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順番は、しきさん、くるみちゃん、ナナ、いちかちゃん、にぃなちゃんに決まった。五人は又野さんの先導で食堂にある食材の下見に出た。
御子野瀬さんと二人教室に残る。彼は疲弊したように肩を回すと煙草を取り出した。火をつける様を見て、
「普段からそれなりに吸うんですか?」
と聞くと、彼は苦い顔をして、
「娘がいるからね、家じゃあそんなに吸っていなかったよ」
そう返してくるから、彼の心情を慮った。
普段何をしているのか詳しい話は知らないが彼も役人の一人としてこの試験の見届け人に選ばれこの場にいる。初めてのことで戸惑いや疑問と言ったものも、僕と同じように持っていることだろう。
制度に批判することに関して彼は自分の娘の存在を挙げている。ただ本当にそれだけがすべてなのかどうか、僕にはわからない。
「お父さんですね」
「ほら、妻がうるさいんだよ」苦笑を漏らす。「こんなもん健康的でない事くらいは知っているけどね。肩身も狭くなったもんだよ、昔に比べて。時代や思想の流れは早いもんだよな。俺が若い頃なんか、なんて語り出す気はないけどね」
「奥さんのこと愛してますか?」
聞くと、彼はこちらに視線を向けた。
「不安かい?」
自分の解答を省き、そう質問を繰り出してくる。
「まあ。結局はそうですね」素直に答える。「考えが、行ったり来たりしています」
「仕方ないよ」即座に返される。「俺たちは初心者だから。それに大抵、男って言うやつはふらふらするものなんだ。知識もなく基本的に浅はかだからね。重宝されている今のこの状況を楽しむしかないよ」
重宝、とはまた大仰な言い方をするものだなと思ったが、ある意味でそれは間違いでもないなと考え直す。
「御子野瀬さんもふらふらしてきたんですか」
「どうかな」と笑う彼に、やましさは見えなかった。「ちゃんと恋愛してきたつもりだけど。周りから見ればどうだったのかはわからない。他人は自分を映す鏡だなんて話をしたように、自分ではわからないところで評価はされていく。受け入れていくしかないとも言ったがもちろんいいものばかりとは限らない。まあ俺なんかは、悪いものには蓋をして見ないようにしているからね、ふらふらしていた、なんてレッテルは少なからず自覚していないけど」
いたずらっぽく笑う。
「そう言えることが御子野瀬さんらしいです」彼とも僅かな付き合いだが、女の子たちよりはわかりやすかった。「取捨選択しているわけですね」
「無駄が多いからな、世の中は」ぼやくようだった。「要らないものは棄てられていく。それはずっと生活の根底にある理念だと俺は思っている。いいとか悪いとかは度外視してね。その上において、俺にとってマイナスな評価は、必要ないから」
「なるほど」ナナの考えに近いのだろうか。「やっぱり御子野瀬さんは奥さんのこと愛しているんですね」
「ん?」驚いたような顔をする。「どうして?」
「そういう考えを持っていても、奥さんからのマイナスの評価は恐れている。奥さんに限っては強気に行けない。そういうことですよね?」
「ああ」言って、笑う。「そうかもね」
なるほどそういう関係性が、夫婦というものなのかもしれない。「愛する」は「嫌われたくない」という依存性を、綺麗に述べた言葉なのだろう。
結局ほとんど口にしなかった煙草をもみ消すと、彼はそれでもどこか充足したように、携帯灰皿をしまった。




