5◆次の見合い
私はベルマーン侯爵家長男のベルマーン・ルータ・ヴィジャネスト。
この世に生をうけてはや26年。ついにこの度、数十回目の見合いをすることになった。
その相手は、存在は知っている程度のカトリーナ・ハトマン伯爵令嬢。貴族に多い金髪に緑の瞳、と私と同じ色合いの娘で、年の差は7歳。10歳以上離れた夫婦も珍しくもない貴族社会では何か言及されるほどの年の差ではないだろう。
これといった特徴の無いどこにでもいそうな貴族令嬢だと記憶している。いつも友人と噂話に華を咲かせ、流行りのありふれたドレスを身に纏う、そういう御令嬢だ。
影から私を見ているご令嬢の内の一人だが、別に何とも思わない。もっとも、彼女は私だけではなく他の男達にも目を向けているようだが。
今回の見合いは我がベルマーン家の方から持ちかけたもので、彼女の釣書が目に留まったからだ。他にも数多いる教養のある美しい女性ではなく、彼女を選んだ理由は運命……などではない。
私が数十回も見合いをして、選考基準も緩くなったところで彼女が選ばれたと言うだけだ。
なぜ、これほど見合いをして相手を決めるのか、それには深い理由がある。
実は私は人の心を読むことができる。
私がなぜそのような魔法–––正確に言うと呪いの類になる–––を使えるのかについては長くなるので省略させてもらうが、ベルマーン家の場合赤い眼を持つ者には強大な魔力が宿ると定められているので、妻となる女性に魔力は全く求めていない。
さて、私の人の心を読めるという能力だが、当然その有用性は高く、政治においても重宝されている。具体的に言うと、会議や報告の際には同席して相手の言っていることが本当なのか、虚偽は含まれていないのかなどを審査し問題があれば陛下に報告する。それがベルマーン家の代々受け継がれてきた仕事の一つである。
そのような事が続けば、様々な憶測を呼んでしまうのも無理はない。
貴族達の間では噂は、心を読んでいるという的確に真実を当てているものや、悪魔と契約しているというものや、ベルマーン家は化け物の血を引き継いでいるというもの、など多種多様な噂が広がっている。
いくら噂があろうとも、王家は我が一族の能力ゆえに、私たちを信頼し重宝しているのだから何も実害はなかったのだが、今はその噂のせいで私の結婚がなかなか決まらない。
私は家の長男であるうえ、侯爵家を既に継いでいるので、当主として婚姻及び跡継ぎの誕生はもはや義務に近い。幼い頃に婚約者をという話もでたが、両親が幼い頃からの婚約者でまったくもってうまくいってないのをあり、断ることができた。
そこで結婚相手を探すためにめぼしい令嬢を紹介してもらっていたのだが、いかんせん問題が多かった。
侯爵家に関する噂のせいで、私を恐れ、心の中どころか口に出して罵倒する令嬢が一部いるのだ。しかも侯爵家に釣り合う家のご令嬢は気位も高く、日頃は媚を売っておきながら化け物に嫁がされようとしていると知ると罵倒してくるのだから手に負えない。いくら政略だと割り切っていたとしても、口汚く罵るような令嬢とは御免だ。せめて、心の中ですましてくれるぐらいでなければ、共同生活などできやしない。男児が2人生まれたら即別居または離婚という手もあるが、両親のようにはなりたくないし、家のことはある程度まかせたいのでできれば同居はしたい。
もちろん、私のことを表立って悪評するような真似はしない令嬢も多いが、なぜだかそういう令嬢は何かしら問題も持っていることが多い。
最も数が多かったのは令嬢の家に問題があるパターンだ。我が侯爵家は王家に近いこともあり、妻の実家であろうともかなりの権力を得ることができる。それを狙ってくる分にはまだいいのだが、それを悪巧みに使おうという輩が多いのだ。妻の実家の野心のせいで家名に泥を塗るようなことを絶対に避けようとすると、また候補が減っていく。
他にも令嬢が他の男と繋がっていたり、私を亡き者にして侯爵家を思いのままに操ろうとしていたり、問題が多く今までの見合いは見事なまでに失敗してきた。中には人格者と言われる貴族の娘もいたが、必ずしも親に似るとも限らないし、またその貴族が事実人格者であるとも限らないのだ。
人間不信がさらに悪化した気がする。というか絶対に悪化している。
そんなこんなでついには見合いがカトリーナ嬢まで辿り着いたということだ。
伯爵家の中でも低位であり、彼女の両親は小心者であり、たいして悪知恵も働かないので、どんなに頑張っても小悪党ぐらいにしかなれないだろう。その程度なら、うちの権力で握り潰すこともできる。
けれどはっきりと言って、彼女との見合いが成功する確率は低い。彼女が悪態をつかなくとも、両親に大きな問題はなくとも、結婚してのメリットがないのだ。彼女との実家の繋がりなどいらないし、彼女自身の美貌も教養も今までの見合い相手に比べて劣っている。これといって興味の引かれない彼女との結婚は政略としての意味すらなさないのだから。
先ほど選考基準が緩くなったからだと言ったが、正確に言うならば貴族社会におけるパワーバランスについて考慮して彼女を次の見合い相手に選んだのだ。
見合いの順というのはどうでもよさそうで、実は各家や個人の思惑が交錯するとても面倒で複雑なものなのである。
はずしてはいけない重鎮の家の娘とはあらかた見合いをし、さて次はどこの家をするか、となった時に問題が起きた。ほぼ同等の権力、美貌、教養をもった二人の令嬢が候補に挙がったのだ。
その二人の家は長年対立しており、下手にどちらかを先に選んでしまっては基本的に中立を保っている侯爵家が片方に肩入れしているのだと思われてしまう可能性もある。深く悩んでいた際にとりあえずということで、あえて全く関係のないハトマン伯爵の娘が選ばれたのだ。
どちらの家とも繋がりがなく違う派閥に属しており、これといって特徴の無い家の毒にも薬にもならない娘と見合いをしたところで誰も責めることなどしないだろうという、いわば問題の解決を先延ばしするための時間稼ぎでしかなかった。幸い、少し先に予定されている王宮の人事でどちらかが昇進するであろうから、その結果を見て昇格した方の家と先に見合いをすればいい。
見合いの順序が大切なのであって、実際の結婚に関してはどこの家の娘としようが問題はないので、件の両家も万が一ハトマン伯爵の娘と結婚することになっても文句はつけられないだろう、とまで考えての事だった。もちろん私達二人が結婚まで進むだなんてありえないと思っているが。
まぁ、彼女は一時の夢を見ることができるし、私も候補を絞ることができるのだから、1、2時間ぐらい気にやる必要もないだろう。