#66 それは御伽噺のような多分SF
『んな……』
唖然、という表情で皆がそれを見上げている。
そも、これだけ大規模なイベントで、単に特定の人たちの心にダイレクトアタックするだけの内容では終わらないだろうとは思っていた。私だけでなく、多分他の人も。だがそれでも、飛び出してきたのがコレとは誰が予想できたろうか。
正直この光景を見た人で、私と同じ感想を抱いた人は少なくないはずだ。
「……やっぱり頭おかしくないかな、このゲーム」
まあ中には特殊は人種も当然いたりして。ウィンドウになんともコミカルな顔をしたジュンさんが映っているけど、多分あれはかなりテンション爆上げしてるなー……。
『お、おおおお? 動いてる、城も街もマイハートも動いてるぞなもし――!?』
やたらオーバーリアクションなジュンさんだが、言葉は見たままの内容そのものである。
動いているのだ。
街が。城が。
それも派手に、盛大に。
『にぁああああ!? 回る、目が回るぅー!?』
『ふふふこの程度の揺れでは俺の三半規管は――うぷ』
紅い月の下、歯車が轟音を上げて咆哮する。
何だか参加者の悲鳴がやたらと聞こえてくるが、あちらは本当に大変そうだ。いくら現実と見紛う仮想現実でも、リバースする機能がなかったのはグッジョブとしか言いようがない。
何しろ街が変化――いや、もはや変形と呼ぶべきほどに稼働しているのだ。
城を中心にして外周付近は時計回りに、次の区間は反時計回りにといった様に。街が建物ごと、地面ごと、一定区間毎で"旋回"していた。歯車が噛み合い回り、そして街も回転する。どんな仕掛けなのかと言いたくなるが、これがこの世界観での平常運転なのだと思うしかない。
ついで、さっきからロボットの合体シーンのようなBGM流れてるけど、それでいいのか。
『どーしようなんかテンション上がってキター!』
いいらしい。
というかまだ上がるのかジュンさん。
いやBGMは兎も角。
ただこれだけなら、まだエリアの位置変更だけだと想像するだろう。
だが、違う。
先程ジュンさんは"動いている"と言ったが、ただ街が回転しているだけならそこまで驚きはなかったに違いない。
まだあるのだ。
それは現地のイベント参加者は実際に目に見えるモノとして、会場の観客達はその光景が映る巨大スクリーンを見上げている。
謎の雷光が街の至る所から迸り、更に街が駆動した。
垂直に。
いやだからなんでさ!
中央に聳え立つ城が、一部のエリアが、歯車で出来た基部を露出させて縦にせり上がった。更に、街の至る所から四角形の柱が真下から飛び出してきて、謎のスパークをまき散らす。
なんだかこのまま人型ロボットにでも変形しそうなノリと勢いである。
……とまあ、これが現地プレイヤーが見ている光景。
実際その場所にいる彼ら彼女らからすれば、まず目に入るのは何のアトラクションだと言いたくなる疾走感溢れる街並みと、多数のスポットライトに照らされ無駄にスモークを焚いて上昇する城だろう。
それだけでも十分インパクトはあるのだが、しかし実際にはもっと大きなところで変化が起こっていた。
夕闇城のエリア全域の俯瞰で見ることができ、街の変化を余すことなく把握できている私達オーディエンスの目に映っていたのは、
『ってオイオイオイオイ、ちょっと待てェ! ラ〇ュタかコレは!?』
『はぁ!?』
あ、もう気が付いた人がいる。
彼は全体を見渡せる高い建物の屋上にいたから、後ろの街の外側を見た時にその景色を目にしたのだろう。その驚きが伝わったのか、他のプレイヤー達もつられるように振り向いて……ものの見事に固まった。
街の外縁部。
堅牢な外壁より向こう――本来は別エリアに向かう為の道や、隣接していた森が見えていた筈なのだが……今では徐々にその姿が見えなくなり、現在進行形で地面が遠くなっていっている。
轟音と共に街全体が稼働し、全貌を現したその真なる姿とやらはまさしく――
『と――飛んでるぅぅぅぅううう!?』
『夕闇城改め、浮遊城塞都市"メルリカ"。よろしくお願いいたしますわ♡』
いやロマン溢れるのだけどね?
