馴れ初め
幼少時の道風は大人しいが勝気で負けん気が強く、周囲の子供たちから浮いていた。
早くから白術士としての才能に目覚めたこともあり、己の力に強い矜持を抱いていたのだ。
同年代だけでなく、ともすれば大人さえ見下していた彼だが、二つ年上の姉である未廣にはよく懐き、どこにでもついて歩いた。
そんな彼が許嫁を持つことになった。
相手は白術士筆頭・林葉玄隆の末娘・纐纈である。
道風が十二歳、纐纈が四歳の時だった。
(体の良い子供のお守りじゃないか)
親同士が許嫁の取り組みを決め、形ばかりの儀式を執り行った折り、錦の上衣と袴で着飾らされた道風はそう思った。
錦の上衣についた飾り紐をいじけた気分のままにいじりたかったが、幼稚な行為を見せられないと思い我慢した。
けれど相手の、同じく着飾ったまだ小さな女の子である纐纈は、如何にも無垢そうな瞳で道風を見ていて、その円らな瞳を見ると道風は少し心が凪ぐのを感じた。
だがそれも、未廣が纐纈を構いたそうな素振りを見せるまでであった。
あとから来た新参者に、大事な姉を取られる訳には行かない。
儀式が終わったあと、纐纈に近づこうとする未廣の着物の袖を引っ張って、道風は部屋から無言で一礼すると退室した。
「もう。道風ったら…」
当時十四の少女だった未廣は弟の子供じみた、不作法な行為に呆れ、苦笑した。
許嫁にはなったものの、道風は積極的に纐纈に会いに行こうとはしなかった。
ままごと遊びでもさせられるのではないかと思うと、到底、林葉本家に足が向かなかったのだ。
それでも両親に煩くせっつかれて本家に出向いた道風は、邸内に通され、纐纈は庭にいると教えられた。
暖かい陽だまりが其処此処に見られそうな、麗らかな春の日だった。
案内を受けて長い廊下を通り、縁側に出る。
「纐纈さん?どこですか?」
日向ぼっこでもしているのだろうかと庭に降りて歩いていると、思いも掛けない光景を目にした。
纐纈は欅の傍の芝生の上に足を投げ出して直に座っていた。
両手を上に掲げ、十ほどはあろうかという数の折り鶴を旋回させていたのだ。
道風の姿を見るとにこっと笑った。その間も旋回は途切れない。
色とりどりに舞う鶴を見て、道風は纐纈の白術士としての才能を見て取った。
(たった四歳で…)
その瞬間から纐纈は〝ただの許嫁〟ではなくなった。
許嫁に好敵手という肩書きが加えられ、そして同時に初めて纐纈を〝女の子〟として意識した。自分を見て無邪気に笑いかける笑顔に魅せられたのだ。
纐纈はまだ幼く、流石にそれは恋とまではいかないまでも、ごく小さな思慕の芽吹きとなった。
「こんにちは、纐纈さん」
「こんにちは、道風おにいさま」
声を掛ければぱ、と瞳を輝かせる。
可愛いと思った。
それから道風は時折り、林葉本家に足を運んだ。
頻繁でなかったのは、次に顔を合わせるまで、纐纈と自分のどちらが術の上達具合が上か測りたかったからである。
纐纈は道風を慕い、頻りと会いたがった。
道風もそれに応えてやりたかったが、それより彼女を術比べの相手と見る思いが強かった。
それを恋情がしのぐにはまだ数年を要した。
纐纈は子供の頃から身体が弱く、しかし白術士としての才には長けていた。
病弱で寝込んでも、折り鶴を浮かせて遊んだりして、よく叱られた。
許嫁が出来た当時、纐纈にはその意味がよく理解出来なかった。
許嫁となった相手は兄たちと同じくらい年上の少年で、纐纈にはひどく大人びて見えた。
その相手・林葉道風は初め、冷たい目で自分を見ていた。
それがなぜなのか解らずにじっと見つめ返していると、彼の瞳がふと和んだが、それも一瞬のことだった。
あれは春。
穏やかな陽気に誘われ庭に出て、折り鶴を宙に舞わせて遊んでいた時のこと。
家から出てきた道風が歩み寄り、驚きの目で纐纈と折り鶴を見た。
家人からも褒められている特技に、称讃の眼差しを送られたのが嬉しくて、纐纈は道風に笑いかけた。
その際の道風の表情は形容し難い。
ただ、優しい声で挨拶して纐纈の名前を呼んでくれた。
目に浮かぶ色も、以前に会った時より和んでいた。
初めて、兄たちの他に異性を好きだと感じた瞬間だった。