10◇婚約破棄作戦
本当にお久しぶりです。
またしても急にやる気をだして、ちまちま校正しながら書いていた分を投稿できました。
いくつか修正点がありまして、
侯爵様の口調を微妙に変更
魔法に関して国内では発展してないに変更
3・8話に後書を追加
逆に前書きは少し消しました。
上記以外にも誤字脱字等を修正しています。
が、ぶっちゃけ久しぶりの更新すぎて内容を忘れられている方が多いと思うので、簡単な要約をつくりましたので、参考にしてください。
――要約――
私、前世の記憶を持っている伯爵令嬢のカトリーナ・ハトマン!
人の心を読む悪魔みたいなヴィジャネスト・ベルマーン侯爵とお見合いをしたら、面白いとかで気に入られて婚約することになっちゃった!
厳しい教師をつけられてげんなりしているし、愛人一人認めてくれない侯爵様との結婚なんて嫌だから、どうにかして婚約破棄したいの!
私がんばるから、婚約破棄の慰謝料はちゃんとちょうだいね☆
だいたいこんな感じです。
私もお話の細かいところは忘れていたので何回か読み直しましたけど、こんな感じでした。
本日は社交用のドレスを仕立ててもらうため、ベルマーン家に向かいます。
聞いたところによると、侯爵様も私とデザインを揃えた衣装を作るため今日はお休みをとられ、一緒に採寸した後に距離を縮めることを目的として二人で過ごす時間も設けられるそうです。
ここ数日かけて、婚約破棄のために考えてきた作戦を発揮するまたとないチャンスです。
ふふふふ、見ておきなさい、この化け物侯爵!!
作戦その1:散財
「ヴィジャネスト様、カトリーナ様、本日はよろしくお願いいたします」
そう挨拶をしてきたのは王室御用達の仕立屋でした。さすがはベルマーン侯爵家。ハトマン伯爵家が呼んでいる妙に偉そうな仕立屋とは格が違うのですわね。
採寸を別の部屋で行った後、侯爵様と一緒にデザインを考えます。当初は数着だけの予定でしたが、さっそく我儘を言います。
「せっかくですから、もっとドレスがほしいですわ。私の持っているドレスは少し流行遅れですから、全て新調してしまってはダメかしら」
確かに貴族は毎年新しい衣装を購入しますが、限度というものがあります。同じものを社交シーズン中に何回か着ることは当然ありますし、去年着ていたものをそのまま或いは少しアレンジして着るのも普通のことです。それを全て新調となると20着以上は頼まないといけません。しかも一着一着が私の持っているものよりもはるかに高価なのは間違いありません。だって王室御用達の仕立屋ですもの。
「それもそうだな。この際だし、好きなだけ頼むと良い」
え、嘘でしょう。結構な値段になりますのよ?
見栄もあるかもしれませんが、まぁ結構なお家柄ですしまだ耐えられるのかもしれませんね。それならば、そのドレスたちの装飾にレースや宝石をふんだんに使わせていただきましょう!
「こちらのドレスは裾と襟に隣国の繊細なレースをつかってほしいですわ。そちらは全体的に小粒のダイヤを胸元に一杯縫い付けて、そうそんな感じにしてくださる? それからあちらは……」
私の持っている一張羅並みのデザインを全てのドレスに施してもらいました。ふう、さすがに数が多くて疲れたわ。でもこれだけ注文されたら侯爵様だっていい顔をしないはず、そう思って侯爵様の方を窺うと、
「もっと派手にしなくて良いのか? 若い娘の間では豪奢なのが流行っているのだろう?」
「……これ以上装飾を付けると私に似合わなさそうですから」
「そんなものなのか。何なら普段着も仕立てておくか?」
全然こたえてないじゃない!
これ以上図面を見ていたくなかった私は今回のありがたい申し出を泣く泣く断ったのでありました。
でも私のメンタルが回復したのなら、普段着を仕立ててもよろしくてよ?
