第2章 リリン(5)
(どうして……どうしてアレが……)
魔王様の部屋をみまわしていたアース・フリントが、絨毯の上に落ちているハンカチを拾い上げた。
白いハンカチに青色の刺しゅうで書かれた名前を、アース・フリントが読み上げる。
「リリン……」
それは城のメイド全員が持つ共通のハンカチで、間違えないように私が自分で刺しゅうをしていたものだった。アース・フリントが私に人差し指を突き立て、「なぜこれがここにあるのか、その理由はあとで聞く」と言って、腰のポーチにハンカチを入れる。そのまますぐに魔王様のベッドへ向かい、巨大なベッドの真ん中で静かに眠っている魔王様を見つけると、すこし安堵した様子でこちらに向き直った。
「その黒い塊は、魔王様の治療にあたっていた医者たちだろう。見たところ、雷撃か炎術で殺されているようだ。ん……?」
アース・フリントは指を折って、医者たちの数をかぞえる。
「1人分少ない……」
アース・フリントの視線が私を突き刺す。私に対して強い疑惑を持っていることは、心を読まずとも伝わってきた。
「考えられる可能性はいくつかある」
アース・フリントがこの部屋であったことについて整理を始めた。ほとんど無表情で私を見つめ、少しの動きも見逃さないよう集中している。
「仮説1、医者は連れ去られた。侵入者は魔王様の部屋へ入り込み、医者を連れてこの城から逃亡中である。可能性はないとは言えないが、なぜわざわざ医者が狙われたのか、その理由には疑問がある」
この部屋に残された黒い塊たちを、アース・フリントがちらりと見る。そしてすぐに、私へと視線を戻した。間違いなく、疑われている。
「この部屋に入ったということは、当然、奥の回廊を突破したはずだ。あの仕掛けは魔王様を守る重要な防衛装置であり、その通過方法は魔王様の病状以上の秘密として扱われている。この城の魔物ならそれを知っているはずだし、そして城の外部の者がわざわざその仕掛けを突破してきたのに、得るものが医者ひとりの持つ情報だけでは釣り合わない。俺は、この仮説は違うと思う」
アース・フリントが腰のポーチから私のハンカチを取り出す。
「仮説2、敵は医者になりすましてこの部屋に入り、その他の医者を殺して逃げた。現在は城のどこかにいるか、もう城にはいない。では、誰の犯行か? それはこのハンカチの持ち主であるお前が知っているはずだ。お前はいつこの部屋に入った? ここにこれがあるということは……」
そこまで話したところで、アース・フリントは黙り込んだ。けれど私には、彼の考えていることが手に取るようにわかる。その『何者か』がこの部屋から逃げたとしたら、一体どこへ行ったのか。そして『何者か』がこの城の事情に精通しているとすれば、最も致命的で回避不可能な『あの方法』を知っているということだ。それは……。
「ウソよ。そんなはずは……!」
アース・フリントの考えを読み取り、思わず叫んでしまった私は、次の瞬間、その『方法』が実行されたのだと知ることになる。