溢れすぎて街が空浮かぶってどーいうことだ。
******
「はいはーいっ! さっきも言ったけど、そろそろ移動しまーすっ」
「……ここまで来るとなんとなく分かるのだけどね。それでもあえて聞くけど、どこに?」
「それはもっちろん――おねーちゃんの所だよん♪」
何がどう勿論なのかは分からないが、こっちの抗議を含めた視線はまるっと無視された。
手を引かれて座っていたソファーから立ち上がると、少し乱れていた髪や衣服を手際よく整えられる。流石ディーラーなのか、手先が器用なようで一瞬だ。
DEXが極端に低いと、髪を整えようとしたら前衛芸術みたいな髪型になると聞くからなー……。
服のシワまで綺麗になるのがちょっと意味不明だが、まあそういう仕様なんだろう。
「でわでわ、移動しま~すっ!」
ウサミミをピコピコと揺らしながら利き腕を掲げ、指を鳴らす。
乾いた、よく通る音が響き、同時に周囲のオブジェクトが下から上へと淡い光となって消えていく――いや、置き換わっていく。多分、傍から見れば私たちが消えて行っているように見えるのだろうけど、なるほど当事者側から見ることになるとこんな風になっているのか。
「……ぅわ、と」
一瞬、体が独特な浮遊感に包まれる。
後で聞いた話では、この浮遊感は所謂「石の中にいる」的な現象――転移時にプレイヤーやNPC、その他オブジェクトと重ならないよう一時的に"当たり判定"を無くした結果、重力までも透過してしまい、発生しているのだとか。最初期の、この仮想世界にゲームシステムを組み込んでいた時には、まるでコントのように服を置いて転移してしまったり、垂直方向の座標を間違えて成層圏に放り出されてしまったりと色々あったとかなんとか。
テスターは他にも散々苦労したらしいけど、今ではいい思い出ですと遠い目をしながらコメントしたのが、まだ公式の紹介動画として掲載されている。新手の自虐ネタなのかどうかは悩むところだ。
「ごと~ちゃ~く!」
重力が戻ってきて、足が地に着く。
部屋が完全に切り替わると、周囲の様子はがらりと変わっていた。壁は天井さえもなくなっており、見上げると満天の星が視界に映る。
足元はレンガが敷き詰められていて、どこか古風な建物の上らしい。周囲には花壇が並び、色とりどりの花が咲き誇っていた。どうやら、どこかの庭園のような場所にいるようだ。
……一緒に転送されてきたクッションが逆に異彩を放つという不思議。
「ここ、は――」
どこだろうと思ったのも束の間、一拍遅れて響いてきた"音"で把握した。画面越しではなく、直で聞くとかなりの大きさだな、これ。一緒に来た姫翠とトリアートが驚いてひっくり返るぐらいの音量である。
届くのは脳の奥まで揺らす機械音。ついでに誰かの悲鳴が聞こえた気もするけど気のせいとしておこう。
「わぁ! すごいすごーいっ!」
庭園の端、見ればウサミミをぴっこぴこと揺らしながらはしゃいでいる姿がある。こっちこっちと手を振っているので、無視できないのが悲しい所だ。
できればスルーしたい所だけど、これも中継されているのだろう。あえて媚びようとも思わないが、意地を張ってまでふてぶてしい態度を取り、敵を作ることもない。
……なので、断じて揺れるウサミミに釣られたわけではないのである。断じて!
「つんでれごちそうさまですっ」
「やかましい」
なぜ私の周りは地の文を読んでくるのか。この種族の特徴もあって表情は出てない筈なんだけどなあ……?
まあそれは後で深く考察するとして、私も兎モドキ――ルヴィとやらの横に立つ。鉄柵の向こう、そこに見えた光景は、
「うわぁ……」
驚きやら呆れやら、純粋な感嘆やらが混ざった声が自身の口から漏れた。
よくもまあここまでとは思うが、これを作った本人はノリノリで作り上げたのだろうというのがよく伝わってくる。心の底から楽しみ、それすら注ぎ込んで作り上げた――そんな風景だ、これは。
映像でも見てはいたけど、生で見ると迫力が違う。
数万の人が住めるほどの広さがあるであろう街が唸りを上げて変形し、色とりどりの雷光で輝き、空を飛んでいる。もう既にどこまで昇って来てるのか、近くに見えていた山々よりは高いのが分かった。
このゲームを始めて色々な光景に出会ってきたが、これもまた心に残る光景であるのは間違いない。
「なんともまあ……」
「――ふふっ、気に入ってもらえたようでなによりですわ」
誰もいなかった筈の背後から、どこか甘ったるい声が掛かった。
……いるだろうとは思っていたどさ。
言葉にできない苦いものを感じながら、そっと振り向く。
そこにいたのは、
「イベントも後半ですけども、私たちはお茶会でもいたしましょうか♡」