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魂玉

 その後、道風による玄隆への直談判で、纐纈は再び道風と組むことになった。

 これを怪我の功名と捉えるべきか纐纈は悩んだ。

 頼迪との遭遇を目撃した時の、道風の切迫感は並大抵のものではなかったからだ。

 そこまで彼の心をざわめかせたことへの申し訳なさと、少しの喜びが纐纈の胸にはあった。いけないことだと解ってはいるものの―――――――。

 いつも大人びて波立たない湖のような道風が、自分のことで波立ったことが嬉しいと思う。

 けれどもう、あんな痛ましい表情を見たくもない。させもすまい。

 纐纈はそう決意して、黙々と折り紙を折り続けた。



「しかし折ったなあ」

 和行が感心の声を上げる。


 纐纈の部屋の卓上には種々とりどりの折り紙が所狭しと並んでいた。

「和行あにさまも少しは私を見習ってください」

「へいへい」

 鶴の羽を摘まみ上げながら軽く請け負う和行だが、これでいて白術士としての腕は確かだと纐纈は知っている。

 林葉本家の三兄妹は、揃って才に恵まれた。

 中でも特に注目されているのが纐纈であった。

「軽く仕合うか?」

「望むところです」


 挑戦的な笑みを浮かべた二人は庭に出た。

 朝日路を審判に引っ張り出してきて、両者、構える。

「――――始め!」

 朝日路が言うや否や、和行が山犬の折り紙に息を吹き掛ける。

 対して纐纈は狼の折り紙に息を吹き掛ける。

 二頭は牙を剥き出しにして取っ組み合う。

 何の折り紙を使うにしろ、そこには術者の呪力が如実に表れる。

 年齢が十近く違うこともあり、纐纈はまだ和行には勝てない――――――。

 山犬が狼を押さえつけ、朝から勝利の雄叫びを上げた。

 にやり、と和行が笑う。

 朝日路が終了を告げるまでこの仕合いは続く。


 ある時は鷹が、またある時は猪や獅子まで出て、二人の術比べは続いた。

「それまで」

 遂に朝日路が言った時には、纐纈も和行もへとへとになっていた。

「ちょ…、朝日(あさひ)()(あに)。もっと早く終わらせてくれよ」

 汗だくの和行が不平を言う。

「こういうのはある程度までとことん、やるのが良いのだ。二人共、良い鍛練になっただろう」

 纐纈と和行は顔を見合わせてから溜息を吐いた。

 年長の貫録を漂わせる長兄には、昔から敵わないのだ。



 喫茶店の窓に嵌まった色硝子を見ながら、和行はソーダフロートを飲んでいた。

 好物なのだ。

 その向かいに、ぴっちりしたチャコールグレーのスーツを着込んだ女性が座る。

 この界隈に洋装は多くない。短髪の美女も。

 女も好物ではある。が。

「お待たせしたかしら」

「約束もしてないのに待ってる訳ないよ。でも、あんたなら待っても良かったな」

「光栄だわ、ありがとう」

「先回りをされるのは愉快じゃないけど」

 和行のその台詞は白刃が閃くようだった。

 明らかに彼は気分を害していた。

「――――――ごめんなさい」

「ん。素直なのは良いことだね。それで、俺に何の用?」

 ソーダフロートのクリームを舐めながら和行が鷹揚に頷く。

「立花頼迪の件で――――――」

 和行が顔をしかめる。

「まあた、あいつか。最近、名前を聴かない日が無いな。お宅、何?何であいつのこと知りたいの?」

「知りたいのではないわ。知らせたいの。私は町の警備隊の一人。沢良宜(さわらぎ)(よし)()

「親父の部下?」

 

 纐纈らが住まう地域には人外と人が入り交じっている。

 数は人外のほうが多く、揉め事や事件が起きた時には、警備隊がその対応に当たる。

 林葉玄隆はその十人いる長の内の一を務めている。

 筆頭白術士としての立場が大いに関与していることは言うまでもない。

 朝日路も警備隊に臨時に駆り出される時がある。

「直属ではないけれど」

「何を探っている」

 口紅の塗られた唇が動く。

宝物(ほうもつ)の一つである(こん)(ぎょく)が盗まれたわ」

「あれはお宅らが厳重に管理してるんじゃなかったのか!」

 驚きに、和行はつい声を大きくしてしまう。

 芳美は冷静だった。

「非難は幾重にも承知」

 凛とした声音で応じる。謝しているようには聴こえない、と和行は苛立ち思う。

「盗んだのが頼迪だと?………」

 黙って自分を見つめる芳美に、「是」の答えを和行は見た。


 深い青の魂玉。


 古代、海底深くから発見され、蘇りの力を持つという伝説の宝玉だ。

 海。引いては満ちる。陰と陽の象徴でもあり、生と死を司る。

 尤も、使用には幾つかの条件がある。

 

 魂玉は元々、白術士の中でも紙術士(しじゅつし)死術士(しじゅつし)と呼ばれ、蘇りを生業とする一派が扱っていたものだ。

 それを禁呪として、今から百年ほど昔、時の警備隊と林葉本家らが取り上げた。


「蘇りが実際に成されたという話を私は聴いたことがない。賢者の石のような物でしょ。けれどまことしやかな伝説を聴くと万一、とも思ってしまう。蘇りには死者の血を引く若い同性の心臓が必要だと言う。立花頼迪にそんな罪を犯させる訳にはいかない」


「――――…待てよ。死者の、つまり未廣さんの血を引く若い同性…」


 和行が瞠目して芳美を見る。

 瞠目は次に険しい目つきへと変化した。


「おいおいおいおい、洒落にならねえぞ。朝日路兄は知ってたのか、これを」


「最初から洒落を言う積りは無いわ。もちろん、朝日路さんは知っていたわ。玄隆様もね。これまでも密かに警戒はされていた。ただ、何時から頼迪らがこれを計画していたかは解らない。纐纈さんとの偶然の接触が重なって誘発されたのかもね。皮肉な話。纐纈さんの身辺に気をつけて。貴方も、そしてそこの」

 芳美が、和行の後ろ向こう側に座る道風に呼びかけた。

「貴方もね」

 艶のある深い焦げ茶色の革のソファが、ぎしりと動いた。

  




挿絵(By みてみん)




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