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「何もなかった、とは言わない」
「そうだよね」責める調子はない。「どこまでしたの?」
どこまで?
彼女は焦っている。そう思った。
焦っているから、こんなことを聞いてくる。
ではなぜ焦っている?
「キスをした」
ジュースを飲んだ。
彼女は何も言わない。
言わずに、しばらく僕の顔を見つめて、それから大きく息をついた。
「そっかあ~」作り笑いを浮かべて、「ごめんね」
あの、悩殺ものの笑顔を見せる余裕がない。
誰がそうした?
何が彼女を追い詰めてしまった?
「ねえ」
声を掛ける。
「ん?」
「もし僕から、接触した場合、どうなるんだろう」
言って、彼女を抱きしめた。
捨て鉢になったわけではない。
どちらかと言えば、自分でも自分の行動原理がわからなかった。
ただそうしたい、そうしてあげなくてはならないと思ったことは事実だった。




