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 ごめんと断って、一人にしてもらった。

 立ち上がり、林のほうへ足を進めてみる。迷わないよう、拾った小石で木々に傷を付けながら歩く。

 僕は平凡な人間である。どこにでもいるような、当たり障りのない人間だ。御子野瀬さんにどう言ってもらおうと、そういう考え自体がなくなることはたぶん、一生ない。ナナに言わせればこういう思考はネガティブなもので、こちら側に寄らないほうが良いのだろうが、それを止めることは出来なかった。

 誕生は喜ばれた。両親は何かと僕を褒めてくれた。欲しいものは与えられてきた。友人も、少ないながらちゃんと居る。何が不満でこんなことを思ってしまうのか、僕にはわからない。十分に満たされた、十分に幸せな人生だと思う。

 ただ、ここで、僕に選ばれるためにやってきた十人の女の子たちを見ると、僕という人間はどれほどちっぽけなものなのかと、考えてしまう。誰かを不幸に貶めるほど、僕自身は出来た人間なのか? その思考が夏の雨のようにねっとりとまとわりついて離れない。

 それでもみんな良い人だった。僕の判断に不平を漏らさない。受け入れる。仕方がないと言って、引き下がる。

 最初、バスで言った御子野瀬さんの言葉が呼び起こされる。

 彼はこの制度には否定的だった。

 僕も今なら、そう思う。恋愛をしてみたいと、思う。

 ここに着てしまった以上、すでに半分も落としてしまった以上、そんなことは許されるわけもなく、言うも憚る馬鹿な話だった。

 傷を付ける。

 ただ目印になるだけ、足跡となるためだけに、容易に、傷を付けていく。

 僕は帰るとき、これを見て、どう思うのだろうか。

 せめて何かを感じれば良いなと思う。


「いたいた」

 そんな声に驚き、周囲を見回す。木々の隙間に、くるみちゃんが立っていた。どこか森の妖精然として見える。

「どうして?」と言って、それだけでは足りないかと思い、「何でここに居るとわかったの?」

 そう問うと、彼女は全く邪魔にならなそうな前髪を手で撫でつけ、

「いちかちゃんが教えてくれたんだよ。こうなれば不公平はなしだからね、とか何とか言っていた」

「そっか」立ち止まる。「一緒に歩く?」

「うん。なんなら住んでもいいよ」冗談めかして笑うので、つられた。「そっちのほうが良いよ」

「そっち?」

「笑ってるほうが良い」僕はどんな顔をしていたのだろうか。「よいしょ」

 地を這う根を避けながら近づいてくる。

 彼女は地面を見たまま、こちらに視線は向けず、

「いちかちゃんがああいうってことは、相当好感触だったっぽいなー、こりゃ、私危うしかな」

 手を差し出したが、それを頼ろうとはしなかった。

「どうかな」僕は宙に浮いたままの手を引こうとはしなかった。「わからないよ」

「そうね、そう言うと思った」

 ようやく隣に到達する。

「どうして?」

「大体わかるよ。長嶺さんの考えそうなことはね。大体」

「わかりやすい?」歩みを進めながら問う。「そんなに」

「長嶺さんがわかりやすいと言うか、他人の考えていることなんておおよそわかるものだよ」彼女も隣についてくる。「私、相手によって簡単に自分を変えてきたからね。その人がどう接して欲しいかなんて朝飯前だし、そういうことを常に考えていれば、大抵のことはわかるものだよ」

「そんなもの?」

「大体ね」と言ってくるみちゃんは笑った。「ただね、これは苦慮すべき性格だと自覚している」

「どうして?」

「結局、二番手どまりなんだよね、こういう考えを続けている以上は。それがわかる。何にでもなれるってことは何でもないってことだから。何でもない人間を一番に据え置く立派な人間なんていないものだよ」

 事も無げだった。

 天気の話をしているような気軽さだった。

「そうかな」

「そうだよ」また、こちらを見ずに笑う。「だから自分の運命は大体わかってる。悲しいことにね」

「悲しいこと、か」

 そこで彼女は歩みを止めた。

 僕も立ち止まり、振り返る。

「私はたぶん、卒業できない」

「そんなことわからないよ」

 言ってみたが、首を振られる。

「大体わかるんだって」

 そして笑った。

「次の試験もわからないのに?」

 僕も抵抗を続ける。

「それでもわかるの。私はたぶん、卒業できない。それくらいのことはね」

 なんと返したら良いかわからず、

「そっか」

 そんなことを言っていた。

「だからさ、一緒に逃げちゃおっか」

 後ろで手を組んで、微笑みをくれた。

 でも、相変わらず、僕のことを見てはいない。

 だから何も返事をしなかった。

「戻ろうか」

「うん」

 彼女の導きで、プレハブのほうへ帰る。

 木々など、見向きもしなかった。

 それは、正しいことだろうか?

 たぶんいつになっても、そんなことはわからないだろう。

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