#4-2 その暖かい場所は
手を引かれ……否、途中から完全に小脇に抱えられた体勢で辿り着いたのは、郊外にある洒落た雰囲気のある屋敷であった。
デカい。
私の家の数倍はあろうかという大きさだ。外観も凄いが、加えて庭もしっかり手入れされているのが見えたので、誰かが定期的に整備しているのだろう。
そして門前の表札には「ギルド:レインボーカーテン」と読めない文字で書かれていた。何故読めないのに理解できているかと言えば……単に小型のウィンドウが開いており、そこに日本語で書かれていたからである。なんと便利な。
つまりここは所謂ギルドホームなんだろうけど。まだ正式にフレンドにすらなっていない私が入っていいのかってああこれ全く気にしてませんな、そういやこの人ギルマスか。
そしてその屋敷の玄関扉まで来ると、そこで止まる――のかと思いきや、そのままの勢いで扉を直蹴りで開けた。まさかのダイナミックカミングホーム。
「と、いう訳でただいま!!!」
すっぱ――ん! と快音を立ててフルオープンした向こうにはメンバーと思しき男女が数名、あんぐりと口と目を見開いて硬直していた。全員からの、どういう訳だとの心の声が聞こえるような気がしなくもない。
その一番近くにいた男性は夢見さんを見て、抱えられている私を見て、もう一度夢見さん……の蹴り上げられた足を見て、
「……なんだ、スパッツかよ」
夢見さんから放たれた光線によって火だるまになった。
「ぐわぁ――――!!!」
「た、タケさぁぁああん!? しょ、消火活動―――!」
ええー……と今度はこちらが唖然とする番だったが、夢見さんは気にせず歩いていくし、他の数名もまたかという苦笑いで去って行く。なるほど、確かに鎮火された男性を改めて見れば、HPはミリも減っていない。が、それでも音速で燃やすとは、夢見さんは中々アグレッシブな性格をしているようだ。
……耳が真っ赤なので、単にテンパると色々振り切れるだけかもしれないけど。
ついで、唐突に始まったお一人様キャンプファイヤーにも周囲が慣れた感あるということは、何気にこれは毎度の事なのだろう。信じがたい事だが、これがここの平常運転らしい。
というか。
なんで誰もがっつり小脇に抱えられた私をスルーなのさ。なんでか私のボケが盛大に滑ったような残念を感じるのだがこれ如何に。
え、何? これも日常茶飯事になるの?
そんな私の内心は放置気味で、夢見さんがただいまー、とギルドメンバーへ声を掛けていく。
入った部屋は客室、いやリビングか。
部屋は広く、十……何畳かは分からないけど、学校の教室ぐらいはありそうな気がする。
窓際に大きめのテーブルとイス、ソファーにクッションが幾つか。今は人が出払っているのか、思い思いの形で寛いでいる男女数人がいるだけであった。
「ははは、相変わらずだよなあギルマス」
「色々リアルスペック高いのに、変にポンコツよねー」
「あれれ、私の評価酷くない?」
「「何をいまさら」」
「しゅーん……」
マスコットという単語が浮かんだが、ヘンにパーフェクトだったり堅物だったりするよりかは親しみやすいのだろう。ゲームに何を求めるか何て人それぞれなのだろうけど、娯楽という意味では"長"なんてのはこれでいいのかもしれない。
「あれ、傘華はー?」
「サブマス、お休み」
「あー……、なーんかリアルが忙しいとか言ってたっけ」
「それよかギルマス、その幼女はなんぞさ」
あ、やっと突っ込み入った。
――ってちょいマテ今明らかにおかしい単語が聞こえたぞオイ。
「あ、この子はカナタちゃんって言って、」
「誘拐してきたと?」
「待って。だから私の評価ってどうなってるの」
皆から笑顔の頷きが返り、夢見さんが崩れ落ちた。
仲良きことは良きことなんだけど、結局私はなんでここに連れてこられたのでしょーかね?
まさかこのコントを見せるためだけなのではと思い始めた直後、木椅子に腰かけていた女性から手招きされていることに気が付いた。
「お茶、飲む?」
「え、あっ、はい……」
どこかふんわりした雰囲気の彼女はティーカップで紅茶らしきものを飲んでおり、その目の前のテーブルにセットが置かれていた。この女性の種族は……エルフだろうか。耳が長く尖っているのと、木製の弓をもっているからというイメージ先行的な推測だけど。
うん、なしてノースリーブメイド服なのかと聞きたいが、趣味だと納得しておこう。
勧められるままに隣に座ると、ふんわりさん(仮称)はメニューを操作してもう一つカップを取り出した。そしてティーポットの側面に表示された小さいウィンドウで何か操作した後、お茶を注いでくれる。見た目のんびりした人だが、用意する一連の動作には淀みがなく、むしろ非常に洗練されたものであった。
琥珀色の液体が注がれたカップからは、どこか柔らかい香りが漂ってきている。
「ん……」
どこか心が落ち着くような、そんな匂い。
カップはメカメカしい私の手でも持ちやすいよう取っ手が大きいデザインの物で、なんとも細かいところまで気遣いを感じる。ふんわりさん、見た目以上にできる人である。メイド服だからか?