作戦その2:価値観の違い
先ほどの散財作戦がうまくいかない可能性はもちろん考えておりました。だって、公爵家並みの権力を持つと言われるベルマーン家ですもの。権力に比例して財産も多いことでしょうから、お金も有り余っているのでしょう。
けれど、そんなことでへこたれる私ではありませんわ。
正直、価値観の不一致など婚約破棄の理由としては弱いですわ。政略結婚が主なこの時代に個人の事情は関係ないのですから。しかし今回の婚約はこの侯爵様の主観によってのみ決められたものです。ならば当然、侯爵様の主観による婚約破棄もありえるはずです。きっと一方的に婚約破棄したとあれば外聞が悪いので、私にはそれ相応の家柄の子息を紹介してくれることでしょうし、慰謝料も大量にもらえることでしょう。
うふふ、私は作戦の成功を感じて上機嫌でした。
しかし、どうでしょう、いざ二人きりの茶会──前回ミセス堅物と過ごした部屋なので落ち着けません──になると中々価値観の話にはもっていきにくいものがありますわ。意見を求められたらできるだけ侯爵様とは違う考えを返しておりますが、それは元々のものです。こう、なにか、決定的に違うものはないのでしょうか……そうだわ!
「最近の話題と言えば、そうですわ、人気の演劇についてなのですが、私の友人に聞いたところだとストーリも素晴らしいけれど、主演の女優がとても美しいと聞きましたわ。男性の間で女優を支援するのが流行っているとかで、その女優の方の抜擢はケルン伯爵の支援あってのことだそうですわ。ケルン伯爵は奥方と不仲なこともあって、外に仲の良い女性が多いみたいですし。私も夫の交友関係が広いことを咎めるつもりはないですから、自由になさってくださいな。その代わり、私の多少の遊びには目を瞑ってくださいませ」
ふふ、これでどうかしら? 結婚前から話すようなことではないですけれど、侯爵様は愛人とかお嫌いでしょう? 遠慮なく言ってくださいな。君とは合わないと!
「……この間も言っただろう。私は愛人を持つ気もないし、妻の君に許す気もないと」
「私はまだ侯爵様の妻ではございませんわ」
「どうせすぐ結婚するのだから、ほとんど誤差だろう」
ああ言えばこう言う、本当に面倒な奴ですわね。こうなれば直球勝負ですわ。
「私、正直に申し上げますと……侯爵様と結婚生活をうまく送れる自信がございませんの。私たちは育った環境も考え方も違いますでしょう。ほら、例えば、異性との付き合い方とか……」
「もちろん、それは分かっているから、ちゃんと歩み寄るつもりがある。けれどそこだけは譲れない」
「私もそこだけは譲りたくないのです!」
そう力説すると、物凄く呆れた目と表情をしてきました。人の表情から感情をくみ取るのが苦手な私でさえはっきりとわかるほど露骨に。氷の侯爵様とも呼ばれる方がなんとも情けない顔をされますわね。
「自身の妻に貞淑さを求めるのは間違ってないだろう? どこの馬の骨が父親か分からない子を産まれても困る。もしだ、もし、この婚約がなくなったとしたら、私はカトリーナに節操がないから破談になったと社交界で口を滑らしてしまうかもしれないが、それでもいいのか?」
「……よくないですわ」
ちーん。まさか正論で脅してくるとは、手強い奴ですわね。
けれど、婚約破棄という考えが一瞬頭に浮かんだだけでも好感触ではなくて?
