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8◇婚約からの花嫁修業

お久しぶりです


 認めたくないけれど、わたくしカトリーナとヴィジャネスト・ベルマーン侯爵様はこの度婚約しました。決して認めたくないけれど。

 なぜ、よりによって悪魔との結婚なのですか!? 確かにどこの馬の骨かも知れない男性や2周り以上離れた爺様や丸々と肥えた豚よりは良いかもしれませんけれど……。

 私を選んだ理由にも納得いきません。私が面白いって、何ですかそれは。そんなに面白い人を妻にしたいのならば道化師の方とでも結婚なさればいいのでしょうに。


 婚約期間、すなわちお披露目期間は約一年間。来月から始まる社交シーズンが終わって新年を迎えてから結婚式の予定ですわ。さらには、嫁ぎ先であるベルマーン家の者として恥ずかしくないよう、侯爵家の歴史や侯爵夫人の仕事、代々受け継がれている細かい伝統などを学ばなければなりません。もちろんそれが実家でできるわけもなく、週に一度ほど侯爵家の邸宅へと通うことになりました。


 なぜ!? なぜ私が出向かなければならないのですか!? 私は結婚したいなんて言っておりませんのに!!


 そうは言ってもこのご時世、家主の決定に逆らうことはできません。家のため悪魔のもとに嫁いでいかなければならないのです。私、悲劇のヒロインになれますわね。


 ヒロインと言えば……

 少女漫画の正規ヒロインの方はどうなったのでしょうか? 私と婚約してしまっては、彼女の出る幕はないように思えますが。

 まさか、略奪愛というやつですか!? わざわざ略奪などせずとも熨斗をつけて差し上げますわよ。今ならまだ社交シーズンも始まっておらず私達の婚約が破棄になったという醜聞も広まりませんから、慰謝料半額の大セール中ですわよ!! 


 ……そう言って相手が出てくるのならば侯爵様も苦労しませんわよねぇ。でも不思議だわ。確かに侯爵様はおぞましい能力は持っていますが、それ以外では理想的な相手ではなくって? ちょっと、愛想はよろしくないかもしれませんけれど、位の高いお嬢様方からしたら丁度良い夫でしょうに。そんなにあの能力が嫌なのかしら。まぁ私も嫌ですけれど。

しかも持ち人であることがバレないようにしなければなりません。私、細かいことはすぐに忘れてしまうから、うっかり侯爵様の前で前世のことを考えかねません。ばらされたくなければ、私と結婚しろと強制されてしまうかもしれません。でも、もう強制されているからバレても変わらないのかしら?

けれどやっぱり持ち人とバレるとなかなか面倒なことになりますし、悪い意味で目立ってしまいますから隠しておくことにしましょう。



「カトリーナ様、お迎えの方がいらっしゃいました」

「わかりました。今行きますわ」


 えぇ、思案に耽っていましたが、本日が例の花嫁修業初日ですの。侯爵家をお訪ねするのはこれで2回目、侯爵様にお会いするのはあの忌まわしい求婚の日以来ですわ。

 あれから侯爵様と直接お会いすることこそありませんでしたが、ここ一週間ほどカードを添えた花が送られてきています。おかげ様で私の部屋には花がいたるところに活けられているのに、花の色彩を鬱陶しく感じないのはなぜでしょうか。侯爵様のセンスでしょうか。キーーー!! 男性のくせに!!


