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7◆最後となった見合いの後 


 あの衝撃的な見合いから数日がたった。


 あの後、正式にハトマン伯爵に婚約の話を持ち掛けるとすぐに承諾され、婚約へと話を進めている。


 今、私は伯爵家の屋敷に向かっており、婚約についての最終確認をしたその後カトリーナ嬢にこの話をしなければならない。

 彼女に会うのは見合い以来で、彼女なら既に私の事など断られたと思って忘れかけていそうなものだ。

 また、1人漫才(というらしい。友人が言っていた)を見られるかもしれないと思うと、見合いの時を思い出して笑ってしまいそうになる。


 伯爵家の屋敷に到着すると応接間に通され、婚約話の最終確認をすませて、互いに書類にサインをする。


 これで婚約は正式に決定した。陛下にも話はしてあるし、許可も取ってある。高位貴族は結婚一つも手続きが多くて大変だが、ベルマーン家という名前のおかげで割合早く済ませることができた。


 伯爵は侍女をカトリーナ嬢のところに遣わせている。

 伯爵と婚約や結婚について話し合って分かったのだが、彼は優秀とは言い難い人物であった。王宮に勤めているらしいが、お飾りの役職であり、あまり芳しい実績もない。決して、単純でも阿呆でもないし、私のような若造が言うことでもないが、伯爵としては少し欠けるものがあるように思う。

 彼のことをこれから義父と呼ぶのは嫌ではないが、なかなか微妙な気持ちである。決して嫌ではないのだが。

 男心も少し複雑なのだ。


 そのようなことをつらつら考えていると、彼女の心の声が聞こえてきた。

 ちなみに伯爵の心の中については、読まないようにしている。彼の心の中を読んでも基本的に何も得るものがない。というか、もともとこの人は顔に感情が出やすいようで、何もしなくとも考えていることは手に取るように分かる。

 よくこんな父親から腹芸の得意そうな娘が生まれたな。


(そうだわ、友人がすすめていたトルマリンの髪飾りを買ってもらいましょう。あれはいろいろな色があるから、自分の髪に合ったものを見つけられるわ、って言っておりましたもの。

そうと決まればさっそくお父様に……って、えっ!?

なぜヴィジャネスト侯爵様がここにいらっしゃいますの!?

はっ、もしや直々にお断りを言いにきたのですか! まぁ、屈辱的ですこと!)


 心の中じゃ感情豊かだっていうのに、表情はあまり変化がない。少し目を見開いた後、すっとその顔から感情を消して笑顔を貼りつけている。それでも、彼女の素の表情を一瞬だけだったが垣間見られたのは、これが初めてだと思う。


 そもそも、縁談を断るためだけにわざわざここまで出向いたりしない。

 しかもその前には伯爵に装飾具をねだろうとしているなんて、相変わらず物欲だ。まぁ、公爵令嬢などに比べたら可愛いものだが。


 扉の前から動かないカトリーナ嬢を伯爵が私の向かいの席に座らせる。

「カトリーナ、急にすまないね。お前がこの間お会いしたベルマーン侯爵様がわざわざうちに来て下さってね。なんとカトリーナを娶りたいとおっしゃるのだよ。もちろん正妻でね」


(……はい!?

え、ちょっと待ってくださいな!な、なんですの、それは!

だって、え?私を娶る?いったいなんで!?

この間のどこが気に入ったの!?

ゴホン、少し落ち着きましょう。口調の乱れは心の乱れ、気をつけなければなりませんもの。)


 はじめて彼女の口調が崩れているのを聞いた。意外と感情の揺れ幅は大きいようだ。


「カトリーナ嬢、先日はとても楽しく過ごさせていただいた。君を侯爵家に迎え入れられることをとてもうれしく思う。急な話だが、これからよろしく頼む」

「カトリーナよかったな。こんな素晴らしい方と結ばれることができて。わが伯爵家もお前の門出を盛大に祝おう」

(お父様からしたら、名門の侯爵家と繋がりをもてるのですから万歳三唱でしょうけど、もう少し私のことを慮ってはくれないかしら。いや、確かに今のご時世親の言う通りに結婚するものですけど、少々急すぎはしないでしょうか。初めてのお見合いから数日しかたっていませんのに。)


 もとの御令嬢口調に戻ってしまったな。少し残念だ。先ほどの崩れた口調も気に入っていたのだが。


 そこからは、彼女をおいてさらに話を進める。婚約が決定したと言っても話し合うことは多い。花嫁修業についてだとか、結婚式についてだとか、生まれた子供の扱いについてだとか。


(それにしても2人に話に私は入ることができませんから、もう部屋に帰ってはだめでしょうか。)

 もう少し我慢してくれ。ある程度伯爵との話が落ち着いたら、今度は君といろいろ話さなければならないから。


「ハトマン伯爵、すまないが、少し席をはずしてもらってもいいだろうか。カトリーナ嬢と2人だけで話をしたい」

「あぁ、そうですね。気が回らずすみませんな。ほら、カトリーナ。くれぐれも失礼のないように」


(えっ、私を置いていくの!? 私ではなくてお父様が出て行っちゃうの!? 私を捨てないでくださいませ、お父様!)


