死術士
立花頼迪から纐纈を守る一人として、道風は林葉本家に泊まり込むこととなった。
多くの時間を道風が枕元で過ごしてくれるこの状況は、纐纈にとって、不謹慎と知りながら嬉しくもあるものだった。
道風はどちらかと言えば物静かな性質だが、纐纈が生い立ちからの話をねだると穏やかな声で応じてくれる。けれど時に話の中に未廣が出てくることもあり、そんな時、道風は穏やかな中にも少しだけ切なそうな表情を見せた。
纐纈は堪らずに言った。
「道風おにいさま…」
「はい?」
「お姉様はきっと、お幸せだったと私は思います」
道風が虚を突かれた顔をする。
「だって好きな方とご家族と、最期まで共にいられたのでしょう?世にはそれすら叶わぬ人が数多、おります。それは短いご生涯であったことは、ご無念であられたでしょうが…」
言い募る纐纈に、道風は少しの間、黙った。
それからおもむろに口を開く。
「頼迪兄さんが。もしも頼迪兄さんが、纐纈さんのような考え方をしてくれるのであれば、或いはこのような事態にはなっていなかったやもしれません。けれど纐纈さん……」
その先を、道風は言い淀んだ。
「姉上が幸せだったとしても、頼迪兄さんはやはり、同じであったのではないかとも私は思うのです。姉上の為ではなく、自らの喪失感に耐えられないゆえに。そして、そうであるならば、ことはもう、個々人の心の強さの問題ではないかと、私はそう考えます」
見舞いの白粉花の可憐なピンクに纐纈は目を遣る。
道風は強い。身体的な意味ではなく精神的な意味で。
姉の死に対する頼迪の在り様を、俯瞰的に見ることが出来る。
けれどそんな彼も言ったではないか。
頼迪の心が解ってしまったかもしれないと。
心の強弱の問題だけで果たして測れることなのか。
纐纈は考え込んでしまった。
お尋ね者として頼迪の写真が町に張り出されることはなかった。
警備隊の面目に関わることゆえ、この件は極秘裏に扱われているのだ。
昼、賑わう食堂で、親子丼をかっ喰らう胡麻塩頭の男に、店の女が声を掛けた。
「良い食べっぷりだねえ、旦那。旅の人かね。どっから来なすったんだい?」
男が顔を上げて答える。
「西の海のほうからさ」
「へえ!また遠路はるばる」
「ああ。ちっとばかし、やることがあってね」
男は大儀そうな顔でそう言った。
青い絵付けが施された陶器の丼ぶりは、二、三の米粒を除き、ほとんど空になっていた。
「万全の警護体制だな」
林葉本家の内情を調べた頼迪が、微苦笑気味に言う。
彼は獺の庄吉と、林葉邸が垣間見える路地まで来ていた。
邸の門前には警備隊が立っている。
「どうするんだい?幾らあんたでも、あの囲みは突破出来ないだろう」
庄吉が鼻をひくつかせる。
「何人もの術士の匂いがすらあ」
「さて。どうしたものかな」
その時。
頼迪は殺気を感じて咄嗟に袖から折り紙を抜こうとした。
振り向いた先には風采が上がらない中年の男が、胡麻塩頭を掻きながら立っている。
纏うのは白い、修行者のような衣の傷んだ物だ。
男は頼迪を検分するようにじろじろと見た。
殺気はもう感じられない。
「お前が魂玉を盗んだ奴か」
のんびりした口調で頼迪に問うてくる。
「――――――ああ、俺だ」
「ふうん。中々の面構えだ」
「あんたは…」
「場所を変えないか。どこか落ち着いて話せるところに行きたい」
世の中にはどこまでも自分の調子を崩さない人間がいる。
今、自分が対峙しているのは間違いなくその部類に属する男だ、と頼迪は思った。
結局、頼迪は男をねぐらにしている廃屋に連れて行った。
昔は炭置き小屋として使われていたらしい廃屋は、長年の風雨でだいぶがたがきている。
自分の本拠地と言える場所を見も知らぬ男に明かしたのは、彼が敵ではないと頼迪の勘が告げていたからである。庄吉も反対しなかった。
「俺は城ケ崎卓磨。死術士の末裔だ」
頼迪が目を見張る。
「死術士――――――あんたが。やはり実在したのか」
「ご覧の通り」
両手を広げて見せた卓磨に頼迪は腰を浮かせた。
「なら未廣の―――――、死んだ人間を蘇らせる術も知っているな?魂玉があればそれは叶うんだろう!?」
ふう、と卓磨が溜息を一つ、吐く。
「引き換えにするものを揃えられりゃあな。しかし罪深いことだぜ、それは」
「百も承知だ」
外からは蝉時雨が聴こえる。
ここ数日は特に気温が高く、廃屋の中も蒸していた。
「うちのお婆様の遺言だ。魂玉を使おうとする者に力を貸してやれと。それがどれだけ罪業に満ちた行為か知っていた筈なのにな」
卓磨の声には苦さが滲んでいた。
「助力が頼めるのか。細かい術式は解らず、どうするか考えあぐねていたところだったんだ」
「まあ、まずはそっちの話を詳しく聴かせろ」
その晩。
月明かりの下を、漆黒の真っ直ぐな髪を靡かせた女が歩いている。
彼女は林葉邸の近くを散策していた。
傍目には、家の人間が息抜きに出たように見える。
彼女の身を、白く光る紐が取り巻き、縛り上げた。
頼迪は彼女が抵抗出来ないよう手刀で気絶させると、担ぎ上げて走り去った。
廃屋まで行けば、あとは卓磨が上手く差配してくれる―――――――。
纐纈はお粥を食べたあと、道風の昔話に相槌を打ちながら、眠り入ろうとしていた。
道風の話には纐纈の知らない道風がたくさんいて、どこまでも興味が尽きることがない。
中には、そんな子供じみた一面もあったのか、と驚くような話もあった。
どんな道風も、纐纈には慕わしいものと思えた。
道風が寄り添ってくれる時間は幸福で、こんな時が長く続けば良いのにと纐纈は思った。