囲いの中
白い石灰岩のような塊が、龍の牙に噛み砕かればらばらと降ってくる。
腕を振り回した鬼神の目を抉ろうと、鷲が飛翔する。
卓磨の操る鬼神と、朝日路の操る龍、和行の操る大鷲が戦いを繰り広げる横で、頼迪の操る鷹の群れと道風が操る白虎の間でも命の削り合いが熾烈を極めていた。
既に白虎の片腕からは止めどない流血が溢れており、鷹の数羽も地面に打ち伏せている。
それらの打撃は皆、直接的ではないものの、折り紙を操る白術士の元に還る。その打撃は操る対象の強力さに比例する。並の術であれば疲弊するだけで済むが、それ以上となると命にも関わってくる。その点は術者の生命力にも左右された。
ポタリ…、と落ちる鮮血は道風の口の端から垂れたものだ。
一方で頼迪もまた、肩で息をして腹部を押さえている。
卓磨たち含め、まさに白術士たちの死闘であった。
梟の声さえ、今夜は聴こえない。
纐纈は道風と兄たちの奮戦を見ながら、ただ立ち竦んでいた。
道風の背中が手出しを拒絶しているようで、纐纈は折り紙一つ、繰り出せない。
死ぬか殺されるかという二択が、纐纈の中でまだ確固としたものとして定まっていなかった。そこが今、戦っている男たちとの違いだった。
頼迪らに敗れれば心臓を取られるのだと解っていても、纐纈には彼らを殺すことは出来ない。
死ぬことも怖いが、殺すことも恐ろしい。いっそこの場から逃げ出したいとさえ思ったが、纐纈の為に戦っている兄たちを置いては行けない。
「ぐ…っ」
苦悶の声に目を向けると、和行の鷲が鬼神の手に掴まれ握り潰されようとしていた。
龍がその腕に爪を立てるが鬼神の手は緩まない。
「―――――やめて!」
「纐纈…引っ込んでろ」
和行が地に両膝をつけた体勢で言う。
「ここから離れ警備隊の囲いまで行け。保護してもらうんだ、纐纈」
そう告げる朝日路もまた、苦しげな息だった。
「涙ぐましいねえ」
この内では比較的、余裕があるように見える卓磨が評する。
「お嬢さんさえ来てくれれば、この戦いは終わるよ?」
「………」
「いけません、纐纈さん!」
卓磨の言葉に揺れる纐纈の心を察したように道風が叫ぶ。
口の端から血を流しながら。
その必死の形相と血を見た時、纐纈の心で何かが目覚めた。
守られるだけの己に対する、許容の念が崩壊したのだ。
着物の袖から白い紙の棒を取り出し、息を吹き掛ける。
そして道風が操る白虎に襲い掛かる数羽の鷹を、白刃と化したそれで斬った。
白虎が次は頼迪自身を襲う。
残った鷹もまた、道風に向かう。
術者が死ねば獣たちも元の折り紙に戻る。
纐纈の袖から狼が現れる。狼は白虎を加勢するように頼迪に牙を剥いた。
頼迪は二頭の猛獣の餌食になろうとしている。
その時、一本の矢が飛来して狼と白虎の前の地面に突き刺さった。
「新手か……!」
朝日路が矢の飛んできた方向を睨む。
弓に矢をつがえ木立の中から出てきたのは、卓磨と似た白い修行者のような衣を纏う少年だった。淡泊な顔立ちで、眉だけがきりりと太い。
「見ていられんぞ、卓磨」
若いが声は落ち着いて、乾いた響きだ。
「すまん、晃賀。流石は筆頭白術士の肝煎りなだけはある面子でな」
言い交わす間にも、鷲を握り潰そうとする鬼神と、させじとする龍との攻防で、岩の塊が纐纈たちにまで降り注ぐ。
纐纈が剣で晃賀と呼ばれた少年に迫るより早く、少年が纐纈の喉元にぴたりと狙いを定める。
「動くな。喉を射抜くぞ」
「纐纈さん!」
「大人しく一緒に来れば、お前の兄たちからも手を引いてやる」
纐纈は今にも倒れ伏しそうな和行を見て、それから自分に向けられた矢を見た。
最後に、懇願する表情の道風を見る。
「行ってはなりません!!」
「黙れ」
晃賀が、鏃の先を道風に向ける。
「警備隊の囲みからは逃れられんぞ」
「この女を盾にすれば良いさ」
晃賀の返答に、朝日路がそれまでより殺気立つ。
彼が新たな折り紙を出そうと袖に手を遣ろうとすると、その右腕に矢が突き立った。
「あにさま…っ」
晃賀は早くも次の矢をつがえている。
選択の余地は無かった。
「貴方たちと共に参ります」
「纐纈さん、なりません!」
「それで良い」
纐纈は晃賀の元に進み出た。
警戒しているのか、卓磨はまだ鬼神を操るのをやめない。
朝日路と道風が名状し難い顔で、和行は苦悶する顔で纐纈を見ている。
次の瞬間、彼らを眩しい光が取り囲んだ。
「そこまで!我らは警備隊だ。立花頼迪、並びにその一味、手向かえば撃つ」
沢良宜芳美の勇ましい声が上がり、纐纈たちを円状に取り囲んだ警備隊員は皆、グロック17を頼迪、卓磨、晃賀に向けた。