その4
「―――い!! おい!! おいったら!!! アストレア=ヒューズ!!」
「……えっ?」
「もう始まるぞっ!! 試合の時間だっ!! 」
「……えっ? あ、ああ、す、すみません!!」
呼ばれているのが自分の偽名であることに気づきギアックは慌てて立ち上がる。
「まぁ相手があのエウリークじゃ緊張するのも分かるがな。なんせこの弱小騎士団に彗星のごとく現れた俊英だ。実力は頭一つも二つも抜きんでている。だからな……誰もお前が勝つなんて期待してないよ。気負わずに胸を借りるつもりでいってこいっ!!!」
バシンッ!!
そういって威勢よく背中を叩かれてギアックは送り出される。
見るからに人の良さそうなこの中年の騎士は、おそらくギアックがまぐれでここまで勝ち進んだ運のいい男だと信じ切っているのだろう。
だが、それもむべなるかな。
なぜなら決勝戦までギアックはほとんどまともに戦っていないのだから。
以下が今回のギアックの試合の内訳である。
一回戦―――ギアックが転んだ拍子に兜の角が相手の股間に直撃する。相手は苦悶の声とともにそのまま失神。会場は同情の声に包まれた。
二回戦―――ギアックがやみくもに振るった剣が運よく相手のパンツの紐を切ってしまい相手がポロリして失格してしまう。会場は笑いの渦に包まれた。
三回戦―――ギアックと対戦相手が激しく切り結んだ瞬間、相手の剣が中央から折れ刃先が宙に舞った。その時どのような物理法則が働いたのかは謎だが、吹っ飛んだ刃が謎の円軌道を描きながら相手の尻穴へと突き刺さる。会場では祈る者が後を絶えなかった。
準決勝―――「ハッハッハッお前本当に運がいいヤツだな。股間に兜がぶつかったり、パンツの紐が切れたり、折れた刃が相手の尻に突き刺さるなんて一生に一度あるかないかの珍事だぞ? それが一日に立て続けに三度だなんてよぉ。
よくよくシモに縁が深い男と見えるぜガッハッハッハッハ!!
……だがこのダイターク様相手にそんな奇跡を期待してもムダだ。なんせオレは他の凡百どもとは違う。エウリークに次ぐミレニム騎士団№2の実力者なのだからなっっ!!
……なにぃ!!? №3じゃなかったでしたっけ、だとぉ??
フン、人によっては№3と呼ぶ者もいるらしい……が、それは口さがない連中の嫉妬によるもの、大いなる誤りだ!!
サンダースとオレの対戦成績はオレの数えたところによるとなんとっ110勝1分け109敗、つまり、オレの方が勝ち越しているんだよっ!! 誰がどう言おうがこれが厳然たる事実っ!! サンダースよりもオレの方が優れているという証左に他ならんっ!! どうだ!! 分かったかこのスカタンっ!! 分かったらさっさと謝るがいい!!……フフッ分かればいいのさ。さて、それじゃそろそろミレニム騎士団№2の男の実力を披露してやるとするかな? 降参するなら今の内だぞ!? ガッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ
……………………………………………何?…………………でもサンダースさんは自分が勝ち越している、と言っていただとっ!? ダイタークさんもしかしてパチこいてんじゃないですか、だとぉぉぉ!!? ふ、ふざけるなっ!! 誰がパチこいてるだとっ!! よくもそんな侮辱をっっ!!! 許せんっ!!! 現に私はサンダースと戦ってより多くの勝利をこの手に掴んでいる!!! それは動かしようのない事実っ!! 絶対的真理っ!!! 天と地が入れ替わるような事があろうとそれだけは変わりようがない母なる宇宙の意思なのだっっっっっ!!!
………………………………………………えっ? そこまで言うなら証拠を見せろ、だって?
し、証拠……? だからさっき対戦成績を言って……えっ、それを第三者に証明する客観的事実に基づいた証拠、例えばお互いのサインが記載された対戦成績表とか、だって? い、いや、そんなモン作ってねぇよ、なんせいきなり戦いが始まっちまうし、それに、ホ、ホラ、オレは覚えてるし、ちゃ、ちゃんと数えてたし、ま、間違えようなんてないモン!!!
えっ!? じゃあいつからサンダースと戦ってたんだ、って?