 玄関から出て見てみると、見合いの日と同じベルマーン家の家紋のはいっている馬車が目の前にあり、隣にいた御者の手を借りて馬車へと乗り込みます。


 心の中でダ、ダ、ダ、ダーンと有名な曲が流れております。ここはドナドナ歌いたいところですが、生憎と私はその歌を詳しくは知りません。

 あら、ダ、ダ、ダ、ダーンという曲のタイトルって「運命」ではなかったかしら……。うーん、運命ですか。今の状況にあっているような、あっていないような……。こうなったら、「魔王」あたりに曲を変えましょうか。いえ、でも侯爵様は魔王というほど偉くはないですよね。国王に仕える身ですし、裏の実力者なんてことは……あるかもしれません。うーーーーん。


 そんなつまらない事ばかり考えておりましたら、あっという間に侯爵家に到着しておりました。貴重な時間があの悪魔のせいで!! 元々手持無沙汰な時間の予定でしたが、あんな奴のために使ってしまうなんて!! くっ、不覚ですわ。


 屋敷に入ると、すぐにお出迎えがありました。メイド達に執事や侍従……そして侯爵様も。

 えぇ、私、油断しておりましたわ。だって迎えの馬車にはいなかったから、もしかしてお仕事にいってらっしゃるのかと。常識的に考えて、婚約者が家に来る、それも婚約後初めての訪問となれば自ら迎えに行くのが普通でしょう? それがいないというならば、仕事なのね、と安心してしまうでしょう? 実際は、その常識的な考えがなかったようですけれど。悪魔だから人間の常識は通用しないなんて言い訳は、それこそ通用しませんわよ!


「カトリーナ嬢、今日は迎えに行けなくて申し訳ない。実は仕事が立て込んでいてな、これからも講師を紹介が終わったら、仕事に戻らなければならない。少ししか一緒にいれなくてすまないな」


 私の手を取って、侯爵様は申し訳なさげにそうおっしゃいます。けれど、触れている手から震えが伝わってきているのが分かります。侯爵様、笑っているでしょう! なんて失礼な。というかなぜ笑うのです。さてはまた私の心を読んだのでしょう! 謝罪も的確すぎますもの!


「いや、本当にすまない」

 はい、その謝罪は私の心を読んでいるからですわね。私の心を読む許しを与えた覚えはありませんわ!


「それでは、こちらにどうぞカトリーナ嬢。講師の方を紹介しよう」

 あっさりと、話を進めないでちょうだい!!


 私の心の叫びを無視して、侯爵様は私の手を取ったまま屋敷の奥へと案内します。

 連れられてやってきたのは、前回通された応接間より少し奥まった所にある扉の前。

 扉の縁には蔦や花が細やかに彫り込まれており、これまで通りすぎてきた威圧感のある扉とは違い上品に作られています。


「ここは屋敷の女主人が客人をもてなす部屋で今はあまり使われていないのだが、君はこの部屋が一番気に入るだろうと思ってな」


 そう言って軽くノックしてから、そのまま返事を待たずに侯爵様は扉を開けてしまいました。

 侯爵様は人間の常識を知らないのかしら……。


 侯爵様に続いて部屋の中に入ると向かいの壁一面が窓になっており、庭を一望できるようになっています。外にはテラスが続き、外でのお茶会にも対応可能なようですわ。まだ花咲く季節には早いですが、薄く色のついた蕾がポツポツと見受けられました。室内には落ち着いた、けれど堅苦しさを感じさせない品の良い調度品で揃えられていますが、なぜかほとんどが端に寄せられ代わりに造りの簡単な机が一つ真ん中にポツンとあります。これはあれですか、私が一人でここに座り、勉強するということですか……。


「返答も待たずに部屋に入ってくるなんて、それが紳士の行動かしら。ヴィジャネスト」


 部屋の中をキョロキョロと下品にならない程度に眺めていた時、突然近くから声が聞こえました。

 声は部屋の中央へと進んでいた私達の後ろから――扉近くの壁の前で手を結んだ御夫人から発せられたようです。一文字に口を結んでいる彼女の背筋の伸びている事と言ったら、まるで背中に定規でも入れているかのようですわ。


「すみません、叔母様。急いでいましたから」

「急いでいれば何でも許される訳ではありません」


 ふふ、侯爵様ったら怒られているわ。私の心を読んだから罰が当たったのよ。


「次からは気をつけます」

「貴方は毎回そう言うけれど、改善される様子がないですね。気をつけると言ったからには、二度と同じ間違いをしないようにしなければなりません。貴方は礼儀だとか常識だとかを親しさを理由に少し軽く見るようなきらいがありますが、親しき仲にも礼儀あり、ですよ」


 そうです、そうですわ!! もっと言ってやって下さいな!

