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おあいこ

 ――――――深夜――――――――――。

 夜市から纐纈を送って帰宅の後。

 道風は自室で、纐纈の折った狼の折り紙を文机に載せて、暫くそれを見ていた。

 狼を折り紙で折って使役するのは高度な技だ。鷹も狛犬も。

 しかし纐纈はそれを易々とやってのける―――――――。

 力があるということは、力を呼ぶに等しい。

 道風には危険なことと思えた。

 また、思いもかけず纐纈が頼迪と知り合ってしまったことも。

 纐纈の白術士としての才は、ひょっとすると自分の上を行くかもしれない。

 秀才の名を欲しいままにしてきた自分の。

 いざという時、自分が纐纈を守れるのか。

 それを道風は先程から自問していた。

 才ある許嫁に僅かばかり嫉妬している自分に苦笑する思いでもいた。

 行燈の明かりがゆらり揺らめく。

 拳を額に置いて俯く。



 

 姉を荼毘に付した時のことを今でも憶えている。

 そのあと、白いさらさらと乾いた骨になった欠片を、全て滅却した時のことも。

 泣きながら未廣の遺骨を取り戻そうとした頼迪との闘いも。

 全て白紙に戻せたら良いのに。

 白紙に…。


 白術の術は知れども。




「助けてください、姉上…」






 嫌な相手に逢った。

 なぜこの人がうちに、と思いながら会釈を交わす。

「こんにちは、藤埜(ふじの)さん」

「こんにちは、纐纈さん」

 林葉家の廊下に立つ二人の少女は花のようで、いずれも匂うが如く、である。

 飴色の廊下に咲く花二輪。

 その内の一輪、彼女、野々宮藤埜(ののみやふじの)は道風を挟んで纐纈と三角関係にある。

 纐纈と道風が許嫁である以上、勝負は一応、とっくについているが、藤埜はことあるごとに道風と接触する機会を持とうとしている。まだ諦めていないのだ。

 それも魔性のような少女だからではなく、ひたすら純粋培養ゆえの思慕であるから、尚、性質が悪い。気性も優しげだった。

 おっとりやんわりした藤埜が、もっと陰険な女であれば良かったのに、と纐纈は思う。

 何の因果か、自分と似た気質の彼女を相手取らなければならないのは厄介この上ない。

 この少女は天然の気質のまま、道風に迫るのだ。

「今日は何の御用でこちらに?」

「玄隆様に呼ばれて。それから、近頃何かとあった纐纈さんのお見舞いに」

「それは…わざわざありがとうございます」

 藤埜は菖蒲を折った折り紙の束に、ふう、と息を吹き掛けた。

 するとそれは色鮮やかな濃い紫の菖蒲(あやめ)となり、纐纈に手渡された。

 纐纈と菖蒲を掛けてくれたのだ、ということが判る。

 この菖蒲にも後半の台詞にも、本当に藤埜の思い遣る真情が感じられたので、纐纈も殊勝に頭を下げた。今度は、道風のことさえ無ければ良い友人になれるのに、と思った。

 纐纈の思考も忙しい。

「お父様が藤埜さんに何と?」

 そちらも気になった。

「どうも纐纈さんが、このところ悪い輩を引き寄せているようだから、道風様と組んでの任務は私のほうが適任だろう、と。暫時、纐纈さんを争いごとから遠ざけられるお積りでしょう」


 軽く血の気が引く思いだった。

 白術士は二人一組が原則ではない。それを決めるのは白術士筆頭・林葉玄隆だ。

 そして玄隆は、娘と道風に関しては、二人一組を原則とする積りのようだった。

 筆頭の玄隆が藤埜と道風を組ませようと差配すれば可能だが――――――――。


「玄隆様に思い遣られておられますのね、纐纈さん」


 藤埜は自らが思い遣りある微笑を浮かべた。そこに皮肉の影は無い。


 それから二言三言、藤埜と言葉を交わして、纐纈は父・林葉玄隆の居室に向かった。

「どうしてですか、お父様!」

 腕組みした玄隆は娘の興奮振りにも動じず言葉を返す。

「野々宮藤埜から聴いたのだろう。ならばその通りだ。近頃のお前は物騒事と関わり過ぎる。野々宮の娘なら腕も確かだ」

「物騒事、…それは、白術士として、」

「だけではなかろう。偶然が重なっている。立花頼迪とは妙な縁を結んでしまったようだな。元々あれにお前を関わらせる積りなど無かったものを。道風君とも連なる縁か。――――――纐纈」


 呼ばれて伏せていた顔を上げると、思いがけず温かな父の目とぶつかった。

 厳格な顔だが柔和な笑い皺もある。


「お前は身体も丈夫ではない。無茶をして、跡に残る傷など作ってくれるな」


 玄隆はとんとん、と自分の首を指差した。

 そこは、纐纈が立花頼迪に匕首で薄く切られた箇所だった。



 緑の光を放つような欅の影を仰ぎ、道風は纐纈の家を訪問した。もう桜の時期も終わっている。これから本格的な夏になる。この家の大きな檜の門を潜ろうとすると、いつも背筋にぴりりとした緊張感が走る。

 何時もは纐纈の柔らかな笑顔に迎えられると霧消するそれも、今日は勝手が違った。

 部屋に自分を迎え入れた纐纈は、明らかに気落ちしていたのだ。

 原因はすぐに思い当たった。

 当面は野々宮藤埜と道風が組むことを父親から聴いたのだろう。自分からはどう切り出そうかと迷っていたので、先んじてくれた玄隆には感謝せねばならない。

 尤もこれは道風の思い込みであり、情報源が野々宮藤埜当人だとは知らない。

 纐纈は昆布茶の入った湯呑みが二個載った卓に、人差し指を行きつ戻りつさせている。

 道風は温和な声を心掛けた。

 何時も、この繊細な少女にはそうしているのだが、今日は殊更にそうした。

「纐纈さんには、少しの間、荒事から遠ざかっていただくだけです。野々宮さんは仕事仲間ですよ」

 遠ざかる。

 道風も藤埜と同じことを言う。纐纈には、妙にそれが寂しく感じた。

 文字通り、道風が自分から遠ざかるような。

「はい、それは存じておりますけれど……」

「それでも野々宮さんが気になりますか」

「――――――はい」

「纐纈さん」

「はい」

「貴女が気づいておられないだけで、貴女を恋い慕う男は私以外にもいるのですよ」

「…え!?」

 道風は笑みを含んで続ける。

「ご存じなかったでしょう」

「はい………」

 纐纈が道風しか見ていないからだ。

「外に出た時に幾つかの視線を感じます、貴女への。酒屋やお豆腐屋さんの奉公人なんかにもいますね。纐纈さんをちらちらと見ています。中にはかなり焦がれている様子の者も。ね。ですからそう、これは〝おあいこ〟ですよ」

 悪戯っぽい笑いで告げる道風。

 祭の夜に纐纈が使った言葉だ。

 そんな道風は、いつもの大人然とした振る舞いとは異なり、少し可愛くもある。

 纐纈の心持ちが浮上した。

「また道風おにいさまとの任務に戻れますよね?」

「いずれはそうなりましょう」


 そこで初めて、纐纈はほっとした笑みを見せた。




挿絵(By みてみん)





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