#67 戦場の中のお茶会
変形した夕闇城もとい浮遊城塞都市"メルリカ"は、その見た目を大きく変えて空に鎮座していてた。
高速回転していた市街はその動きを止めているものの、今度は各区画が分離して宙に浮いているという状態。しかも地表部分は建物が逆さになっていたり道路が縦に曲がっていたりと中々アバンギャルドなことになっている。都市の断面から覗く巨大な歯車は稼働し続けており、文字通り"離れた"区画間を渡るには所々で噛み合っている歯車を伝っていくしかないようになっていた。
高層ビルやタワーを優に超える高度を飛行する中、強風が吹きすさぶ限られた足場を駆け抜ける……あの特殊にも程があった空中戦も大概だったが、こちらはなまじ硬い足場があるだけに、また別種の恐怖感があるだろう。
しかし、上から見える範囲ではあるが、このイベントに参加しているプレイヤー達はそんな過酷な地形すら楽しんでいるようだ。あちこちから妙にトバした声が聞こえてくるし、私達の周囲に展開されているウィンドウには彼らのカメラ目線のドヤァが映されている。
「楽しんでるねー……」
「とーぜんっ。このぐらいで引いちゃうような子は、そもそも参加してないからね!」
「アバターとは言え、全国大勢の方々に大変個性的な言動の数々を晒す。メンタルの堅さが折り紙付きなのは当然ですわ」
「……ああ、うん。すごく納得した」
たまに調子に乗った挙句に足を踏み外しているのもいたりするのだが、何故どいつもこいつもポーズを決めながら落ちていくのか。満喫し過ぎにもほどがあると思わなくもないけど、ゲームだし殺伐としているよりかはいいのだろう。
「うんうん、観客席も盛り上がってる盛り上がってる♪」
「黒歴史を思い出したっぽいのが3ケタ単位で転げまわってるのはスルー?」
「ふふ、それもこのイベントの醍醐味でしょう?」
「いや、うん、転げまわった後に何か悟ったような顔しているし、いいか」
何を悟ってしまったかは聞くまい。
対してこちらはそんな惨劇とは違い、非常にゆったりとしたものだ。
「どうかしら? 紅茶には自信があるのだけど」
「おねーちゃんが入れてくれたお茶、おいしーっ!」
『おいしーっ!』
「ふふ、ではこちらもどうぞ。せっかくなので、クッキーも焼いておいたの」
「『いただきまーっす!!』」
出された御菓子に目を輝かせて飛びつくおっきいのとちっさいの。作法も何もないが、あらあらうふふと笑っているので問題はないらしい。
何故お嬢様風の所作と服装をしながら自分で紅茶を入れてお菓子を自作するようなキャラなのか、というツッコミの必要性を考えてしまったが、いやほんと誰の趣味だろうか。とは言え、本当に血のように紅い紅茶という一見ネタのような飲み物なのに、思わず目を見張ってしまうぐらいには美味しいのが何とも。
というかインベントリから純白のテーブルにイス、ティーセット(姫翠用サイズ付)まで取り出して準備をした時点で今更か。
なお、トリアートは足元でドッグフードを食べているもよう。
……それでいいのか。
「にしても、本格的……と言っていいかは微妙だけど、対人戦は初めて見たかな」
「あら、そうでしたの?」
「そっか、ハーちゃんってちゃんと戦ったことってなかったっけ」
「前の対竜戦も回避か、他の人に振り回されてしかいなかったからね」
フィールドが大幅に変化したことで宝箱の配置が大幅に変化し、ここまで来ると地域差なんぞ存在しない。もはや巨大なアトラクションと化した都市を駆け抜け、如何に相手より早く宝箱を回収し、如何に相手より相手を殴り倒すか。香ばしい言動は兎も角、しかし行われている戦闘そのものはどれもハイレベルだ。
