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 しきさんが出ていって二十分少々、次のくるみちゃんが入ってきた。そういえば又野さんの姿は見えず、彼女は順番が巡るのをどこで把握しているのだろうか、などと疑問に思うが、さしたる興味はわかない。同時進行ではないと言った限り、終わった人が自ら報告に行くのか、教室の外で待機しているかのどちらかに違いないからだ。あるいは彼女もまた品目が被ったときなどに顔に出ないよう、調理や完成品を極力見ないようにしているのかもしれない。

 くるみちゃんの持った皿には、ムニエルが乗っている。銀だらだろうか、バターソースと思われるイイ香りがした。付け合わせにきのこのソテーらしいものとレモンが添えられている。

 なるほど試験において料理を行うというのは、大方想像されるところだったのかもしれない。僕が料理をする場合は具材を確認し、候補を捻出し、それからレシピを調べ、調理に取り掛かると手順が多く時間がかかるものだが、ここまでの二人はえらく手際がいいように思われる。

 皿が置かれる。風味がよく食欲を刺激される。あるいはしきさんの采配による炒飯の分量が、ちょうどそれを促す程度だったのかもしれない。少し摘むと、より腹が減るものだ。

「被ってないといいけど」常に二番手に収まる自らを悲観するように彼女は言ったが、僕は返答をしなかった。「召し上がれ」

「いただきます」

 一言添えてから、まずはきのこに手を付ける。こちらは無難なものと言ってよかろう。なまじ料理を趣味と謳うのが今は邪魔に思えた。

 ムニエルをひと切れ口に入れた。少し油が残りすぎている感がある。バターソースに対して、こしょうが多いのか、少し味が濃かった。まずいというよりは、粗いイメージである。

 といえども、決してマイナス面ばかり見ているわけではない。盛り付けられたひと皿のバランスは紛れもなく素晴らしいと思えたし、なによりこの鼻腔をくすぐる香りの良さは、一級だった。しきさんは計算や経験から完璧を目指したが、こちらは言うなれば、何にでも七変化出来る特性から、見た目や香りで感覚に訴えるものを作った、と言った感じか。こちらに良しと思わせるにはどうすべきかを心得ている感があった。

 半分ほどで箸を止めた。腹が満たされたわけではなく、この味に舌が支配されることを考慮してでの判断だ。などという考えが彼女に伝わるべくもなく、くるみちゃんは完食しなかったことを苦悶の表情で捉えた。

「美味しかったよ」

 言い訳じみているなと思いながらも、本心から言う。

「それは、どうも」

 短い前髪を撫で付ける癖を見せながら、自分の表情を悟られまいとしているのがわかる。

「ひと皿として完成されたものだと思う」

 言葉を重ねれば重ねるほど嘘くさく、八方塞がりに思えた。

「大人しく鮭のムニエルにすればよかった」

 ぼそりと呟くので、

「どうして?」

 聞くと、彼女は苦々しそうな顔を変えないままに、

「私は森に住んでいるからね、でもどちらかと言えばクマなんだ」苦笑する。「腹を空かせた旦那のために急いで捕ってきたよなんて冗談も言えたかもしれない。徹底されたキャラクタが好きなようだからね」

 彼女自身が僕に漏らした「卒業できない」という考えが、如実に現れた言葉に思えた。彼女はその自身の考えに溺れ、卑屈になっているようにさえ思われる。

 何も返さなかった。

 ただ再び箸を持った僕を見て、くるみちゃんは驚いたようだった。御子野瀬さんの低いくつくつという笑いが遠くに聞こえる。

 僕は優しい人間ではない。いやそもそも万人に優しい人間などいないし、常に誰かのことは批判しているのが人間だ。優しいという概念すら厭っていると言っても過言ではない。

 ただ、この試験の結果は問わず、今彼女にそういう真摯な姿勢で相対するのが、誠意だと思った。

 最後の三口でレモンを搾りかける。くるみちゃんのように、味ががらりと変わった。さっぱりとして別物を食べているような気分にさえなった、と言ったら、少々仰々しいだろうか。

 箸を置き、手を合わせ彼女に頭を下げる。

「ごちそうさまです。美味しかった」

 どうしてか、そんなつもりなどなかったのに、するりと流れた彼女の涙を見て、僕は胸が痛むのを自覚した。

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