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通された空き教室で、小路さんは先に席について僕が落ち着くのを待った。正面に腰を下ろし、しかし視線を合わせることが出来ずにいると、
「畏まらなくて構いませんよ」
声を掛けてくれる。
「いやはやどうも……」
とはいえいきなりほぐれるはずもなく、返答はぎこちなかった。
「どうですか?」優しい顔のままで彼女が言う。「試験三日目となりましたが」
「そう、ですね」
と言ったきりあとが続かない。
「辛いでしょう」そんな僕を小路さんは労ってくれる。「同い年の女の子たちに会うことさえ久しいことだろうに、その子の運命さえ担うというのは」
仰々しい言い草だ。
「いえ、あ、はい」曖昧な答えだと思い、「確かに楽しいだけの場ではないですが、任されたことなので、僕は平気です」
「優しいのね」上品に笑う。「私と二人きりのときでさえ、彼女たちのことを考えている」
「いやはや」過ぎったのは確かで、見透かされたことは真実だった。「本音ですよ」
「実際のところ、私も何年も携わってきましたから、あなたの立場の人間がどのように思うか、わかるんですよ」しきさんの言っていたような話だ。「今までの子たちも、みんな優しかったわ」
「そうなんですか」
「苦慮する必要はないのよ」僕の方を見ながら、しかしどこか虚ろなようにも見える。「みんな結婚して、うまくやっているわ」
「それは」言おうか迷いながら、結局は聞いてしまう。「落とした子たちの上に成り立っているとしても、ですか」
「ええ」彼女は揺らがなかった。「だからこそ、かもしれない」
「だからこそ?」
「多くは語れないけれど、そういう思いやりもあって、うまくいっているのよ。落とした子たちがいることを認識しているからこそ、繋がりが強固になる」
小路さんの言っている意味がわからなかったが、彼女はこちらから質問させる隙は与えないかのように、話を続ける。
「今回試験に参加した十人は、私から見ても個性様々で、面白い子たちだと思っています。もちろん、長嶺さんの選択に異を唱えるわけではなくね。それぞれにいい子たちだった」
「それは、わかります」
「誰が勝っても恨みっこはなし。彼女たちはちゃんと、覚悟もしている。運命を受け入れる覚悟をね。卒業できなかったとしても、泣くことはあれどあなたを責めることはないわ。あなたはまた、思うままに選別すればいい。これはそういう社会の仕組みだから」
「仕組み、ですか」
「ええ。大抵、しがらみから抜け出ることは出来ないのよ、生き物は。思考する限りは何かに縛られ続けてしまう。これはどうにもならないことだと思っています。だったらあとは、その中でどのように立ち回るかという話でしかない。彼女たちは仕組みから弾かれたら無様にあがいたりはしない」長嶺さん、と続ける。「あなたには覚悟がちゃんとありますか? 全てを受け入れる覚悟が」
小路さんの目に迷いの色はない。
「全て、とは何のことでしょうか」
聞くと、彼女はこちらを見たまま、にこりと微笑む。
ノックの音がした。
「失礼」
御子野瀬さんである。
「あら、そろそろですか?」
「ええ。申し訳ないですが、話はこれきりで」
時計を見上げたが、正午となるにはまだ半時間もある。
意図を感じるが、僕は素直に従い、小路さんと別れ教室に戻った。