わりとこの状況にも慣れてきたというか麻痺してきたので冷静になって見てみれば、あまりどころか全く戦闘と縁がなかった私としては、実に不思議な光景である。
「ステータスは全体的に高い人もいれば、低い人もいる。でも、そのお互いが戦ってみれば、そう差はないんだよね」
ウィンドウに映っているのは狼型の獣人と、ダークエルフと思しき精霊が一進一退の攻防を続けている姿だ。合わせて表示されているステータスを見れば、狼型の方は魔法面は弱いものの他は平均以上。ダークエルフはと言えば完全に真逆で、INTとMNDは平均より高いが他は軒並み低かった。
前衛タイプと後衛タイプのタイマンでは当然前衛の方が有利の筈なのだが、
『甘い! 聞くが良い我が魔弾が奏でる旋律を!』
『くっ跳弾――否、ホーミング弾だと!?』
メガネなダークエルフは種類の豊富なバフ・デバフに加え、そもそも戦い方が特殊過ぎる。何しろ持っている得物は杖や弓ではなく"双銃"なのだ。
なんと銃である。拳銃である。二丁拳銃である。
「デザインはオリジナルみたいだけど……銃身が重そうだなアレ」
「もはや鈍器だねっ!」
長い銃身からは実弾に加えて魔法も連射で放たれ、実弾そのものも状態異常付きの特殊弾頭。避けようにも曲がるわ跳ねるわ分裂するわでダメージは確実に蓄積されるときた。多少の損害覚悟で突っ込んでも、所謂ガン=カタというヤツだろうか、スタイリッシュな動きで捌かれる。
合間合間にターンを決め、ポーズを決め、ついでに技を決める。目的と手段が逆転してると思うのだが、まあ本人が脳内麻薬全開なのは表情で分かるので良いのだろう。
「おおー、すごいすごいっ! ここじゃあ拳銃ってあんまり強くないのに、自身の情熱とか妄想とかその他諸々で補ってるねっ」
「……強くない? 拳銃が普通にあることに驚きなのは置いておくとしても、見てる感じ弱くはなさそうだけど」
一緒に発射されている魔法は別にして、確かに単発の威力は弱いみたいだが、双銃を生かした連射で当たれば状態異常。弾頭を変えれば恐らく属性の変更も可。相手が回避しようともスキルらしき追尾弾の効果でノックバックやスタンで動きを止められる。
うん、割と容赦ない感じで強くないだろうか?
「あの眼鏡さんは使いこなしてるけど、そーでもないよ? お金いっぱいるもん」
「お金」
「銃弾の規格も何もないので、制作はNPCではなくプレイヤーに依頼する必要があるのですわ。加えて特殊効果や属性を加えた銃弾であれば、組み込める素材も特殊ですもの。銃に合わせたオーダーメイドで、当然お値段は高くなりますわ」
「あー、大量生産は工場とか素材の安定供給とかその他諸々が解決しないと無理か」
現代では銃弾の形や大きさは規格化され、それに合わせた工場で生産されているが、当然一応は中世っぽい雰囲気のこのゲーム内にそんなものは存在しない。作るとなれば先ずは工場どころか材料の安定供給を行う方法を考えるところから始めないといけないので、現実的な話ではないだろう。
「あと言っちゃうと、やっぱりいくら好きでも攻撃力が低いのはちょっと……って人が多いみたいかな? 銃イコール火力って感じだからねっ!」
「残念ながら拳銃による射撃はステータスに寄らない固定ダメージですものね。しかし強力な反動と取扱いの難しさから、要求されるステータスとスキルが大変ですし」
「よくある初期では強いのに使えず、使えるレベルになると逆に弱くなってる系かー」
「そうそれっ!」
まだステータスが低いプレイヤーから見れば強いのだが、ステータス的にスキル的に金銭的に手を出すことが出来ず、しかしいざ手に入るとそこまで強くなくてガッカリしてしまうのだとか。
「威力だけならばアンチマテリアルライフルがあるので、皆さんそちらを使っていらっしゃるわ」
