第4章 魔王の城の衛兵(2)
リリンは戸惑っていた。
(一体どこから?)
そう、どこから食い違いが始まっていたんだろうと、起きた出来事を整理していく。
目の前の少女はなかなか話し始めないリリンにいらいらする様子もなく、むしろ悩んでいるリリンを楽しんでいる様で、ニマニマとリリンの表情をうかがっている。
「……ふむ、何をどう話していいか、わからんといった顔じゃな」
しばらく沈黙が流れた後で、少女はふわふわの髪をいじりながらつぶやいた。リリンは言うべき内容が見つからず、ただ「その……」とだけ言葉をもらす。
「しかたない。お前が話さないなら、別の者に聞くしかあるまいな」
少女は倒れている傭兵――さっきまでは足蹴にしていたが――に歩み寄ると、その顔の近くに唇を近づけ、くすぐるように「ふぅぅ」と息を吹きかけた。
「……う」
傭兵は数回ビクビクッとした後でゆっくりと目を覚ます。
「やあ、おはよう」
ほがらかな笑顔とともに、少女がヒラヒラと手を振った。
「うぁぁぁっ!?」
少女の声を聴いた瞬間、傭兵はケガなど初めからなかったかのように素早く起き上がると、折れた剣を少女に向けた。震える瞳の様子から、混乱しているのだとわかる。
「傷を癒した相手に剣を向けるとは……人間とは恩知らずじゃの」
ふふっ、と少女は微笑んで、両手を広げた。
「ここで倒れているお前の仲間、ずいぶんひどい傷を負っておるなぁ。ククク……放っておけば死んでしまうじゃろうな」
傭兵――ギルバートは注意深く少女と瓦礫の上に倒れている仲間たちを見比べた。
しかしギルバートがまばたきをした瞬間、少女の姿は消えていた。急いでその姿を探すが見当たらない。
「こっちじゃ、こっち」
ギルバートの真後ろから、クスクスと笑う少女の声が聞こえた。ギルバートが振り向くと、そこには倒れている仲間のそばでひざを抱えて座り込んでいる少女がいた。
「……私なら、この者たちを救えるぞ。いまお前を救ったように、一瞬で傷を治し、再び立ち上がる力をくれてやろう」
倒れている人間を触ろうと手を伸ばした少女に、「触るな!」とギルバートが叫ぶ。
「……いま、なんと言った?」
少女が不機嫌そうに眉を寄せた。その白く美しい肌からは想像もできないほど熱く、燃えるような赤銅色をした瞳がギルバートをにらみつける。ギルバートはしばらく言葉を探していたが、「すまない」と剣を下した。
「仲間を助けてくれ、魔王シルシュゴール。もう戦いは終わりだ。お前の要求を言ってくれ」
「おや……? なかなか素直じゃないか」
戦うことを諦めたギルバートの様子に満足したのか、少女は無邪気に微笑んだ。
「お前が知っていることを私に話せ。全部、惜しみなくな」