ゆっくりとカップに口付けて傾ければ、芳醇な味わいが口内に広がった。温度もぬるくはないが、熱すぎもせず。
なるほど、ゆっくり飲むにはこれぐらいが丁度良い。
「……ふぅ」
嚥下し、熱が喉を通り過ぎれば、自然と吐息が漏れる。
……紅茶を飲んだだけなのに、随分と落ち着いたかな。
あれだけ酷く痛みの伴った圧迫感は、もう綺麗さっぱりなくなっていた。どうやら夢見さんに引っ張られてそれどころではなくなり、こうして一息付けたことで切り替えが上手くいったようだ。我ながらなんとも単純な精神構造なことだと感心するやら呆れるやら。
ふんわりさんと二人、陽の差す窓際でお茶を飲む。
まったりできてるのはいいのだけど、どーしてこうなったと思わなくもない。夢見さん、そろそろメンタルカムバックお願いします。
と、眼前のふんわりさんは私の頭と手を見て、こてんと首を傾げた。
「君、珍しい種族?」
「そう、みたいですね。それで夢見さんと知り合ったのです、が」
「ギルマス、暴走したと」
「暴走なんてしーてーまーせーんー。……そしていつ間にか超まったり空間が発生していて私の役目はいずこに」
あ、ようやく起きた。
他何名かが私の事を物珍しそうに見ているが、察するに彼らでも初めて見る種族らしい。トップクラスと思しきこのギルドでも見たことが無いとは、相当絶対数が少ないのか。
普通なら喜ぶところなのだろうけど……うん、ここの開発だと不安要素しか見当たらないね?
「ごめんね、なんだか元気なかったみたいだから。ここだと色々面白いのがあるから気分も楽になるかなって思って」
「ウチで一番面白オカシイのってギルマスじゃね?」
「同意」
周囲から即座に返しがある当たりいつも何やってんですか貴女。
そしてなにゆえ目が泳いでいるのか。
「は、はいそこー、真面目な話しよーとしてるんだから空気読んでねー?」
「……シリアスな場面で腹の虫を鳴らすトッププレイヤー様が何か言ってますね」
「まったくだな。GVG決勝戦で決め台詞を盛大に噛んだ時の事なぞ伝説となっているというのに」
「うわぁーん!?」
結果として夢見さんの泣きが入ったが、メンバーが提供した御菓子とお茶であっさり機嫌を直していた。なんとも、賑やかな場所である。
お互い気安いというか信頼し合っているというか、そんな光景に思わず笑みが漏れる。
「あ! カナタちゃん笑ったなー!」
「おお……なんだろう、ほとんど無表情なのに表情が分かるという矛盾が目の前に」
「今度は、恥ずかしがってる」
言わんでください、ふんわりさん。
どうやら見た目にはあまり出てないようだけど、それでも頬が若干熱くなっているのが自覚できた。
向けられているのは、好奇という意味では同じだが、しかしリアルとは真逆の反応だ。
どうにも子供扱いされているような気がしなくもないけど、無視する事もできず、ただ受け止め方がよくわからない。
うーん、これは、苦手だ。
ともあれ。
それからは私の種族の話になったけど、これに関してはランダム選択だとしか答え様がなく、まだ始めたばかりなので種族固有の云々も分からない。なので後は頭の角というかアンテナを触られたり、手足の稼働部分を観察されたりとかであった。
男女問わずメカ好きが多いというか、ドリルは必要ではありませんかってロマン求めすぎでしょうよ。
「にしてもその服、可愛いけどちょい派手だね? スカート丈が凄く短いような……」
「えーとー……その、初期装備が水着みたいだったので、適当なのを露店で買いまして」
「水着だと!?」
夢見さんが振り向きもせず、真後ろに魔法をぶっ放した。
部屋の外で派手に壁に激突した挙床に倒れる音がしたけど、まるで誰も気にしちゃいねえ。
「どこかのアイドルの衣装らしいですよ。店主兼プロデューサーさん曰く」
「さっすが世界規模のゲーム。色んな人がいるねー」
「人種、職業、たくさん」
普段は日本のサーバなので周りの中の人は大半が日本人だが、設定を変えれば海外のサーバにも行けるので、この街にも海外からの人が来ていたりするらしい。会話は翻訳ソフトが仕事しているので問題ないそうだが、結局リアルの話しがNGなのは万国共通なのであまり意味はないとかなんとか。
なんだっけ? 露店とか、食べ物とか、プレイヤーの行動の根っこのあたりが国ごとで違ってるって誰か言ってた覚えがあるが……とりあえず、今は関係なさそうだ。
「しっかし初期装備が水着とは……相変わらず開発頭おかしいよね」
「水着というよりはパイロットスーツ、と言うのでしょうか、そんな感じです」
「ロボットに乗る人が着ているのなら分かるけど、なぜロボットに着せたし……」
それは大いに同感である。
や、だからといってサキュバスとバニーかのどちらがいいかと言われれば、断然こちらなんだけど。
「パイロットスーツかー。どんなの? カッコいいの?」
「カッコいいかは分かりませんけど……」
要約すると見せて欲しいということなんだろう。
あの初期装備かあ……あれは体のラインがハッキリ出てしまうから、あまり人には見せたくないのだよね。まあ屋内だし、少し話した感じだとヘンな人……はいるけど、悪い人はいなさそうだからいいかな?