 私は心の中でミセス堅物 (私命名ですわ!) にエールを送ります。


「えぇ、そうします。そんなことより叔母様、彼女が私の婚約者となったカトリーナです。カトリーナ、こちらが君の講師をしてくれるフランシス・ナジアロート。私の父の姉に当たる人で、今はナジアロート辺境伯に嫁がれている」


 さ、さすがに侯爵様は対応に慣れていらっしゃる! 全然羨ましくはないですけれど!

 というか私、名前を呼ぶことなんて許しておりませんわ!! なにシレっと人の事を呼び捨てにしているのですか!!

 そんな怒りは心の内に留めて(けれど、侯爵様には絶対伝わっておりますわ)、淑女の礼をとります。


「ハトマン伯爵家長女のカトリーナでございます。至らぬ点も多々あると思いますが、ご鞭撻の程、お願いいたします」

 そして、顔には微笑を浮かべます。品良く見えるよう口角は少しだけ上げて、目元は緩めるよう意識して、よし、表情完成。

 問題なく、決まりましたね。これで私の印象は悪くないはずですわ。


 けれどフランシス様は私の頭の天辺から足先まで視線を往復させ、言い放ちました。

「及第点ですね。伯爵家の令嬢にしては良くできている方でしょうから、今はそれで良いですが、ベルマーン家の者としてはまだまだですよ。今日はあなたの現時点での実力を測らせてもらいます」


 え、及第点ですって!? 今のはどう考えても何も問題はなかったでしょう!? 私、こう見えてもお友達には品が良いとよく褒められますのに!!


「叔母様は、君にベルマーン家の事を教えるために、特別に領地から出てきてもらった。これから社交シーズンが終わるまで、彼女について家の事を学んでもらう。悪いが私はもう仕事に戻ろうと思から、頑張ってくれ」


 え、ちょ、助けてくれませんの!?

 ここは、彼女は淑女として十分ですよ、とか言うところでしょう!?

 私が侯爵様の目を見つめて、助けろと念を送っていたら、ソッと目をそらされてしまいました。


「叔母様、私はお先に失礼します。カトリーナをよろしくお願いします」

「えぇ、まかせてください」


 侯爵様はそう言って、あっさりと部屋を後にしました。そうして無情にも私はフランシス様と二人っきりにされてしまったのです。

 いやいやいや、私を置いて逃げるとはどういうことですの!? 仕事があるとは言え、男の風上にも置けませんわね!!


「それではカトリーナさん、今日から約半年間よろしくお願いしますよ。ではさっそくだけれど、そこの机の上にある問題を解いてもらいましょう」


 ……神は死んだ。









カトリーナによる豆知識講座 ~役に立つとは言っていませんわ~



「神は死んだ」という言葉はかの有名なニーチェの残した言葉です。

ニーチェは現代は人々が生きる意味や目的を失う虚無主義(ニヒリズム)に陥っており、その根底には同情・謙遜・節制を説き弱く従順な者が神に救われるとするキリスト教の弱者道徳にあるとしています。歴史の混迷の中で精神の頽廃を克服するには、弱者道徳を強いる神を殺し、自己超克を重ね価値を創造する超人として生きろ、と呼びかけました。


つまるところ私の最後の言葉には、私を見捨てた神(≠侯爵様)を嘆くとともに、個人の精神によってより強く成長しようとする私の意志が含まれているということです。




侯爵様「あの時そんな高尚なことは考えておらず、ただ勉強を嫌がってだけだ」


逃げたくせしてうるさいですわよ!



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