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「とりあえず着てみても良いですか?」
「うん。構わんよ」御子野瀬さんは部屋の隅であくびをしながら答える。「手伝いが必要だったら言ってくれ」
一番着てみたいと思ったのは、タキシードである。
今のところ人生においてこれを着る機会は訪れそうにもなく、せっかくだから記念に、というのが正直なところで、そのセンスに関しては一度度外視する。
悪戦苦闘しながらどうにか着終えると、
「鏡ってあります?」
「ああ、ごめん、今もって来るよ」御子野瀬さんはこちらを見ずに言う。「ちょっと待っていて」
持ってきてもらった鏡を通し自分を見て、まず思ったのは、
「なんだか不恰好ですね」
「いや」うーん、と唸ってから、「審査に影響が出るからなんとも言えないや」
「構いませんよ」
御子野瀬さんは少し迷ったようだが、
「まあ、ひとつ言うなれば、ちょっとちんちくりんだな」
「ですよねー」
「長嶺くんは特別小さいわけでもないけどそんなに上背があるほうでもないから、そういうかっちりしたものを着るにはちょっと向いていないかもな。スタイルはいいと言ったがちょっと姿勢悪いし。細いし」
「あれ、後半悪口ですか」
「いやいや」御子野瀬さんは苦笑した。「俺やっぱり黙ってるよ」
「冗談ですよ」
タキシードを脱ぎながら、
「そういえばここへの滞在期間中、基本的にずっと試験なんですか?」
「進行状況次第だな。今のところは予定通りだから、これと言って試験以外に時間を割く余裕はないかな。もし余れば、もちろんそういった一般的な会話というのかな、交流も大事だと俺は思っているから、数時間、数十分でも、取れたら良いなとは思っているよ。小路さんも同じような考えではあるらしい」
「又野さんは?」タキシードをマネキンに戻すのがもどかしく、畳んで近くに置いた。「どうなんでしょう」
「彼女はどうだろうな。どこかであの人は、君には非情であってほしいと思っているように、俺は見える。だから下手に会話をして仲良くなると言うことには、否定的かも知れんな」
「そうですか」
「ま、俺の目で見れば、という話に過ぎないよ。たぶん、恋愛を知っている世代と、知らない世代の認識の差なんだろうと思う。彼女の正確な年齢は知らないが、過去にこういった試験で勝ち上がった人間である可能性は十分にあると思う。記憶と現在をない交ぜに考えているのかもしれない」
話を聞きながら、僕は又野さんについて考えを巡らせたが、どうもその姿は鮮明にならない。彼女の僕に向けた視線は、痛かった。
「次、これを着てみてもいいですか?」
そう言って指したのは、マドラスシャツの、オラオラ系セットである。御子野瀬さんはひとつ頷いて見せる。
これもどうも、あまりしっくりとは来なかった。大きな要因は体格にあろう。背伸びした田舎の不良少年といった風情である。
ただまあ、タキシードよりは、という感想は抱いた。それでも「マシ」の範疇は抜けない。
「長嶺くんは普段、どういう系統の服を着ているの?」
御子野瀬さんに声を掛けられ、再度七通りの服を見回し、
「強いて言うならこのシンプルなものですかね。こういう感じで揃えています」
「ふうん」
と返事をくれた彼が誰を想像したのかは、わからない。
あえて聞くこともしなかった。
さて、次はどれを着てみようか。




