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しきさんは三十分少々で戻ってきた。
手に持った皿を僕の机の上に載せる。そこにあるのは、小ぶりな野菜炒飯だった。人参、小松菜、キャベツ、魚肉ソーセージなどが顔を覗かせている。
「お待たせしました。調理自体にはさほど時間は掛からなかったのですが、ぜひ炊きたてのお米でと思い」なるほどその三十分らしい。「味見はしましたがお口に合うかどうか」
お椀を逆さまに置いたように、寸分の乱れもなく盛られた炒飯は、見るだけで美しい。配給される食事を悪く言うわけではないが、こうして誰かが明確に意識した上で自分のために作った料理というものはいいものだ。
「どうぞ召し上がってください」
恐らく、小ぶりに仕上げたのはこの先を考えてのことだろう。それなりに空腹を満たすもので、なるべくヘルシーにと考えたのだろう、と思うことはポジティブすぎるだろうか。
もちろん僕の方で量を調節することに関して進言もなかったし、すべての料理を一口二口ずつで済ませることは容易だ。しかしその気遣いを形として表すことは評価すべき点だと僕は思う。あるいは、一口二口では済まないであろうから全体を小さくした、という彼女の自信の表れなのかも知れないが。
ともかく思考を中断し、手をつけることとする。
スプーンで掬うと、パラパラとこぼれ落ちそうな黄金色をまとった米が、目に新しい。
それを口に運ぶ。
「うまい」
言うと、しきさんはほっと安堵の吐息を漏らす。
炒飯を自分で作ることはほぼないと言って過言ではなく、また食卓に上ることも多くはなかったため、随分と久しぶりに口にした気がするが、当たりも良く、美味だった。
単純で簡単な料理こそ、基本を問われるものである。それはなにも料理には限らず、全てに通じることだろう。
スプーンを持つ手は止まらなかった。純粋に、手料理を堪能する。なるほど彼女の思惑通り、小ぶりでよかったと考えた。
すっかり綺麗に食べ終えてしまうと、両手を合わせごちそうさまと頭を下げる。
「お粗末さまです」
すかさず空いた皿を回収する。恐らくは彼女の性癖として潔癖な面があるのだろう、早く洗ってしまいたそうに見えた。
「どうだった?」
御子野瀬さんに声を掛けられ、僕はしきさんのほうを向いた。
「たいへん美味しかったです。ごちそうさまです」またそう言って頭を下げる。「全て食べられる量にしておき、なおかつある程度お腹が満たされる、というのはしきさんらしくてよかったです」
しきさんは謙遜するでもなく、また反論するでもなく、僕の言葉を受け入れた。
「それはよかったです」
「時間も長すぎず早すぎず、持て余すほどのものでもなかったし、そうですね、夜半すぎに小腹を満たしてもらったような気分です」
例えば僕が仕事を終え帰宅し夕飯をともにした後、疲弊感もある中ここだけが唯一の時間だと言って読書に耽ったとする。しきさんが妻であれば、彼女は僕の眠るのを待っているタイプだろう。従順というよりはどこか「十全に把握していたい」といった思考によるものと想像できるが、細かい設定はここでは置いといて、そうして二人で遅くまで起きていたときに僕のお腹がグウと鳴る。彼女は何も言わずに台所へ立ち、その場合は冷凍しておいたご飯でもよいのだが「炊きたてのお米でと思い」と完璧主義者は言い、炊き上がるとこれを作ってくれる……。
などという想像まで出来た。
正直なところ、小山の野菜炒飯は彼女のイメージにはそぐわなかったが、食べて、妄想すると却って彼女らしい気もした。この空腹でとにかく何かを食べたいという場面で、凝りに凝った何皿もの料理を展開されてもたじろいでしまうところだ。そういう僕の思考さえも読み取ったかのような、彼女の手際だった。
「それじゃあなにかあるかな、なければ腹が膨れる前に次の子に準備を始めてもらうけど」
「あの、ひとつだけよろしいでしょうか」
しきさんは片手で皿を支え、肩のあたりまで空いた手を上げる。
「なに?」
そして上げた手をゆっくり戻してから、
「野菜炒飯が長嶺さんの好みであったかはわかりませんが、今後お望みであれば、大抵のものは作れます。和洋中、あらゆるレシピは頭に入っていますので」
それは彼女にしてはひどく露骨なアピールで、驚きにやられ呆然としてしまった僕がなにか言葉を返すより早く、頭を下げると部屋を出ていった。
僕は御子野瀬さんに視線を合わせ、彼はコメディアンがするように大仰に肩を竦めて見せた。




