エピローグ2
二○一八年。T県において牛疫が流行。義務により感染した牛、豚は即時殺処分が行われ、多くの畜産農家に甚大な被害が及ぶ。政府により早期対策が練られるも、瞬く間に日本全土に広がり輸入品が市場を占めることになる。価格高騰により庶民の手からは離れていく。
二○二○年。家きんコレラの流行により鶏やうずらなどの鳥類が淘汰される。比較的安価なため鶏卵のみ輸入により市場に出回る形になる。また、通常はほぼ同数となる出生時男女比だが、この年の新生児はおよそ七割が女児であった。新生児の性の比率に関し調査が行われたところ、「Y染色体の消失」が疑われたが、明確な原因はついに判明しなかった。
二○二三年。日本国内の総人口が増加傾向を辿るも、男女の割合に偏りが見られるようになる。女性主体の社会となる。
二○二五年。肉を買えない貧困層がデモを起こすも、即時鎮圧。貧困層への社会的偏見が生まれる。これを経て、日本は貧困層と富裕層に二分化される。この年から諸外国への移住を選択する日本人も増加する。
二○二七年。男児の出生率が大幅に減少。男児を生んだ家は政府から献金が贈与される。また、減少幅に考慮し、性的暴力の可能性を排除するために男児は小学校卒業後は政府指定の男子校へ進学することとなり、一定の隔離状態に置かれる。この時男児には社会における自己の優位性を曲解し利益を求めることのないよう、誤った歴史を教える方針に決定された。
二○二八年。定数をやや上回る形で、国外からの多くの批判の中「女児育成区分法」が制定される。これにより、貧困層に生まれた女児は指定された女学院のみにしか進学を許されなくなる。また、そこでの「卒業認定試験」において認定の得られなかった生徒に関しては、食肉とされることが決定された。
「異常ですよ。こんなもの。普通じゃない。でもそれがもう何年も前から普通になってしまっている。正直、信じられないですね。どうにかしたいと思いますけど、どうにもならない。悔しい気持ちでいっぱいですよ」御子野瀬が煙に乗せた愚痴を、又野エリはほとんど聞いていなかった。「いつみちゃんだって、この歴史の齟齬を長嶺くんに気付かれうる発言をしたってだけで、アウトになった。どうかしてる、豚を飼ってたって話をしただけなのに」
それよりも、手元の資料に視線を落として、それを読み直すことに集中している。
女児育成区分法……低所得者の家に生まれた女児は、政府の指定した女学院にのみ進学を許される。また、満十八歳において、卒業認定試験を受ける権利を獲得する。これは該当生徒に学院理事長、またはそれに相当するものから口頭により説明をする義務がある。卒業認定試験受験資格を持つ生徒及びその保護者は、政府より配布される同意書に対し署名を行うことで試験を受けることが可能になる。これは強制ではなく、署名しないことも認められる。署名した場合においては、政府指定の男子校より無作為に選ばれた男子生徒を試験官とした卒業認定試験を受け、合格を得ればその試験官と婚姻を結ぶこととなる。これは、女性過多の世の中において地位を得ることと同義であり、貧困層から富裕層への転身を約束される。一方、試験に不合格となったものは即時政府により身柄を拘束。試験日程終了後食肉加工工場へと運ぶものとする。また、規定期間内に同意書に署名を行わなかった場合、その生徒は卒業認定試験を受ける資格を失い、十日の猶予の後、同様に食肉加工工場へ連行される。すなわち、一縷の望みにかけるか、最期の時を惜しむかを該当者及びその保護者は選択することが可能なのである。通常多くの場合、娘の品行、容姿、素養に自信がなければ、卒業認定試験を受けることはない。
今回参加した十人の生徒のほかに、又野エリが担当していたクラスにはもう十六人居た。つまり、彼女のクラスは本来二十六人だった。又野エリとしては、試験に臨むことも、家族と最後のときを過ごすことも、どちらの選択も良いものだと思っている。それは過去に自分が勝てたからこそ芽生える達観だったが、彼女にその自覚はない。
試験を受けることのなかった十六人が、どのような最後を飾ったのかは、又野エリの知れないところである。せめて連行される際、反逆しなければ良いが。そんなことを考えていた。
彼女自身、試験を経て、その年の試験官と結婚し、身分を飛躍的に上げた。貧困層からの脱却だけでなく、教師という職も得た。子どもはまだ居ないが、さらに男の子を生むことが出来れば、地位は確固としたものになるだろう。彼女の脳内にその計算はないが、無意識のうちに、それは芽生えてくる。勝者とは常に欲求を絶やさないものだ。
御子野瀬は、煙草を吸いながら「ゲットー女学院」のパンフレットに目を通していた。そこには煌びやかな本校舎の写真や、女生徒たちの楽しげな表情が映され、美化された謳い文句が連なっているが、実際のところ、長嶺零斗の訪れた「ゲットー女学院」の学院名は、ヨーロッパ諸都市内でユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区に由来する。よほどこんな幸せそうなイメージとはかけ離れたものだ。御子野瀬はその迫害についてを学生時代に教えられて知っているが、今の日本で、このような授業は行っていない。テーマとして、掲げるには好ましくないと言う政府の決定である。はっきり言って、やりたい放題だった。
資料を読みながら、レポートを作成していく。政府のご機嫌取りを兼ねたもので、不用意な言葉は書けない。どれだけ思うところがあろうと、これはあくまでも「報告書」でなくてはならない。個人の主観的感情は排斥するのが通常だ。
だから御子野瀬の煙草の本数は増えていく。
山盛りになった灰皿のその上に、また吸殻を載せる。




