう……? い、いったいなんのことですか……」



「くすくすくす、そのはんのう、とてもいいわ。とってもこっけい。どうきいてもあなたのことでしょ。それにあなたはミスト=シルエットなんだから」



「そ、それは、ぼくのなまえ……」



「ちがうの。なまえじゃないの。これはね、ふちょう。レコンギスタのふちょうなの。みんないってたわ。せんじょうからもどってこなかったもの、いなくなってしまったもの、きっときりのようにきえてどこかにいってしまったのねって。そういうせいしがかくにんできなかったものがみんなミスト=シルエットになるのよ」



「そんなこと……ウソだ、ウソに決まってる」



「くすくすくすくす、そんなこといってあなたなきそうじゃない。ほんとうはわかってるんでしょ。きづいちゃったんでしょ? ないてもいいのよ、なかないの? そう。べつにどっちでもいいけど」



「も、もしそうだとしたら……そ、それじゃぼくのほんとうのなまえは……」



「しらないわ。しるわけないでしょ。だってわたしは」



 そう言うとシエラはいったんセリフを区切る。


 そしてしばらく間をとりもっとも引きつけたであろうタイミングで放つ。言葉の矢を。


 それはすべて哀れな人形が絶望に染まっていく様子を楽しむがための行為であった。



「わたしはね、ひろったしたいをレストアしただけなんだから」

バカンス中シエラです。

そろそろ彼女のバトルも書きたいですね。

挿絵(By みてみん)

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