「あるんだAMR……」
「銃では唯一の人気かな? 貫通系の弾でずどんか、爆破系でどかんとやれば、多少の堅さとか関係ないしね! ……お値段が愉快なことになってるけど♪」
ついでに要求ステータス&スキルも、もう笑いが出る勢いなんだそうで。
と言う訳もありAMRを好んで使っているのはトッププレイヤーぐらいで、かつ初撃か止めに使うぐらいらしい。
「総じて言うと"割に合わない"、が共通認識ですわ」
「あはははは、何より"殴った方が強い"って人の方が多いからねっ」
とりあえず銃に関する一般的な認識は分かった。
では気になる所としては、
「となると、あの一般的じゃないメガネはなして強いの? あ、何か銃身からビームまで撃ち始めた」
「眼鏡さんは魔法をいっしょに使ってるからだよっ! どーやら銃を"杖"として扱ってるみたいだね?」
魔法使いと言えば杖で、このゲームで魔法に分類されるスキルを使うには杖などの媒体が必要だ。なくても使えはするが、威力や範囲、持続時間などが段違いになるとのこと。
が、杖が「杖の形をしている」必要性はどこにもないという事だろう。なるほど、あれは銃剣ならぬ銃杖だったのか。
「このゲームでは、魔法はイメージがダイレクトに反映されますもの。詠唱破棄系統のスキルがあれば、コストの低い初級魔法を弾丸に見立てて連射する――何て芸当も、あのように可能ですわ」
「さっきから各所でぶっ放されてる必殺技的なのも、近接系スキルでの同じ事?」
「そゆことー♪」
またどこかで誰かが自称奥義を使ったらしく、どかんと派手な音と共に地面が揺れた。
流石はダイヴタイプのVRゲームと言ったところか。同じ技や魔法のスキルだったとしても、システムによる補助がない所謂マニュアル操作であれば、多少の改良ができるとのことだ。
あのメガネエルフは二丁拳銃を扱えるだけの物理系スキルと、弾としての魔法の威力を補うための魔法系スキル、その両方を上げている。ダークエルフという、下手すれば物魔が中途半端になりがちな種族も、恐らくこのために選んだのだろう。
なるほど、確かにこれは情熱とか妄想とかその他諸々がないと難しい。
「このイベントに参加している方々は皆、大なり小なりそのロールプレイを実現するだけの実力を持っていらっしゃるもの。強いのは当然のことですのよ?」
「だから観客も多いのか……」
「見るのに心がごりっと削れるけど、参考になるのは確かだからねっ!」
あ、狼型が対処しきれず落ちた。狼型も強いのだが、どうも相性が悪すぎたようだ。
そして無駄にスタイリッシュな動きで銃をホルスターに戻し、カメラからフェードアウトしていくダークエルフ。眼鏡をくいっと上げ、謎反射させることも忘れない。……というかデータ上、あの装備の中で一番眼鏡が金掛かってるという驚愕の事実。
ここでの戦闘は終わったが……しかし倒れた方もリスポーン地点に戻るだけだ。3000名の参加者がいるので、各所での殴り合いはまだまだ続いている。
「……と、言うか。こうも乱戦だと実況解説が形だけになってない?」
「おや、気が付いちゃった?」
「……私が呼ばれた意味は?」
「ボクの趣味っ!!!」
ぐっ、と力強いサムズアップする兎モドキ。
頷きを一つ、ウサミミの間でお菓子を食べていた姫翠をテーブルの上に避けて、
「ははははは、中々愉快な事を言うウサミミだ。引っこ抜いてあげよう」
「いたたたた!? ボクのあいでんてぃてぃーがー!?」
「あらあら、それがなくなるとリアルの貴女と変わらなくなるわよ?」
「ぐふっ……」
仮想だろうとなんだろうと現実は非情である。
イベントは……そろそろ終わりが見えてくる頃だろうか?