#65 イベント序盤、まだ序盤
『壱・撃・必・滅! 劫火天陣終演……なんだっけ―――きいぃぃぃっく!!!』
『おい今技名わすれ――ぐはぁぁぁああ!!』
ジュンさんが放ったヘンに光り輝く脚撃が、漆黒の四枚羽根(装備アイテム)の刀使いを吹き飛ばした。
今のでお亡くなりになったのか、相手は壁に激突した瞬間にポリゴンとなって消える。一息、これで戦闘終了かと思いきや、
『もらったぞ!!』
『残念もらわれてないかんね!』
頭上から強襲してきた両手に大剣を持った男を、綺麗なカウンターの回し蹴りで地面に沈めた。
追加で飛び出してきた眼帯鎖使いの連撃をいなして掴み、壁走りで突っ込んできた紅いマフラーの黒装束に叩きつける。戦い方に忍者の要素がなくないかな、あの人。
さて今度こそ――と思いきやと続くのが更に数回、そんな乱戦がイベントエリアの要所要所で発生していた。
「協力・共闘するのも可っていうのに、誰もそんな事が頭に無い件について」
「眼に映るのは全て敵っ! って感じだね! 既に反対側のエリアと死亡倍率の差が酷いことにっ!?」
人が少なく戦闘自体が稀な南や西エリアとは違い、今映っている東や北エリアは見敵必殺という、もはや同じイベントかと疑うほどの有様になっていた。
敵より宝を探しなさいよ君ら……と思わなくもないが、ポイントは確かに加算されていっているので、無駄でないことは間違いない。
というかジュンさん、ふつーに強かったのか……(失礼)。
「それより、聞きたいことが二点ほど」
「はいはーい、なになにっ?」
少し戦況が落ち着いたところで、気になっていたことを質問することにする。
ふわっふわな長い耳を、ぴょこぴょこと動かしてこちらに寄って来る兎モドキ。その耳はショッキングピンクな色をしているが、しっかりと手入れされているように見え、毛並みは艶々だ。
そして、そのもふもふな耳の間には……。
もふもふ……。
「触る?」
「う――いやいやいやいや」
待て。
待て待て待て。
騙されるな、騙されるな私!
どれだけ耳がふわっふわであろうと、つやつやであろうと、顔や体型は私がモデルという残念仕様だ。そんなのの耳を触るぐらいなら、兎は兎でも、兎様から貰った毛玉を触っておけばいい。
うん、落ち着こう、落ち着こう。今はもっふもふに惑わされている時間じゃない。
「それより、まず一つ。この戦闘が起こっている時なんだけど――このやたら特撮感あるSEと、無駄に気合入ったBGMは何?」
「趣味っ!」
「即答しおった……」
先程ジュンさんが戦っていた時もそうだけど、ポーズを取った時は"シャキ――ンッ!"という鋭いSEが、技名を叫んだ時などは"カッッッ!!!"という雷鳴のSEが響いていた。そしてそこから連戦が行われている間は、妙にハイテンポな曲がBGMとして流れていたのだ。
現に今も戦っているプレイヤーが映るウィンドウからは、やたら肉体言語的なSEが連打されていた。多分3秒間に50発分ぐらいの勢いで。
「え〜っとねぇ、ほら、あれだよっ。あにめとか、げーむとかって、かっこいい効果音とか音楽が流れているよね?」
「……見るの?」
「見るよ?」
どこからか突っ込んだら負けだという幻聴が聞こえた気がするので、その通りにしておく。
「でね? ここでは、こう、かっこいい必殺技! とか使えたりはするのだけど、ちょ~っと盛り上がりに欠けることがあるってお話もあったの!」
「それでコレかー……」
聞くところによれば、実はAlmeCatolicaのβ版では攻撃時の効果音や戦闘時のBGMは実装されていたらしい。特にBGMは戦いの状況に合わせた曲が自動で流れ、かつ周囲の環境音はバッチリ聞き取れるという無駄に技術を使った仕様だったそうだ。
だが、それがあるとどうなったかと言えば、
「すっごい気が散ったんだって」
「それはそうだろうね……」
確かにVRMMOも単なるゲームではあるのだけど、アニメや一般的なゲームとは根本的なところが違う。実際に体を動かし、集中して即時判断をしなければいけない状態で、喧しいSEやBGMを聞けるかと言えば……当然、大半のプレイヤーは無理駄目ちょっと勘弁して下さいと答えたという訳だ。
「なのだけど、ね? せっかく機能としては残してるのだから、こんな時だけでも使いたいっ! との開発からのご要望が通っちゃいまして」
「簡潔に言うと?」
「今日ぐらいは面白いからいいと思いますっ!!」
「さよけ」
ノリと勢いで生きてないか開発よ。
とは言え、プレイヤー自身からの悶えるような言葉廻し以外にも、そんなSEやBGMが鳴り響いているのだ。おかげでこちらの注目度はそれほど高くはないだろう。
あまり意識しすぎると胃に悪すぎるからなー……。はよ帰りたい。
まあそれは兎も角として、だ。
「で、二つ目。――ウチの姫翠は一体そこで何やってるの?」
「もふもふ?」
「それは見れば分かる」
私の目線の先。
