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その言葉に

「一体、どうなっておる」

 警備隊の詰める役所の中、十人いる長の一人が(あご)(ひげ)を震わせる。

立花頼迪(たちばなよりみち)(じょう)崎卓磨(さきたくま)森晃賀(もりこうが)ら獄に繋いだは良いものの、肝心の魂玉を誰も持っておらぬではないか!」


 消えた魂玉の謎。


 古代、海から見出された青い至宝が戻らない。

 林葉纐纈を守り切ることと、魂玉を取り戻すことが、目下、彼らの最優先事項だ。

 魂玉が消えたままである現状、纐纈が無事でも、これでは警備隊の権威が取り戻せない、と彼らは気色ばんでいる。

 林葉玄隆は眉間の皺を揉みほぐした。


 身柄を拘束された頼迪たちはそのまま獄舎に搬送された。

 再三の取り調べにも、彼らは何も喋ろうとはしなかった。

 身に着けていた折り紙も武器も全て取り上げられ、薄暗い獄に入れられても、魂玉の在処については一言も触れず、沈黙を貫き通した。


 父を始めとする警備隊が魂玉の行方探しに躍起になっている頃、纐纈は和行の枕辺に侍っていた。

 臓器こそ傷つかなかったものの、卓磨が操る鬼神が、和行の操る大鷲を握り潰そうとしたダメージは、まだ和行の身に残っていた。

 和行の部屋は読み本や色々な襟巻、上衣に使う小袖が所狭しと並び、如何にも伊達男の彼らしい部屋だった。西向きの部屋なので夕暮れがよく見える、と以前、好ましげに和行が言っていたのが纐纈の印象に残っている。

「和行あにさま。お食事を持って参りました」

「おう、纐纈。わりいな」

「何を仰るのです。私の為にこのような目に遭われたのに」

 はは、と和行が軽く笑う。

「まあそう固く考えるなよ」

 よっ、と言いながら身体を起こす際、彼が軽く顔をしかめたのを、纐纈は見逃さない。

「…(にゅう)(めん)です」

「おう、美味そうだな」

 煮麺には紅葉の形をした麩や蒲鉾(かまぼこ)、山菜やらが入れられている。

 仕上げにぴりっと辛い山椒を加えるのが、和行の好みだ。

「魂玉が見つからないそうだ」

「――――――朝日路あにさま」

 今まさに警備隊が血眼になって捜索している旨を、朝日路は入室と共に告げた。

 和行の食事が八割方終わったところだった。

 纐纈が俯く。

「お父様は苦しい立場に置かれておいでね…」

「ほら、そんな顔すんな。お兄様たちがきっちり守ってやるから安心しなさい」

 まだ顔色の悪い和行に諭されても、纐纈の胸の暗雲は晴れない。

 頼迪らが捕えられたことで、道風も立花本家から退去した。

 そして纐纈は、魂玉の在処に見当がついていた―――――――。



 道風に伴われて、纐纈は獄舎に向かった。

 獄舎に行きたいと纐纈が父である玄隆に申し出た時、道風を同伴させることを条件にされたが、反対はされなかった。もしかしたら玄隆も、纐纈が頼迪らから魂玉にまつわる何等かの情報を訊き出せると考えたのかもしれない。

 纐纈に付き添う道風の面は静かだった。彼女の行動に是とも否とも言わない。

 喉に小骨が引っ掛かったように、纐纈はそれが少し気懸りだった。

 目指したのは頼迪が囚われている一室。石造りの獄の中は薄暗くて湿度が高い。

 石の表面には緑の苔が所々生えており、時折り、鼠がちょろりと走り過ぎて行く。

 不衛生な環境であるのは一目瞭然だった。

 警備隊の衛士に纐纈が頭を下げると、事前に連絡を受けていた彼は頼迪のいる獄まで案内してくれた。

「こちらです」

 鉄格子の向こうに、頼迪の姿が見えた。

 彼は獄の中で片膝を立てて座っていた。

 こんな状況だというのに彼の目は死んでいない。

 悲願の望みが絶たれたと、まだ思っていないのだ。

 そのことが、取りも直さず纐纈の確信を裏付けることとなった。

「頼迪さん…」

「何だい、お嬢さん。道風と一緒に、俺を嗤いに来たのかい?」

「いいえ。貴方はまだ企てを諦めてはおりません。どうして嗤うことが出来るでしょう」

「何の話だ?」

「魂玉です。何時も貴方と行動を共にしていた、あの獺さんが持っているんですね?」

 ぴくり、と頼迪が身じろぎする。

 そうだ。佐倉森における攻防で、あの獺だけが姿を現さなかった。

 恐らく、万一の時に備えて、魂玉は彼に託されていたのだ。

 頼迪らを捕えても、肝心の魂玉を取り戻せない纐纈たち。

 囚われの身となっても、勝機を見据えている頼迪たち。

 一体、繋がれているのはどちらであるのか――――――――。

「さあ、知らねえ」

「彼は今、何処にいるのです」

 そこで初めて、頼迪の表情が動いた。

 それこそ嗤うかのように歪む。

「俺が唯々諾々と喋ると思ってんのなら、あんたのおつむは相当弱いな」

「…………」

 するとそれまで黙っていた道風が前に進み出た。

 袖に手を入れて折り紙を取り出す。

「道風おにいさま!?」

「へえ。俺をここで殺る積りか。お前にしては賢い選択じゃないか」

 頼迪がくつくつと喉の奥で笑う。

 案内してくれた衛士は遠く、道風の不穏な様子に気付く気配は無い。

 道風の手が逡巡するように袖の中から動かない。

 彼は迷っていた。

 獄舎に繋がれたとは言え、頼迪は禁呪への執着を捨てていない。それは即ち纐纈の命がまだ危険に晒されているということである。

 頼迪の実力と、外からの手引きがあれば脱獄は可能だ、と道風は思っている。

 それならば、纐纈に嫌われたとしてもいっそのこと今の内に。


「頼迪兄さん。長く苦しませはしません」



挿絵(By みてみん)




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