 そんなに私と二人っきりになるのが嫌なのか? これからは夫婦になるのだから慣れてほしい。


(……気まずいわ。そしてなにより、こんな化け物と一緒にいるなんて、心を読まれでもしたら恐ろしいわ。あら、でも私の心なんて読んでも、何も大したことは考えておりませんから問題ないのでしょうか。いや、そういう話ではないですわね。心を読まれるということがそもそも気持ち悪いんですもの。)


 今、一瞬本音出ていただろう。別に問題ないのだな?


「カトリーナ嬢、これから君とは長い付き合いになるのだから、話しておきたいことがある」

(まさか、変な性癖でもございますの!? それなら、たとえ一晩でも付き合いきれませんわよ!)

なぜそこまで思考が飛躍するのだ。普通に考えてここは私が自分の能力について話すところだろうが。


「いや、そうではない。君も知っているようだが、私は人の心を覗き見ることができる。もちろん常にそんなことをしているわけではないが、これから君の心を読むこともあるだろうから、そこは理解してもらいたい」

 (えっ、それ私に言ってもいいのですか!? それは隠さなければいけないのでは?)


「君と結婚する予定なのだから、何も問題ないだろう。夫婦間には隠し事は少ない方がいい」

 (いえ、私は夫婦であってもプライベートは……って、えっ?

  私、今何も言葉を発していないわよね? けれど返答があるって……私の心を読んでいるの!?)

「そうだ。前に会った時もずっと読んでいたけれどな」

(なんですって!? 私の煩悩は漏れまくりだったの!? あぁ、お嫁にいけないわ!)

煩悩だという自覚はちゃんとあるのだな。そこを直そうとは……治せるわけがないか。


「君はちゃんと私がもらってあげるから、大丈夫だろう」

「だからと言って、あなたみたいな化け物との結婚はごめんですわ!!」

(……あ、言っちゃった。やばいどうしよ。侯爵家にとても失礼なことを言ってしまった。これはまずいぞ、まずすぎるぞ!

よしここは一旦冷静になりま)

「いまさら、そんなこと言われても気にしたりはしない。それに前もずっと化け物だ悪魔だ言っていただろう」

(ばれてたのかぁぁぁぁ!!!!)


 思いっきりばれていたぞ。そもそも何で私が心を読めると知っておきながら、油断していたのだ。いくら能力を使うのは疲れるとはいえ令嬢一人の心を読むことなど造作もない。


 なぜかうなだれているカトリーナ嬢の手を取って私は彼女前で膝をつき、彼女の手を取る。


「君の暴言と一人漫才はなかなかに面白かったぞ。貴族の令嬢にしておくのが勿体無いくらいだった。そんな君だからこそ結婚したいのだ。君みたいな愉快な女性はあまり貴族にはいないからな。


カトリーナ・ハトマン。君を幸せにすると私の名に誓おう。だから、どうか私と結婚してくれないだろうか」


 彼女は少々混乱しているようだ。急に真面目に求婚されたら誰でも驚くか。


(これって、断れないよねぇ。だってハトマン家とベルマーン家では、)

「うちの方が上だからな」

(そうそう、ってまた勝手に人の心読んでる。この悪魔)

「君になら、そう呼ばれることも甘んじて受け入れよう」

(も、もしかして、この人Мだったの!? 今までのお見合い相手では罵りが足りなくて私と結婚するというの!?)

「私はそのような趣味はない」

(えー。でも、確かに私、あまり罵倒はしてなかったものね)


 彼女は混乱のあまり自分の口調が乱れていることにも気付いていないようだった。

 本当に面白い。今回はあまり1人漫才とやらは見られなかったが、彼女といて面白いことには変わりない。


(本当に私で良いの? 後で悔やんでも知らないわよ? まぁ、離縁したいというなら喜んで応えるし、慰謝料ももちろん莫大な額もらうけれど)

なぜ、結婚もしていないのに離縁の話まで出てくるのだ。先を見通して考えるのは良いことだが、今此処で言うことではないだろう。

「そんな心配はしなくてよい。妻は何人もいらないからな。」

(それはつまり、妾を何人も作るってこと?まぁ、いいけど。それなら私も愛人作るまでだし。)

だから、なぜそうなる。というか愛人を作るつもりなのか? 私と言う立派な男がいるにも関わらず。


「はぁ。私はそんなことはしない。私の女性は君だけになるのだから、君も私以外の男はいらないだろう?」

(いや、私は他にも欲s「 い ら な い だ ろ う 」


(ちっ。というか、そもそも、)

「私の心を読むなああぁぁぁぁぁ!!!」


 こんな叫んでいるところすら可愛いと思えるのだから、カトリーナ嬢、いやカトリーナを妻にするのは正解だったのかもしれない。たとえその結婚にあるのが実質的な利益を伴わない一方的想いだけだとしても。


これで短編の内容は終わりです。

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