さっきからずっと私ではない方の頭の上で、ウサミミとウサミミの間でもふもふと、もっふもっふとしている姫翠がいた。
ご満悦というか。
極楽至福というか。
パーフェクツッ! というか。
うん。めっちゃ気持ちよさそうな顔してる。
姫翠のサイズだと、こう、ちょうど耳と耳の間にすっぽり入って、ウサミミに挟まれてることが出来るのだから、
『ふわふわー』
「…………」
「どうどうどうどうっ」
いらんスイッチが入りそうになったけど、何気にいたトリアートにまで止められたので、そこはかとなく落ち着くことにした。
くそう、今度ストゥーメリアさんから鳥玉借りてきてやる。
「……トリアートくん、あれって妬いてるのかな? 羨ましがっているのかな?」
「そろそろいい加減にしようか」
兎モドキからの問いに目を逸らしたトリアートには、後で何か買ってあげよう。
姫翠は後でお仕置きだが。
『!?』
何だか収集が付かなくなってきたので、気を取り直してウィンドウから状況を確認する。
周囲に見える中継を一通り眺めるが、
「にしてもさっきから映るのは北と東ばかり、か。戦闘が少ないと仕方が無いのだろうけど、イベントとしてはバランス悪くない?」
「う~ん、そこは今後の課題かなぁ? まぁでも、おねーちゃんが楽しそうにしてるから大丈夫だと思うよ?」
姉、と言われて一瞬戸惑ったが、この兎モドキが言う場合は"あちら"の事だとすぐに思い至る。
何かあるのかと探したが、今見える範囲のウィンドウには映っていなかった。
「嫌な予感しかしない。……と、もう西と南は中央付近まで来たんだ」
「おおー、逆はまだ先なのに早い早いっ!」
「これでお宝を見つけてエリア外まで行けば終了って、割と平穏と言うか、早く終わるところはほんとに何事もなく終わりそうな気が」
「どうかなー? どうだろーねー?」
どうしよう、非常によろしくない気配しか漂ってこない。
*******
『ふふ、皆様お楽しみのところ申し訳ございませんが――そろそろ私の出番ですわ』
それは唐突ではあった。
ふ、と観客席内に流れていたBGMがフェードアウトし、照明が一部落ちて暗くなる。
それと同時、イベント会場の中央と、イベントエリアの中空に巨大なウィンドウが現れたのだ。
そこに映っていたのは、現地担当だというNPC。
正直こちらもあまり直視したくない類ではあるのだが、私と全く同じであるその顔が――今はどこか、今からイタズラをしますとでも言うかの様な、ちょっと邪悪入った笑みを浮かべていた。
「……何事?」
隣の兎モドキは答えない。
観客席の騒めきは数段小さくなり、現地の参加者は足を止めたので、おそらく事前情報には無かった演出なのだろう。私だけが知らなかったとか、そんなことはなかったらしい。
『……なんぞ?』
なんでか地面にへばりついていたジュンさんは、何かを察知したらしい。耳を石畳に付け、忍者のように……いや、一応忍者だったこの人……音を探っている。こちらには何も聞こえないが、あちらでは何かに気づいたのだろう。
様子からすれば、地面の下に何かあるらしけど……?
『まさか……地下遺跡が動いているのか!?』
素なのかノリがいいのか、眼帯大鎌黒パーカーが叫んだ。
地下遺跡? と首を傾げるものの、兎モドキはドヤ顔なので役に立たない。見ればイベント中という扱いらしく、残時間は減少していないので、今のうちに掲示板で調べてみるとする。
検索条件は「夕闇城 地下 遺跡」、これで出るかなー……と、お?
「地下遺跡に関するスレが100以上……」
なるほど、割とポピュラーな話らしい。
まとめ的な板が程よく見つかったので読んでみれば、書いてあったのは簡単な内容だ。
曰く、街の下に馬鹿みたいな規模の遺跡がある。
曰く、巨大な歯車が多い機械仕掛けである。
曰く、城や街が出来るより遥かに昔からある。
曰く、中世の街並みの下に古代遺跡とか超燃える。
最 後は感想な気がしなくもないが、総じて言うなら情報がかなり少ないという事。他も軽く流し読みしてみるが、どれも考察ばかりで確定情報そのものは少なそうであった。秘匿されているのか、はたまたコレを作り出したであろう狂人氏の思考が突飛すぎるのか。……多分後者だよね?
「音、こっちにまで聞こえてきてる……」
確かに情報にあった通り歯車が噛み合うような重低音が聞こえ、それが徐々に大きくなってきている。
参加者達の反応は様々で、やたらオーバーリアクションを取る者や、堂々と仁王立ちしている者、今のうちに有利な場所に行こうとカサカサ這いずり回っている者――ってジュンさんか。兎に角、皆一様に何かを期待しているという事は見て取れた。
さて、後はもう待つだけのようなので掲示板を閉じる。
そろそろ、加速しているらしい歯車の音がピークに達するようだけど――
「あ、そろそろ移動するから忘れ物はないようにねっ?」
「はい?」
どこに、と聞く前に。
一際大きい、何かが合致する金属音が響いた。
『さあ皆様――夕闇城の真なる姿。心ゆくまでお楽しみくださいませ♡』