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「当たり前の話ですが、私には生まれたときの記憶などありません。だから両親が私の誕生を喜んだのか、悲しんだのか、知りません。もちろんそんなものは知りたくもないし、今となっては完全な事実を知ることも出来ません。母と私の二人暮らしだという話はしましたね。父は、ずっと昔に亡くなったんです。顔も、余り覚えていません。母は、私と父は良く似ていると、時折涙声で言うことがあります。一生愛すると、この人しか居ないと思って結婚して、それが、一生の半分も経たないうちに先立たれてしまっては、悲しいですよね。交わした契りも、果たされていると言えるのかどうか。何のための契りだったのか、それじゃあ不完全だと私は思います。母はだから、私に価値を見出したんだと思います。父に良く似た私とともに過ごすことが、彼女の中でいつしか父と過ごすことと成り代わっている。私は代用品なんです。認めるとか、認めないとか以前に。それに対してどう思うということはないです。母のことは好きだし、ある意味では、母も私を愛してくれているとわかりますからね。いびつな形かもしれないですが、私たちはそれで支えあっているのです」
正午になって、先の順番となったにぃなちゃんは僕を校庭の隅に連れ出した。二次試験を終えた後、僕を追いかけてきて声を掛けてくれた、その場所だった。
僕に座るよう促してから、彼女も隣に腰を下ろし、訥々と話し始めたのである。
空は、絵の具で塗りつぶしたかのような、真っ青だった。雲はひとつとて視界に入らない。
「私はこの試験に関して、母に叱咤激励されました」言うと彼女は小さく微笑んだ。「変な話ですよね」
それのどこが変な話だったのか、僕にはわからない。
彼女のほうを見て首を傾げる。
「ああ、いえ、なんでもないです」すると彼女は視線を外し、「必ず、卒業するんだよって。母にしてみれば、実の娘ですから、やはり贔屓目で見て居たんだと思いますよ。母が惚れた父に良く似た私ならば試験監督が誰であろうと絶対に惚れると、思っていたようにさえ思えます。それくらい自信満々に私を送り出したんです。でも私個人としては、当然ほかのクラスメイトたちのこともよく知っていましたから、この人たちに勝てるのだろうか? 私なんかがその土俵に上がること自体許されるのだろうか? と不安でした。だってやっぱり、みんな、女の子なんです。って、妙な言い方ですね。女の子なのは当たり前なんですけど。もっと、乙女というか。可愛かった。私にその場で出せる特色はないんではないかと、思っていたんです。いや、今でさえ、いちかちゃんに勝てるような個性は私にはないと思っているんですけど」視線に気付いてか、両手を振る。「もちろん、やるからには勝つつもりですよ。ここまで残していただけたんだし、それを無下にするような態度を取るつもりはありません。全力で、長嶺さんを頂くつもりです」
風はこれと言って吹いていない。
ただざわざわと葉が揺れたような、どこか落ち着かない気持ちになった。
彼女はほとんど僕に口を挟ませる余裕を取らないまま、続けていく。




