吹く風の
〝道風おにいさまも同じように思われますか?生き返らせたいと〟
〝思うだけなら自由です、人は、どこまでも〟
夜。
寝床の中で、纐纈は道風と交わした会話を反芻していた。
つまり、道風も頼迪と同じように思うのだ。
但し禁呪に手を出すようなことは理性で止めると言う。
それは信念であり、生き物の存在の根底に関わる難しい問題だと思う。
例え禁呪に手を出しても、死者が生前同様に蘇ったという話を、纐纈は聴いたことがない。
熱のある頭の、記憶を全て浚っても。
不老不死の妙薬と同じように、人の夢に過ぎない。
人の命は儚い露だ。それが定めだ。物精や妖とは違う。
(おにいさま――――…)
涙が溢れ、纐纈は横を向いた。
姉を亡くした彼は傷心の内に、兄弟子と戦わなければならなかったのだ。
それは纐纈の想像を絶する苛酷だ。
いつも穏やかに微笑んでいる道風からは思いも寄らないことだった。
「纐纈」
「はい」
涙を拭いて呼び掛けに応じると、お粥を乗せた盆を持った和行が入ってきた。
「喰えるか?」
「…いえ」
「そうか」
ここでぐだぐだと言わないのが和行だ。あっさり盆を引っ込めて、布団の横に胡坐を掻く。
「和行あにさまは、ご存じだったのですか?」
「道風と頼迪のことか?知ってるよ。父上に就いてしのぎを削る間柄だった、とかな。ああ。でも皆、お前を意地悪で蚊帳の外にした訳じゃないからな。それは解るだろ?」
「………はい」
和行の上衣は黄、袴は浅葱と、いつも通り鮮やかにすっきりしている。気性に似合う伊達男振りだ。
落ち着いた色合いを好む朝日路や道風とは違う。
和行が、ぽんぽん、と手を纐纈の額に置いた。
その手の優しさに、纐纈は甘えるように訊いた。
「あにさまは道風おにいさまのお姉様をご存じでした?」
和行の目が少し細くなった。
そこに感慨の色が浮かぶ。
「ああ。俺たちにとって未廣さん――――道風の姉上は憧れの存在だった。彼女は道風より二つ上だったから、俺より一つ上、お前より十上の年齢になるな。未廣さんは所謂、高嶺の花だった。将を射んとすれば、て奴で、未廣さんに近づきたい野郎は道風に取り入ろうとした。かく言う俺もその一人だ。だがあいつは取り入られるどころか未廣さんの番犬みたいに、姉に寄る虫を追い払っていたよ」
くすくす、と和行が思い出して可笑しそうに笑う。
今の道風からは想像出来ない。
しかしそれからすぐに和行は笑みを消した。
「今から七年前になるか――――――道風が十六、頼迪が十七、お前がまだ八つの頃だな。あの頃は性質の悪い病が流行っていた。元々、身体の弱かった未廣さんはすぐに病魔に憑かれ、…それからはあっと言う間だった。俺は棺の横に立つ立花頼迪を見たことがある。―――――――遍くこの世から希望を失くした、そんな憔悴した面持ちで立っていたな」
いつも軽い和行の面持ちが重い。
纐纈は彼が気楽になるよう、話題を逸らす必要性を感じた。
「和行あにさまの女性好きはその頃からだったのね」
おや、と片眉を上げて和行も乗ってくる。
「俺は女性に優しいだけの男だよ」
「嘘。泣かせることもある癖に」
「まあ、そのあたりが道風との違いかな」
どきん、と鼓動が鳴る。
「道風おにいさま…、やっぱりおもてになるの」
「そりゃーおもてになりますとも!人当りが良いし温厚だし、悪くはない顔だからな」
和行が両手を広げ、殊更、芝居じみた口調で言う。
纐纈が上布団を引っ張り上げて口元を覆うと、再び、和行の手が伸びてきた。
頭を撫でられる。
「今回の話、何も聴かされてなかったからと言って道風を責めるんじゃないよ。あいつはお前に弱いからな。弁慶の泣き所だ。お前がしょげるとこを見たくなかったんだ。…話の内容が重いしな」
「はい…、解っています」
和行が纐纈の折った折り紙を枕元から一つ、取る。
それは狛犬の形をしていた。
纐纈が息を吹き掛けて初めて仮初めの生命を得て動き出す。
「熱がある奴がこんなん、折るんじゃない。折るだけでも体力を使うだろう」
「怖い夢を見たりするから…他にすることがなくて」
白術士の練達度に合わせて折って動かせる対象物は変わってくる。
狛犬を折り、使役するなど高難度の技だ。
「纐纈。お前の腕が立てば立つほど、俺たちは心配なんだ。今回の件があって」
「立花頼迪が私を狙うのではないかと?」
和行が緩く首を左右に振る。
「それもあるが。お前なら頼迪に対抗して戦いそうであり、また、戦えそうであるからだよ。道風もきっとそれを心配している」
「………」
纐纈は和行のしかめっ面を横に、狛犬に息を吹き掛けた。
むくむくと動き出したそれは、纐纈の寝る枕の横に行き、丸くなった。
「思うだけなら人はどこまでも自由です。ですが大丈夫、私は一線を越えません」
纐纈は静かにそう言いながら、狛犬の毛並を撫でた。