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「あ、しきちゃん」
校庭の中央できょろきょろと視線を巡らせていたしきさんは、くるみちゃんの声に反応してこちらを向いた。軽い会釈をくれ、くるみちゃんがそれに片手を挙げて応じた。
特に急ぐこともなく、また急かされることもなく、僕たちは合流する。
「どうしたの?」半歩前に立ったくるみちゃんがしきさんに向ける。「あ、長嶺さんと話?」
「いや」言って、しきさんは僕たちを交互に見た。「ナナさんがトランプでもしようって。探してきてと頼まれたので」
「トランプ?」僕はしきさんを見た。「またどうして……、あ、次の試験ですか?」
「いや」また否定する。「お遊びですね。今日はもう試験はないですよ」
「そっか」夕食まで自由と言われたのだから、当然か。「トランプねえ」
「もちろん長嶺さんも、ですよ」
「僕も?」
てっきり女子五人で試験の前哨戦として行うのだと勘ぐってしまった。
「お遊びですから」思考を読み取ったかのように、無表情のまま言葉を継ぐ。「深い意味はありません」
まあナナの提案ならそうかもしれない、などと考えて可笑しくなった。大して知りもしないくせに。
「なにやるの?」
「候補に上がってるのは七並べ、ババ抜き、ポーカーだったよ」くるみちゃんに対しては敬語を排するのを見て、少し微笑ましく思う。「私はババ抜きがいい」
「どうして?」くるみちゃんは前髪を撫で付けながら聞いた。「しきちゃんポーカー得意じゃん。まさしくポーカーフェイスだし」
「いや、ほら、単純だから」言って、少し照れくさそうにこちらを見た。「疲れたんです」
言い訳のように言う。
「僕はなんでも」あえて言及せず、「トランプなんて久しぶりだしね」
読書も料理も、趣味と言えるものは全て一人で行えるものばかりで、誰かと何かをする、という事自体が久しい気がした。
とりあえずと思い歩みを再開すると、二人もついてきた。
「しかしトランプなんてよく用意していたね」
「確かに」くるみちゃんが驚く。「誰が持ってきたの?」
「理事長が貸してくださったんです。彼女はどこか」しきさんは思案顔になった。「先読みがうまいですからね」
「へえ」しきさんにしてそう言わしめることに、興味が湧いた。「どうしてそう思うの?」
「彼女は」なんと続けたものか、迷っている風だ。「伊達に何年も理事長として試験を見届けているわけではないですからね」
「つまり?」
「レポートを見直したと言いましたよね」と、こちらを向く。「大抵、順序が同じなんですよ。試験内容こそ違えど、二日目に余分な時間ができることが多いんです。それはたぶん」
言いよどむので、
「たぶん、なに?」
「試験官となった他校の生徒が、慣れるからなんです」
「慣れる?」その自覚はなかった。「一体何に?」
「それは」言いにくそうだった。「人を落とすことに、です。最初の試験は毎年簡単な物が多いのですが、簡単であるからこそ、決断が鈍重になる。こんなことで落として良いのかと躊躇う。ただ二回目は、すでに人を落としている上に、この隔離状況で会話をしたくなってくるのです。誰かに話を聞いてもらいたくなる。そうして決断のための要素が簡素になる。麻痺し始めるんです」
「麻痺?」
「ええ、麻痺です。ましてや落とす人数も毎年初回よりも少なく、重圧は二回目の方が軽い。実際、無意識であろうと、長嶺さんも、まあこれでいいか、と選択を行なったはずなんです。だから早かった。時間が余った。まあ」気遣うような視線をくれる。「統計の話です。データ上のことですから、長嶺さんに何か問題があるわけでもないし、選択が適当だったということでもないんですよ。あくまで理事長もそういうデータから余分な時間ができることを予期していたのではないか、ということで」
聞きながら、直接的ではないにせよ、ここに来て初めて自分の行いを否定されたような気がした。それに対し悪意や劣情は沸かず、僕はただ、しきさんを眺めるしかできなかった。
それ以上は、彼女も口を噤んだ。
「まあまあ」殊更無邪気な声をくるみちゃんが出す。「難しい話はあとにして、トランプトランプ!」
カメレオンが今、この状況をどう見て、何色に変化したのか、僕にはわからなかった。