ま、これで通りを歩いたりしたし、もう今更か。ここで見せるぐらいならいいだろう。
椅子から立ち上がり、メニューを操作していく。
その間、夢見さんは喉が渇いたらしく、ふんわりさんにお茶を貰っていた。これで上品に飲めばどこぞのお嬢様に見えなくもないのだろうけど……御菓子片手だと酷く幼く見えるな、この人。
装備解除は、と。
あ、あったあった。
「えい」
ぽちっと押せば即座に上着とスカートが消えて、
「――ぶっふぅ!?」
「!?」
夢見さんが思い切り吹き出した。
思わずぎょっとして夢見さんを見るが、ふんわりさんも"あらあら"といった風に手を口に当てている。
他の人達は……あの、なんであの奥の女性は私を拝んでるのですかね。
え、何事?
「カナタちゃん……それが初期装備?」
「そですね。ちょっと恥ずかしいので、それで直ぐに服を買ったのです」
「ちょっと……?」
あー……、と苦虫を嚙み潰したような表情をして、夢見さんが頭を抱えてる。
とりあえず口元吹きませんかとは思ったが、そういう空気ではないようだ。
「うん、あれかな。もう大丈夫だから服、着ようか」
「あ、はい」
どこか有無を言わせぬ迫力で言われたので、再度メニューから服を選ぶ。
一瞬の間を置いて、また上下共に装備された。
「おおぅ……今気が付いたが、掲示板が祭りになってるぞ」
「かーいーはーつぅー……」
なにやら夢見さんがぐったりしているが、状況がついていけずに首を傾げてしまう。
そして奥の女性は気が付けばアルカイックスマイルで佇んでいたが、あれは放置でよさそうだ。
「君、気を付けてね? 色々と」
「え、あ、はい?」
「……妙にズレて、加えて行動が無自覚なタイプね。箱入りかしら」
ふんわりさんには溜息を付かれ、職人っぽい女性からは慄かれ。
うーん?
で。
それから何故か身だしなみやファッションについてこんこんと話されたが、空を見ればいつの間にか太陽は頂点を過ぎていた。
「あー……もう、こんな時間か」
時間差があるのでぱっと思い出し難いが、リアルの方はそろそろ夕飯時である。
買い物は済んでいるが、作るのには手間がかかる。もし遅れたりした場合は……少しどころではなく面倒なことになりかねなかった。
「すみません、そろそろ夕飯なので……」
「あ、あれ? もうそんな時間なんだ。しまった、私も晩御飯作らないと……確かハチの子まだ余ってたっけ」
しゅんと凹んでいる夢見さんだが、どうやら彼女も自炊しているらしい。うん、最後にボソッと呟いた言葉は聞かなかったことにしよう。にしても、夢見さんは予想として一人暮らしに近い高校生か大学生か。……実は人妻とか?
そんなアホな事を考えていると、夢見さんが何かを言いたそうに遠慮がちにしていた。
「ねえカナタちゃん。迷惑かもしれないけど、フレンド登録しない?」
「……迷惑ではないですけど。いいんですか? 私は、その、しばらくソロでやっていくつもりですが」
「フレンド皆がパーティーを組んだりギルドメンバーだったりする訳じゃないよ。単に気の合った人とか、贔屓にしてる生産者とかもいるし」
どう? と上目づかいで聞いてくるのは反則ではなかろうか。くっそ、私にもこの可愛らしさの10分の1でもあれば……!
