宴
紫に円くわだかまった小さな靄が、次第に輪郭を明瞭にして小鬼となった。
二本の角がちょこなんとついた頭部には、銀灰色のふわふわした髪がついている。
纐纈が見るともなしに筆を持った手を止め小鬼を見ていると、それは部屋の隅に歩いて、消えた。
そうした不思議が不思議と見なされない土地に纐纈は住んでいる。
電灯の明かりに今書き上げた手紙を透かして不具合が無いかどうかを見る。
矯めつ眇めつ見て、自分を納得させるように頷くと、その和紙を鶴の形に折り、ふう、と息を吹きかけた。
するとたちまちそれは自らの意思を持ったように羽を動かし、纐纈が開けた障子の隙間から外に飛んで出た。
と。
「おや」
今、書き上げたばかりの手紙の差し出し相手の声が廊下に響き、纐纈を驚かせた。
「道風おにいさま!」
「今晩は、纐纈さん」
「どうされたのですか?」
「今宵は貴女の術士承認祝いでしょう。御当人が忘れていたのですか?」
「あ…」
纐纈の家・林葉家は折り紙を使った術を扱う。
その術で怪異を鎮め霊障を治める。
十五になった纐纈はその術を使う一人前として、父たちに認められたのだ。
その祝いの席に、纐纈の従兄弟であり許嫁でもある道風が呼ばれるのは当然であり、纐纈は今宵、自宅を訪れる道風に向けてせっせと手紙を書いていたと気づき、赤面した。
「宴の用意が整ったと、呼びに来たのですよ」
「はい…」
「参りましょう」
「はい」
ぱり、とした薄墨色の上衣と紺色の袴姿の道風に対して、纐纈は菜の花色と緑の格子縞の着物で、こんなことならもっと着飾れば良かった、と落胆してしまった。
暗い飴色にとろりと光る廊下を二人、進む。
「本当は、私は貴女が術士となられたことを複雑に思っているのです」
「―――――なぜですか?」
道風は、そんなことも解らないのか、と纐纈を莫迦にしたりはしなかった。
ただ、憂いのある瞳で纐纈を見た。
「危険が伴うからですよ。林葉に生まれた者の宿命とは言え、貴女を危険に晒したくはない。私が纐纈さんをお守りするにも限りがありますからね」
「………」
一人前になった喜びしか胸になかった纐纈は、思わぬ道風の意見に動揺した。
それを察した道風が、意図して明るい笑い声を立てる。
「すみません。今日は何と言っても、新しい白術士の誕生を祝わなくてはなりませんね。私の杞憂は、お気になさらず」
折り紙を使う術士は、特に白術士と呼ばれる。
廊下の端に置かれた行燈は、二人の会話を吸い取るようにしんとして揺らがない。
行燈の向こう。
橋の下。
大樹の上。
湖の底。
どこかを過ぎてしまえば、そこはそれまでいた世界とは異なる世界。
纐纈たちにとってはこの土地こそが平生の居所であった。