作戦その3:他の女性を勧める
先ほどの流れからも分かりましたように婉曲に言ってもしょうがないようなので、ここはストレートに他の女性を褒めたたえ、婚約者に勧めることにしました。
「今年デビューするタルマリ子爵のご令嬢がたいそう美しいということで社交シーズンも始まる前だというのに求婚者が何人もいるそうですわ」
「そうか」
反応は薄いが頑張って話を続けます。
「えぇ、きっと侯爵様も一目見れば気に入ると思いますわ」
「前に会ったことがあるが、中々に性格が悪かったぞ。世界の中心は自分だと思い込んでいるから、関わらない方がいい」
え、そんな女性だったのですか。けれど、心が読める輩が言っているのだから間違いないはずですわよね。まぁ、貴重な情報ですしありがたく参考にさせていただきますわ。
けれど、私とてたった一人しか推薦者を決めていないわけではありません。このためだけに貴族図鑑と睨めっこして、必死に社交界の記憶を堀り出してきたのですよ。ですから、ほかにもいっぱい候補はいるのに……。
「あそこは実家が過激派だから駄目だ」
「彼女は身体が弱すぎる」
「確か何人かの男性と不倫していたはずだ」
「あそこは来年爵位を返上する予定だ」
嘘でしょう。私よりも(悔しいけれど)美しくて、まだお見合いをしてない女性たちを何人も紹介するが、全て訳ありでしたわ。社交界に碌な女性がいないじゃない。
今回は貴族の女性は難ありが多いということが分かりました。たしかに彼女達に比べたら私は聖女みたいに優しくて思慮深いですわね。私を選んだのも納得かもしれません。
作戦その4:賢さを出し、男を立てない
男性、それも貴族の男性というのは総じてプライドだとか、矜持だとか、誇りだとかを持っていて、中々に面倒くさい性格をしています。それが侯爵様にも当てはまることは間違いないと思います。
こう見えて私は学院だとかに通ってないわりには、政治や経済の知識はありますので、さらりとその話題を振りましたが、
「そうだ、確かにフィナン一家の経済的打撃が社交界全体に広がろうとしていることは憂慮すべき事態だが、国としても最近は一貴族の影響で国の景気が左右されないように様々な施策を行っているところであり、そうだカトリーナは最近新設された社会保障法における特別貴族扶養制度について知っているか?」
「いえ、もう大丈夫ですわ」
途中で仕事モードに入ったらしく全く話についていけなくなりましたわ。いえ、着いていくことはできるけれど、賢さというか知識において完全に負けてしまっているのです。それでは意味はありません。
私の専門分野で勝負すれば打ち勝つことはできるでしょうけれど、打ち勝ったところで「ほおカトリーナは教養もあるのだな」とか言い出しかねません。本当にできる人間というのは、自分より優秀な人間がいたとしても純粋に尊敬するだとか、逆に利用しにかかるだとかで、矜持がぶれることはないのでしょう。
そもそも男としてわざわざ立てなくても立派なのは良いことですが、作戦は失敗ですわね。立派なのはそれはそれで癪に障りますわ。
作戦その5: 酷いマナーを披露
こうなったら、私が上だと示すのではなく、逆に私が著しく下だと示して結婚したくないと思わせることにします。
さっそく食べていたクッキーをポロポロこぼし、茶器を音を立てながら戻します。侯爵様が話そうとすれば、それを遮って私が話します。しばらくそれを続けていると、侯爵様が大きくため息をつきました。
「君の今のマナーは目に余るものがある」
あら、これは好感触ではなくて?
「これが続くようなら叔母に授業を増やしてもらおうか」
「いえ、それには及びませんわ」
そこからは指の先まで意識してとても美しい所作でしたわ。
作戦その6:自分に自信がなく不安
さて、マナー的なもので婚約破棄ができないのなら、私の気持ちの問題を理由に持ってきたいと思いますわ。侯爵夫人になる者が気弱でしたら、さすがに侯爵様も考え直すのではないかしら。
「あの、私に侯爵夫人が務まるか不安で……。私よりも見目が美しい方も教養のある方もたくさんおりますし、そのような方々と比べた時、自信を持てないのです」
適当なところで、深刻そうな顔をして切り出しました。
少し侯爵様は悩まれた後、口を開きました。
「問題はないだろう。確かに君はさして印象に残らない程度の顔立ちだし、貧しい体つきだが、そこまでひどくない」
はあ!?