落ち込んだ分、反動で妙な方に上がりそうなテンションを抑えつつ回答を返す。
「……不束者ですが、お願い致します」
「やった、ありがとー!」
断る理由はどこにもない。
なんだか嫁入りみたいな返し方になったが、夢見さんは気にせず喜んでくれた。どころか何故かそのまま抱き付かれる。おおう、なんという分厚い胸部装甲。周囲から生暖かい目で見られているのは気のせいか。
あと拍手はしなくていいです、ふんわりさん。
「何か困ったことがあったら連絡してね。お姉さんにお任せだよ!」
……今更だが、私は一体何歳に見られているのだろう。気にしたら負けか。
「それとせっかくなんだから敬語じゃなくていいよ」
「あー……これは半分くらいデフォなんですけど、努力します」
何せ家が頭可笑しいもので。
家族でさえ年下は敬語使えってどんだけ時代錯誤なんだかねー。
「そうなんだー。あ、何なら私のことはお姉ちゃんって呼んでも……」
「――そう言えば。次の街に行くなら平原の街道沿いとはありましたけど、森に行くと何かあるんですか?」
何か妙な言葉が飛んできそうだったので、被せるように質問を投げる。
はいーそこ、残念そうな顔をしない。それよかギルメンが腹抱えて笑っているのを気が付いた方がいいです。
「森? 森の先はまだあまり情報が出てないかな」
「出てないんですか? 最初の街のすぐ傍ですけど」
「うん、みんなそう思うよねー。その割にかなり……と言うより酷いぐらい高レベルで、今の攻略組がなんとかなるレベルかな」
現時点のトッププレイヤーでようやく何とかなるレベルってどんなんだ。んなもの街のド横に配置すんなよ運営ェ……。
「エンカウント率は低いから運が良ければ森を抜けられるらしいけど、その先が更に頭おかしいから結局は死に戻りするらしいよ?」
「なにそれこわい」
ゲーム開始当初、それはもう運営の罠に引っ掛かって森で大量の犠牲者が出たらしい。βテスト時代にはそもそもなかったのも一因だとか。容赦がどこにも見当たらない。
「中には死に戻りしてでも、森に行く人はいっぱいいるけどねー。ギルメンとか。ギルメンとか! ギルメンとか!!!」
「落 ち 着 け。なんでですかまた」
とりあえず目を逸らした人が犯人だとは分かった。
ふんわりさんは……あ、多分この人もだ。
このゲームのデスペナルティは所持金の半分の損失と、インベントリの中身のランダムドロップ。加えてゲーム内で6時間のステータス低下という鬼畜仕様だ。着ている服などは流石に落とすことはないけど、武器・装飾具は容赦なくばら撒かれるので、危なくなったら逃げるがこのゲームの鉄則である。
そんな中でデスペナを喰らっても森に行く理由、ねえ。一回二回のデスペナぐらいでは問題にならないぐらいのアイテムでも落ちているのだろうか?
さて一体全体どんな理由で――
「うん、なんでも森にはでっかい兎みたいなのがいて、その触り心地がすっごくクセになるって」
「―――――――!?」
「でも生半可な実力じゃ近づくことすら難しいみたいだし、死に戻りもやっぱり怖いからカナタちゃんは真似しないよう、に……?」
まさかのモフモフ、だと。
これは、うん、仕方がない。
「そうですかー。それは危険そうなので、森はやめておいた方が良さそうですねー」
「カナタちゃん棒読み、分かりやすいぐらい棒読みだから!」
時計を確認する。
リアルでこの時間なら即風呂・飯・片づけは1時間以内で終わる。顔を合わせれば煩い両親は出張中で暫く家を空けていて、ついでに姉弟達は塾だのなんだので帰りが遅い。私の部屋までは入ってこないので干渉されることはないので籠っていれば問題なし。
そして何より明日から連休なので徹夜が可能。
「……勝った!」
「何に!?」
全体の方針決定は投げ捨てて、目先の目的は確定した。
そうモフモフだ。モフモフは何よりも優先されるのだ!
「――と、言うわけで臨戦態勢に入るのでこの辺で失礼します」
「何がと言うわけか分からないけど、カナタちゃんまで同類だったとは……話のチョイスをミスった!」
「モフモフです。モフモフなのです。飢えているのですモフモフに!」
「ああっ、カナタちゃんが皆の末期症状と似たような状態異常に!?」
その夢見さんの言葉にソファーに座っていた男性が急に立ち上がり、
「違うぞギルマス、これが我々の業界では正しい反応なのだ!」
「ええい、末期患者は黙ってなさい!」
同種らしい男性と固く握手をしたら頭をはたかれたがキニシナイ。
でもいいよね、猫とか犬とか鳥とか兎とか。
家がペット禁止なので小学校では飼育委員とかやっていたが、中高ではそんなものはある訳なく。
「うー……ほんとに危ないんだから、無理はしないでね?」
「あれ、自分で言うのもなんですが止めないんですね」
「……経験則です」
ほろりと涙が落ちそうな遠い目をする夢見さん。
うん、なんだかすみません。
「それじゃ、また会おうねカナタちゃん」
「またこいよー」
「お茶、用意してるね」
「はい、それでは」
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