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「着いた?」
言って、彼女の隣に並ぶ。
そこは少し開けたところで、切り株が二つ並んでいる。
「私の秘密基地なんです」
照れくさそうに彼女は言った。
「秘密基地?」
「私たちは長嶺さんたちを迎えるより先にここに来ていましたからね、散策する時間もあったんです。それで私、ずっと不安だったので、なるべくこれから対決する人たちの顔を見て居たくないなと思って、ぐるぐるしているうちに、この場所にたどり着いたんです」話しながら、彼女は切り株のひとつに立った。「ほんの少しですけどみんなより高い位置に立って、目を閉じて、深呼吸をするんです。すると気持ちが落ち着いていくのがわかるんです」
両手を広げ、大仰な深呼吸を三回。
そして、
「さあ、長嶺さんも」
切り株に上る。
目を閉じる。
渦巻く思考を排斥するように、ゆっくりと、三回、深呼吸を繰り返した。
なるべく深く物事を考えないように、ただ彼女の言葉を聴き、彼女の行動に従うだけと決めていたのに、頭の中にはずっと、落とした女の子の顔がちらついていた。代わる代わる、僕を責めるわけでもなく、ただじっとこちらを見るような無表情。どうしてにぃなちゃんと話しているだけなのに彼女たちの顔が浮かぶのか。それはもちろん話題として提供されたからもあろうが、それだけなのか。僕はずっとここに来たことを後悔し続けているのだろうか。優劣を決め、人生を決めてしまうことを。許されたいのだろうか。
目を開ける。
思考がクリアになったのかはわからない。
ただ、儀式的に行動を起こすことで、区切りを付けようと無意識が働いたような気はする。
「長嶺さん、覚えていますか?」
彼女のほうを見た。
彼女は前を向いたままだ。
「私もちゃんと、全ての上に立ちます。足を掴むモノがあるなら、私が取り払います。だから、長嶺さんも私の足にすがるモノは、取り除いてください。私はそれが、結婚という事だと思います」
それは二次試験のあとに、彼女がくれた言葉だった。
「覚えているよ」
「今もこの考えは変わりません。どうぞよろしくお願いしますね。私のように自信のない女が王座に納まると世間の向き、少なからず落ちてしまった子たちは、やはり良い気持ちで終わらないでしょうから」
「そんなことないよ」迷って、「みんな良い子だった。だから、そんなこと思わないと思う」
「それが、どうも。私に関して言えばどうかわかりません」困ったような表情だ。「だから支えてくださいね、ちゃんと」
「うん」
「それにしても」ぐっと背を伸ばした。「一段高いところに居ると偉くなったような気がするのはなんでですかね。人を、モノを、見下ろすからでしょうか。だとしたら、人間って言うものはそもそもが下劣な生き物ですね。なんて、一段高いところから私たちを選別している長嶺さんに言うのは、意地悪でしょうか」
「いや、その通りだと思うよ。僕は下劣だ」
言い切ると、彼女はけらけらと声を立てて、大きく笑った。
酷く楽しそうに、箍が外れてしまったかのように。
不思議だった。何が可笑しいのかわからない。
目じりをこすり、
「長嶺さんって本当に卑屈ですね。私の言った悪口を全部肯定する」おなかを押さえながら、「でも自分以外に対するものだと、そんなことないって否定してくれる。やっぱり、優しい人です」
「それは」情けなくて笑ってしまう。「どうだろうか」
「長嶺さん」
呼ばれ、向くと、目が合った。
「私、あなたのことが好きです。とても、大好きです」




