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いちかちゃんの持ってきたものは、フレンチトーストだった。甘い匂いが教室を満たす。
恥ずかしそうな顔をしたまま、
「どうぞ」
控えめに言って、いちかちゃんは皿を置くと一歩退いた。所要時間は約三十分。早くも遅くもない。
手をつける前に、
「なぜフレンチトーストを?」
と聞いた。確かに料理には違いないが、ここまでメインが続いたため、このチョイスに少々意外性を覚えた。
「四番手でもちゃんと食べてもらえそうなのって考えたら、デザート系かなあって。かぶる心配もなさそうだし、五番手を不利にできるかな、と思って……、なんて言ったら、意地悪かな?」彼女はぎこちなく笑う。「でも勝ちに貪欲になっても、許してくれるよね?」
それは本心なのかポーズなのか、判然としない。少なからずある程度の自信はあるように思われた。そう思った根拠も乏しいものだ。
「いただいてもいいかな」
甘いものは別腹とはよく言ったもので、これなら入りそうだなと思う。ただ次も控えていることを忘れてはならない。
ナイフとフォークで一口大に切り、頬張る。甘い。甘いが、甘いものはうまいものだ。いくらでも食べられそうな気さえする。
疲弊した身体にはよく馴染む。
「あ」といちかちゃんが声を出した。「実は」
そう言って一度教室を出ていく。御子野瀬さんと二人、顔を見合わせていると、彼女はもうひと皿同じものを持ってきた。
「御子野瀬さんの分もと思って。別に、賄賂とかじゃないですよ」にこりと笑う。「やっぱりここのご飯は味気ないし、似たようなものばかり出るから。よかったら食べてください」
なるほどうまい手だ、と素直に感心した。御子野瀬さんからの評価は審査自体には影響がない。ただ、それをこの場面で見せておくのは細やかながら大きなことだろう。配慮ができる子、という印象は刻まれる。
「ありがとう。助かるよ」御子野瀬さんは素直にその好意に甘え、一口食べるとしきりに頷き、「あー、うまい」
そう言った。
いちかちゃんはにこにこと顔を綻ばせたまま、喜んでいるように見える。
あざといが、抑えるところを抑えているからこそ可能なそれである。
誰だって大小あれど自己形成のためには努力をしている、と言う話である。人の数は年々膨れるばかり、個性というのもジャンル分けでしかなく、一人ひとりにスポットが当たることは少ない。そういう中で「誰かとは違う自分」を創造するならば、過度なくらいそれを誇示するのは当然だ。ここにいる十人の女の子だって、ほかの人とは違うところを僕に見せようと、偏りの激しいステレオタイプを「演じて」いる。だから弱音を吐く。イメージと異なる言動が垣間見える。
ただこといちかちゃんにおいては、その努力の甲斐あってか、身に染みているのだろうと思えるほど、隙がない。「可愛い子」「気が利く子」それを演じ切っている。だから余裕があるし、御子野瀬さんにも目が向く。
フレンチトーストは確かに美味しい。それ以外の部分でも彼女は甘い匂いを漂わせ、翻弄する。それが出来る人なのだ。
ほとんど食べることに意識を割かないまま、それでも完食せしめる腕も、確かなものである。しきさんとは別の方向において、彼女は完璧だろう。
「ごちそうさまでした」
「どうだったかな?」
しかし僕の考えでは、それは汚いことではない。誰もが誰かに必要とされたく思い、その位置を確保するためには周囲もはばからない。それがあるべき人間の性根ではなかろうか。彼女は全うしているだけだ。
「おいしかったよ」
だから残す言葉はそれだけで事足りる。
脳内の全ては改竄されるためにそこにある。あるいは、間違えるために。
「良かったァ」
両手を合わせ惜しみなく笑顔を振りまく彼女は、まるで審査の如何は気にしていないという風に、御子野瀬さんに感想を求めていた。




