4◇お見合いを終えて
あのお見合いから数日、何も変わったことはありません。私の方にお父様から何も話がなかったので、きっとお断りの手紙でも届いているのでしょう。まぁ、予想通りではありましたけれど、少し呆気なかったですわね。現実はこんなものですよね。
あら? そういえば最近お父様を屋敷内で見かけることがないですわ。一体どこにいらっしゃるのでしょうか。まさかこんな真昼間から愛人のところに行くなんて考えられませんし、お父様は宮内でも大した役職にはついてなかったと思うのですけれど。いかにも貴族のお飾り用の仕事だったはずですわ。
そんなことを考えていたからでしょうか。ノックの後に、伯爵様が応接間にお呼びでございます、と侍女が告げに来ました。すぐに身だしなみ整えさせてから侍女を連れて応接間へと向かいますが、はて、応接間に来いとは何のことでしょうか?
見合いの失敗の慰めに商人でも呼んできてくれたのでしょうか。それなら、新作のジュエリーでもおねだりしようかしら。
応接間の前に立っていた従者が私を見て扉を開けたところで友人の話を思い出しましたの。そうだわ、友人がすすめていたトルマリンの髪飾りを買ってもらいましょう。あれはいろいろな色があるから、自分の髪に合ったものを見つけられるわ、って言っておりましたもの。そうと決まればさっそくお父様に……って、えっ!?
なぜヴィジャネスト侯爵様がここにいらっしゃいますの!?
はっ、もしや直々にお断りを言いにきたのですか! まぁ、屈辱的ですこと!
「カトリーナ、急にすまないね。お前がこの間お会いしたベルマーン侯爵様がわざわざうちに来てくださってね。なんとカトリーナを娶りたいとおっしゃるのだよ。もちろん正妻でね」
……はい!?
え、ちょっと待ってくださいな! な、なんですの、それは!
だって、え? 私を娶る? いったいなんで!?
この間のどこが気に入ったの!?
ゴホン、少し落ち着きましょう。口調の乱れは心の乱れ、気をつけなければなりませんもの。
「カトリーナ嬢、先日はとても楽しく過ごさせてもらった。君が侯爵家に迎え入れられることをとてもうれしく思う。急な話だが、これからよろしく頼む」
えっ、もう決定事項!?
「カトリーナよかったな。こんな素晴らしい方と結ばれることができて。わが伯爵家をお前の門出を盛大に祝おうではないか」
お父様からしたら、名門の侯爵家と繋がりをもてるのですから万歳三唱でしょうけど、もう少し私のことを慮ってはくれないかしら。確かに今のご時世親の言う通りに結婚するものですけど、少々急すぎはしないでしょうか。
初めてのお見合いから数日しかたっていませんのに。
そこからは、私をほっぽって2人で話を進めていきます。お父様はこの結婚話を整えるため忙しくしていたそうです。
くっ、すでに話が決まっていただなんて! 私に少しは言ってくれてもよいのではありませんか!
それにしても2人に話に私は入ることができませんから、もう部屋に帰ってはだめでしょうか。
ある程度、話が落ち着いたところで、私が退室を願い出ようとしたのですけれど、
「ハトマン伯爵、すまないが、少し席をはずしてもらってもいいだろうか。カトリーナ嬢と二人だけで話がしたい」
「あぁ、そうですね。気が回らずすみませんな。ほら、カトリーナ。くれぐれも失礼のないように」
えっ、私を置いていくの!? 私ではなくてお父様が出て行っちゃうの!? 私を捨てないでくださいませ、お父様!
こんなにお父様のことを必要としたのは初めてではないでしょうか。けれどそんな願いが届くわけもなく、お父様はさっさと部屋を出て行ってしまいました。
……気まずいわ。そしてなにより、こんな化け物といっしょにいるなんて、心を読まれでもしたら恐ろしいわ。あら、でも私の心なんて読んでも、何も大したことは考えておりませんから問題ないのでしょうか。
いや、そういう話ではないですわね。心を読まれるということがそもそも気持ち悪いのですから。
「カトリーナ嬢、これから君とは長い付き合いになるのだから、話しておきたいことがある」
まさか、変な性癖でもございますの!? それなら、たとえ一晩でも付き合いきれませんわよ!
「いや、そうではない。君は知っているようだが、私は人の心の声を聞くことができる。もちろん常にそんなことをしているわけではないが、これから君の心を読むこともあるだろうから、そこは理解してもらいたい」
えっ、それ私に言ってもいいのですか!? それは隠さなければいけないのでは?
「君と結婚する予定なのだから、何も問題ないだろう。夫婦間には隠し事は少ない方がいい」
いえ、私は夫婦であってもプライベートは……って、えっ?
私、今何も言葉を発していないわよね? けれど返答があるって……私の心を読んでいるの!?
「そうだ。前に会った時もずっと読んでいたけれどな」
なんですって!? 私の煩悩は漏れまくりだったの!?
あぁ、お嫁にいけないわ!
「君はちゃんと私がもらってあげるから、大丈夫だろう」
「だからと言って、あなたみたいな悪魔との結婚はごめんですわ!!」
……あ、言っちゃった。やばいどうしよ。侯爵家にとても失礼なことを言ってしまった。これはまずいぞ、まずすぎるぞ!
よしここは一旦冷静になりま
「いまさら、そんなこと言われても気にしたりはしない。それに前もずっと化け物だ悪魔だ言っていただろう」
ばれていたのかぁぁぁぁ!!!!
うなだれている私の手を取って侯爵様が私の目の前で膝をつく。
「君の暴言と一人漫才はなかなかに面白かったぞ。貴族の令嬢にしておくのが勿体無いくらいだった。そんな君だからこそ結婚したいんだ。君みたいな愉快な女性はあまり貴族にはいないからな。
カトリーナ・ハトマン。君を幸せにすると私の名に誓おう。だから、どうか私と結婚してくれないだろうか」
そう言う侯爵様は私には手の届かない、こともないけれど可能性としては低い存在だったはずで。
この人さっきから失礼なことばかり言っているけど、最後の言葉はまるで、どこかの物語のような求婚だからか、イマイチ実感がわかない。急な展開すぎるし、この人の考えていることもよくわからないし。
これって、断れないよねぇ。だってハトマン家とベルマーン家では
「うちの方が上だからな」
そうそう、ってまた勝手に人の心読んでいる。この悪魔。
「君になら、そう呼ばれることも甘んじて受け入れよう」
も、もしかして、この人Мだったの!? 今までのお見合い相手では罵りが足りなくて私と結婚するというの!?
「私はそのような趣味はない」
えー。でも、確かに私、あまり罵倒はしてなかったものね。
本当に私で良いの? 後で悔やんでも知らないわよ? まぁ、離縁したいというなら喜んで応えるし、慰謝料ももちろん莫大な額もらうけれど。
「そんな心配はしなくてよい。妻は何人もいらないからな。」
それはつまり、妾を何人も作るってこと? まぁ、いいけど。それなら私も愛人作るまでだし。
「私はそんなことはしない。私の女性は君だけになるのだから、君も私以外の男はいらないだろう?」
いや、私は他にも欲s「 い ら な い だ ろ う 」
ちっ。というか、そもそも、
「私の心を読むなああぁぁぁぁぁ!!!」