誰が印象に残らなくて、貧しい身体ですって!? 婚約者のことそんな風に思っていましたの!? これじゃあ励ますどころか、貶されているじゃない!
「私の言葉でも自信がつかないというのなら、その時はさらに磨くしかない」
あら、話が怪しい方向に進んでいませんこと?
「そう、自信をつけるためにも授業を増やすか」
「いえ、急に自信に充ち溢れましたから、それには及びません」
何かと授業を増やそうとするのは本当にやめてほしいですわ。あと、侯爵様は女の扱いとかをもしかして分かってないタイプなの? だからお見合いが失敗続きだったのかしら。
作戦その7:悪魔召喚
そう、私にはもう悪魔召喚しか残されていないわ。って、悪魔を召喚する方法なんて知らないし、私には魔力もないじゃない。
もう疲れたわ。今日は大人しく帰って、また次の手を考えるとしましょう。
後日侯爵様から、デビルラビットとかいう兎が届きました。そうじゃないのよ。デビルはつくけど全然悪魔じゃないじゃない……。
いえ、ちょっと待って。なぜ悪魔を欲しがっていたことを知っているのかしら。私一言もそんなこと言っていませんのに。
さては、また私の心を読んでいたのね! 侯爵様こそ悪魔じゃない!!!
でも、この子可愛くないことはないわね……。少しこのもふもふで癒されして、英気を養うとしましょう。
~ヴィジャネスト侯爵様の講評~
作戦その1:散財
視点としては悪くなったが、そもそもカトリーナと私では家の規模が違ければ持っている領地や役職も違うので税収や給金等には天と地ほどの差がある。よって彼女の思う散財はベルマーン家にとっては可愛いものである。社会的見識と想像力が欠如していたのが敗因だろう。
作戦その2:価値観の違い
これは今回に婚約に関しては意味がないに近い作戦だった。私は彼女の考え方だとかそういったものが気に入っているのだから、その違いはむしろ意味を持つ。なお愛人については許容するつもりはない。
作戦その3:他の女性を勧める
代替案ならぬ代替婚約者候補を調べて用意した努力は認めよう。しかし所詮は碌に社交界を経験してないカトリーナの情報量は私と比べるもなく、全員難があった。しかし、カトリーナが聖女みたいに優しいかというとそうではないと思うし、思慮深いというよりは悪知恵を働かせている感が強い。その努力の方向性を素直に花嫁修行に向けてほしい。
作戦その4:賢さを出し、男を立てない
なるほど思慮深いとはそういうことか。いや知識を羅列していただけではあったが、これを短期間で覚えることはカトリーナにはできないだろうから、知識に関しては一般女性以上にはあるのだろう。しかし、年齢や経験の差からしてやはり私には及ばない。それにしても彼女の専門分野とは何なのだろうか。婚約破棄とかか?
作戦その5:酷いマナーを披露
常識的に考えて、婚約破棄するよりもマナーを矯正した方が早いし効率も良い。あとカトリーナのマナーは中流貴族の中では美しくとも、公爵家とかのレベルで考えるとそこまでではない。
作戦その6:自分に自信がなく不安
自分の普段の言動(心の中も含む)を思い出してほしい。どう考えても自分に自信がないわけないだろう。うまくフォローできなかったのは申し訳ないが、それは褒めるところがとっさに思いつかなかっただけで、決して女の扱いを分かってないことはない。
作戦その7:悪魔召喚
これを作戦に入れているところは可愛いなと思った。ついでに先日母上が贈ってきた兎がまとわりついて鬱陶しいので送ってやろう。
総評
私が人の心を読めるということを忘れている気がしており、そこが一番の問題だった。最初会った時から婚約破棄作戦については分かっていたし、そんな見え透いた手に乗る私でもない。私が悪魔だというのなら、次はそこも含めて検討しておいた方がいい。しかし、全体として面白かったので、次があるなら次があるで楽しみにしている。