え、え~~~~ッと、たしかアイツはオレが入団してから半月……いや、一か月あとだったかな…………と、とにかくオレとサンダースは出会った時から常に互いを意識し、友でありライバルだったんだ!!
二人の視線が交差し合ったその瞬間から戦いのゴングがどこからともなく鳴り響きオレとサンダースは剣を交える!! 場所なんて関係なかった。時間も関係ない。二人がいる場所、そここそがすなわち戦場なのだっ!!
そうだよ! そんな調子だからアイツが入団してからほぼ毎日オレたちは手合わせをしていたんだっ!!
…………えっ!? ダイタークさん古参の騎士じゃないですか、だって? 毎日手合わせしていたらとっくに1000戦くらいしているはずなのに数が合わないですよ? だと??
……う、うるさい、今のは言葉の、その、あ、あやってヤツだ。それくらいの気持ちで戦っていたという事だっ!! まったく愚か者め。そんな簡単なことすら理解出来んとはなっ!! 憐れを通り越して滑稽ですらあるよっ!!
ん? ところでダイタークさん何勝何敗してるんでしたっけ? だと? フン、物覚えの悪いヤツだ!! いいか!! もう二度は言わないぞ!! 耳の穴をかっぽじってよく聞くがいいっ!!
オレとヤツは112勝10分け105敗でオレが勝ち越しているのだっ!!!
…………………えっ、さっきと数が変わってる??………………
う、うるさいうるさいうるさ~~~い!!
言い間違えただけだっ!!!
そんなに細かいこと気にしてるとオレみたいな立派な騎士になれないぞっ!!!
だいたいそんな細かい数字覚えていられるワケ無いだろっ!!
オレは数学者じゃなくて騎士なんだぞっ!!
……でも母なる宇宙の意思が何とかだとか言ってませんでしたっけ、だとっ!!?
お前さっきから本当に細かい男だなっ!!
男ならそんな細かいこと気にするなよっ!!!
それに宇宙だって常に変動しているんだぞっ!?
母なる宇宙の意思だってそれに合わせて変わるに決まってるだろうがっ!!
そんくらい宇宙はスゲーんだよっ!! 分かれよっ!!!
…………こ、今度はなんだよ!!?
なに? 昨日の晩飯のオカズを教えて下さいだと?
それ今までの話と何の関係があるんだよっ!!?
オレの記憶力試すみたいな流れになってるじゃねーかっ!!!
お前さてはオレのいう事ちっとも信じてないだろっ!!!
く、くそっ
ぐ、ぐすっ
……………………な、なんでみんなオレのいう事信じてくれないんだよ。かあちゃんだってオレのことしんようしてくれないし…………
…………うっ、うっ、うっ
オ、オレがサンダースに、うっ、か、勝ち越してるのは本当なんだよ、たしかにかぞえまちがえたことあるかもしれないけど、でも、わかるんだ、オレがかってるって、オレのなかのナニカがそうささやいてんだよ……
………うっ、うっ、な、なんで誰も信じてくれねーんだよ、身内まで信じてくれなかったら、本当に、誰が信じてくれるっていうんだよ………うぅ、うう、くぅぅぅぅ………ほんとうにほんとうなんだってば…………
……なんで、なんで、なんで、だれも………うっ、うっ、うっ、くぅぅぅぅぅ…………
ポンッ
な、なんだお前その手……………オレの肩に手を置いて……も、もしかして信じてくれるのか?
信じてくれるっていうのかっ!!!!???
オレが勝ち越してるってことを!!!!!!??????
オレがミレニム騎士団№2の男だって事を!!!!!!!!!
お前は、お前だけは信じてくれるのかっ!!!!!!!!!!!!!
……えっ、信じたい、けど、そのためにはどうしてもやってもらいたい事があるって?
それさえやってくれれば僕は信じます、だと???
な、何でも言ってくれ!! オレの事を信じるなら、信じてくれるなら、オレはなんだってする。頼む、教えてくれ!! オレはいったい何をすればいいんだっ!!!??」
「……ごにょごにょ」
「わ、分かった、そんなことでいいんだなっ!!」
バッ!!!
準決勝―――ダイタークが突如全裸になり「これがありのままのオレの姿だっ!! これでオレを信じてくれるんだなっ!!!!」と叫び出しそのまま警備員に連れていかれる。
ギアック不戦勝。そしてその時会場は、阿鼻叫喚の悲鳴に包まれた…………