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ナナが持ち込んだのは、ナポリタンだった。所要時間は目安の一時間ほぼジャスト。料理は不得手に思われる。
ピーマンと玉ねぎ、それから少しの魚肉ソーセージが、ざっくばらんに裁断され、乱雑に散らかっている。若干の焦げ目も愛嬌だろう。
「一応料理はあるだろうと練習したんだけどね」真新しい絆創膏に手をやりながら、珍しくもじもじと控えめだ。「どうも不器用なもんで」
「そんなことないよ、美味しそう」
何をも思うことなくそのような言葉が口をついて出る。パッと華やいだナナの表情にも、動じることがない。
くるみちゃんが二番手だったのは、少なからず僕にはうまい出番ではなかったらしい。自分の精神が低いところに沈殿しているのを自覚していた。簡潔に言えば、気分が盛り上がらない。
「いただきます」
それでも料理は食べる。これは試験で、僕は試験官だからだ。
ケチャップの絡み具合は万全だった。万全過ぎて、ややその主張をくどくさえ感じる。麺の茹で具合はちょうどよく、食感が残っているのが幸いだ。どうやらソース作りに手こずったものらしい。
喫茶店や定食屋でナポリタンを選ぶことはそれほどなかったが、これはどこか、そういうものをイメージさせる。どこか懐かしく、一方では突出もせず、味気なく表現するなら無難であった。しかしここで配給されるパスタよりはずっといい。愛情がある、なんて言ったら怒られるだろうか。
しかし。
食べても食べても減らない。一体何グラムで作ったのだろうか。炒飯とムニエルで膨れるほどやわな胃袋のつもりはなかったから、このパスタそれ自体が少々容量オーバーなのである。
結局、あと二人を残すところであったが、完食する。くるみちゃんのものは食べきり、ナナのものは残すというのでは、誠意の面で不公平だと、どこか律儀に思っての行動である。
ナナは喜んだ。丹精込めた手料理を完食されることは素直に嬉しいもので、それは料理を趣味とする僕にも理解できることだ。だからこそさきほどの自分の所作が気に掛かり、集中力は乏しくなっていた。
「ごちそうさま」
「どうだった?」
「美味しかったよ」
「よかった、ナガミネの舌は肥えてそうだからあまりいい結果にならないんじゃないかと心配してたんだ」
「弱気だね」
「おっと」そう言ってナナは笑った。「あたしらしくないな。そう言ってくれると思ってたよ」
「そっちのほうがいいよ」
言って、くるみちゃんにそう言われたことを思い出した。
考えても詮無いことにいつまでも囚われていても仕方ない。笑顔を作る。
「かぶってなかった?」
「えっと」御子野瀬さんのほうを見ると、首を振った。「それは言えない。でも本当に、美味しかったよ」
それは嘘ではない。
でもどこかで、本心とも言い切れないなと思っている自分がいる。
純粋な興味と下心。
僕の思うままに判断を下して、怒る人間はいない。
それはわかっているが、誰かが悲しむことが僕は今更、怖くなった。もう半数まで減らしているのに、本当に、今更。
彼女たちの心にムミュールの捨て台詞が残っているように、僕の心にも、くるみちゃんの涙は残るだろう。あるいはこうした要素が、小路さんの言うような「強固な繋がり」の糧になるのだろうか。
ナナは嬉々としたまま、出て行った。




