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消失

 今を遡ること七年前の初春―――――――。

 白術士筆頭・林葉玄隆の元には二人の弟子がいて、その才を謳われていた。

 一人が(はやし)()道風(みちかぜ)・当時十六歳。

 一人が立花頼迪(たちばなよりみち)・当時十七歳。

 いずれ劣らぬ白術士としての才覚を発揮し、周囲から期待される存在だった。


「おい、道風」

「何ですか、頼迪兄さん」

 頼迪の呼びかけに、林葉家を出たところだった道風は冷たく応えた。

 拮抗した実力の持ち主とは言え、年長者は敬称で呼ばれる。

 すげない返事に、頼迪は苦笑した。

「未廣さんは、今日は何してんだ?」

「さあ。術の鍛練に励んでいるのでは?」

 冷たさが一層、増した声で道風は答えた。

 折しも寒風がぴゅうと吹き抜け、頼迪は道風の答えと風の両方に肩を竦めた。

 藍色の上衣に柿渋の袴の頼迪、蘇芳の上衣に濃紺の袴の道風は、道をゆく若い女性たちの注目を密かに集めていた。

 それを自覚しつつ楽しむのが頼迪で、一顧だにしないのが道風だった。

 林葉玄隆の住まう邸は坂の上にあり、下る途中には脇に梅林が見える。

 時節柄、梅が綻ぶ凛とした空気が感じられる日だった。


 坂の下から登ってくる女性の一人に気づいた道風が驚きの声を上げた。

「姉上…」

 長い漆黒の髪を背に流した道風の姉・未廣は、鼻筋の通った、涼やか且つ穏やかな容貌をしていた。

 聡明さが見て取れる眼差しで、弟を一瞥してからおもむろに頼迪を見る。

「貴方が道風の好敵手さん?確か名前は…」

「姉上、どうしてここに?」

 姉弟の問いが重なる。道風の目は、ちらちらと未廣と頼迪の顔を行き来している。

「玄隆様に呼ばれて。ついでに、貴方と競っているという方を見たいとも思っていたから、丁度良いわ。初めまして。私は(はやし)()未廣(みひろ)です。弟と仲良くしてくださってありがとう」

 未廣の笑顔の前を、梅の花びらが数枚、舞ってゆき過ぎた。

 頼迪はそれに見惚れて、返答をするのがしばらく遅れた。


 それが頼迪と未廣の邂逅だった。


 道風の反対をいなして、未廣は頼迪と逢瀬を重ね親密さを増し、恋仲になった。

 立花の家も白術士の名家だった為、この組み合わせは両者の親に歓迎された。

 一貫して反対したのは道風だけだった。


「お嬢さん。頼迪が往来三本筋手前の『花の茶屋』で待ってると言ってたぜ」

「そう。ありがとう、(しょう)(きち)さん」

 よく二人の橋渡しをしたのは、過去に頼迪に命を助けられたことのある(かわうそ)の精だった。

 荷車に()かれそうになったところを折り紙で頼迪が救ったのだ。

 名を庄吉と言う。

 以来ずっと、頼迪につき従っているそうだ。

 だからこの獺は、未廣の部屋まで出入り自由にしてある。

 今も未廣は、自室で本を読んでいる最中だった。

 こんこん、と未廣が咳をした。

 二本足で立っていた庄吉が背伸びして、(ひげ)をひくひく動かしながら、心配そうに未廣を覗き込む。

「風邪かい?最近、悪い病が流行ってるらしいから気をつけなよ」

「ええ、ありがとう」

 未廣が微笑んだ。

 季節は秋に移り替わっていた。


「待った?」

 未廣が『花の茶屋』に着いた時、息が少し乱れていた。

「待った。他の女のとこに行こうかと思ってたところだ」

 にこり、と未廣が笑う。

「そんなことしてご覧なさい。あとが怖いから」

「知ってるよ。こないだはびびったもんなあ……」

 などと話しながら、二人は寄り添い、茶屋を出て野辺までを歩いていた。

 空には鳶が飛んでいる。

 紅葉が楽しめる季節だ。

 突然、頼迪が未廣の袖を引いた。

「――――――何?」

 頼迪は黙って宙を指差す。

 そこに飛来するのは目に鮮やかな銀色の蛾。毒蛾だった。

 しかも数匹いる。

 それを確認した未廣は慌てず騒がず、袖から白い棒を取り出すと息を吹き掛け刀を顕現させた。

 

 一閃、二閃、三閃、―――――――――。


 瞬く間のあと、残っているのは銀色の残骸だけだった。

「相変わらず、大した腕だな」

 刀を元の紙の棒に戻して息を吐く未廣に、頼迪が称讃の声を掛ける。

「貴方や道風だって、使うでしょうに」

「才能の格が違うよ。未廣は白術士としても剣術士としても才能に恵まれたんだな」



 けれど才能に恵まれた未廣も病には勝てなかった。

 その冬、林葉未廣は十八の短い命を終えた。


 葬儀の日。

 柔らかな色彩の花々で飾られた未廣の遺体は美しかった。

 暗い中、青白い輪郭が石膏のように、仄かに明るい。

 林葉分家の居間に線香の白い筋がすう、と天井を目指している。

 その横に立つ頼迪は、頬はこけて目が落ち窪み、幽鬼を彷彿とさせる有り様だった。


 誰も彼に声を掛けない中、道風だけは違った。

 彼もまた、頼迪ほどではないものの、憔悴した顔つきだった。

「姉上に、最期の別れをしてやってください」

「最期?最期だと?何を言ってやがる、道風」

「頼迪兄さん?」

 頼迪の目は、正気ではなかった。

「俺は死術士たちの技を復活させる」

「―――――何を言うのです。悲しいのはよく解りますが」

「解る?解るだと?」

 頼迪のこけた頬が皮肉な笑いに歪んだ。

「お前に解るものか!!未廣が死んだんだぞ!?今のまま二度と逢えないなんて。禁呪を使ってでも未廣を蘇らせるんだ」

「駄目です、それは摂理に背く」

 苦しげに呻く道風に、はっ、と荒い呼気を頼迪が吐いた。

「俺はお前のそういう優等生振ったところが嫌いだよ。本性は誰より利己的な癖に」

「何と言っても良いですが、禁呪は許されません」

「黙れっ」  

 

 叫び、未廣の遺体を抱き上げようとした頼迪を、道風の折った鷹が阻んだ。

 未廣の遺体がどさりと棺の中に落ちて、整えられていた髪が乱れる。

 頼迪と道風が睨み合う。

 二人は袖の中からそれぞれの折り紙を取り出し、息を吹き掛けた。



 その場に林葉玄隆や未廣の両親が駆けつけた頃には、居間には未廣の遺体の痕跡すら無かった。

 道風が頼迪との闘いの末に遺体の全てを滅したのだ。

 骨も灰も残さなかった。


 頼迪はこの日以来、生家である立花家を出て行方知れずとなり、事情が事情とは言え、娘の遺体を消失させられた両親は、道風を敬遠するようになった。





 纐纈がまだ八歳の頃の出来事である。





挿絵(By みてみん)







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