#64 人生は諦めも肝心です
初っ端からアレだが、言わせてほしい。
「……どーしてこうなった」
「さーぁ遂に始まりました、始まっちゃいましたぁー! 参加者3000名という勇者が一斉に走り出しますっ! らいばるや自身の羞恥心、後ついでに幾人かの視聴者さんの屍を越え、その手で栄冠を掴み取っちゃうのは一体誰となるのでしょうかぁー! ――あ、ハーちゃん、これ食べる?」
「頂きます……」
呼び方はもはやキニシナイ。差し出されたクッキーを受け取り、もそもそと口にする。
香り高く、舌触りの良い一品だが、あまり味が感じられないのは間違いなくこの状況のせいだろう。
今座っているのは柔らかい高級感あふれるソファー。眼前には普段は口にすることが無さそうな高級っぽいお菓子や飲み物が並んでいる。
正直、隣にいる理解の範囲をジェットエンジンばりの加速で越えていった存在を無視したいのだが……そうも言えないというのが悲しい所だ。
問題はそこではなく、
……何が悲しくてイベントの解説とか担当してるのだろーなー。
いやほんと帰りたい。
「ああっといきなり大規模範囲魔法がどっかーんといったぁーっ! でもそれを華麗に避ける防ぐ斬り払うっ! そしてポーズも決め台詞も忘れない! 今日は初っ端から派手になっちゃってるぞー!?」
今私がいるのは見た目は少し小さめの個室だ。元は会場のど真ん中であるステージにいたのだが、イベントが始まると同時、ソファーやら何やらと一緒にこの部屋に転移した。
周囲一帯には大量のウィンドウが浮いており、現在進行形で進んでいるイベントの様子が映し出されている。どれを見ればいいのか迷うが、基本的には眼前にある一際大きいウィンドウを見ていればいいらしい。
「他に重要なのはプレイヤーの現在位置やポイント、残時間といったところ……かな」
「後は宝箱の情報とかもあるよっ」
「で。この羞恥心レベルってのは?」
「見てると面白いよね?」
「鬼か」
参加者全員のポイントの情報をまとめたウィンドウを見る。まだまだ序盤ではあるが、幾人かが開幕ぶっぱ等で積極的に攻めているらしく、ポイント変動が大変忙しいことになっていた。
少し気になるところがあるとすれば、
「初手のアレ、派手だったけど、あまりポイント入ってない?」
「うんうん、爆発は派手だったよねっ。でも、らいばるを倒すことに比重が大きかったみたいかな? こう、きりっとぽーず決めてたり、ぽえむみたいな詠唱とかあればもちょっと変わったと思うけど」
「……ああ、ポイントよりも殲滅を優先したからか。でもポイントを取ろうとすると動きが雑になるから避けたり妨害されたりされやすくなる、と」
「ざっつらいと!」
なんだろう。
こう、自分の顔でウィンクしながらサムズアップされると、妙に恥ずかしいというか、むず痒いというか。
……うう、なんだか妙に落ち着かない。
「でも攻撃を受けた側は、何故かキッチリとポーズ決めてたのが不思議」
「いやー、れべるが高いねっ!」
「斜め上にね」
ちらりと別のウィンドウを見ると、そこには観客席もといイベントスペースが映っていた。見る限り席はすべて埋まっており、数万人という数を考えると背筋が冷えるが、なるべく深く考えないようにする。
……今すぐログアウトしたいのは確かなんだけどねー。
隣の兎らしい何かと私が話す声は、あの会場にリアルタイムで届いている。
不幸中の幸いと言っていいのか、私たちの姿――この部屋の様子が直接映るのはほとんど無いとのこと。メインはイベントに参加しているプレイヤーであるし、特にこの内容だと挙動言動の一つ一つがイベントを盛り上げる一因となっているからだ。
「……うん? ならそもそも実況も解説もいらなくない?」
「残念っ、世の中にはこんな言葉があるんだよ。――それはそれ、これはこれ」
「ははは、そろそろはっ倒しても許される気がしてきた」
どう考えても色々おかしいが、半ば自棄になっているのが自覚できる。冷静になりたいところだけど、隣を見るだけで正気がガリガリと削れていくので、もう諦め全開なのだ。
入れてあった紅茶を口に含むと、ため息に似たような吐息がこぼれる。
「はあ……。それなら、もっと私以外にも適任がいたと思うのだけど」
「おや、だれだれ?」
思い浮かべたのは当然、
「どこぞのポエマー天使」
『!?』
「実は第一候補だったのだよねっ」
『!?!?』
「じゃあもし次があるなら、その時は参加者としてぶち込んでもらうよう提案しよう」
「乗ったー!」
『ちょ、カナタさ――』
よし、隣にどこかで見たような人が映ったウィンドウが浮いていたけど、何故か自主的に消えたね。その後ろから目を輝かせた人が飛び掛かっていたのも見えたけど、キニシナイ。
八つ当たり? なんのことやら。
ちょっと話がズレたので、改めてイベントが行われているエリアの様子を確認する。
確認して、二度見した。
「……既に現地のテンションおかしくない?」
「あはー♪ みんな、はっちゃけてるねっ!」
まだ始まったばかりの筈なのだけど、初撃の大爆発に触発されたのか、他プレイヤーも率先して動き始めていた。
動いているのだが……動いているのだが、もう何だコレ。
『フハハハハハハ、そのような意志の伴わぬ刃が我に届くとでも思ったか愚か者め!』
『今のは只の挨拶代わりさ。あまりオレを本気にさせるなよ?』
『くっ、僕の真のチカラを解放するしかないのか……!』
『見えた、俺のゴールデンロード! ここは駆け抜けるのみっ!』
無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きとは正にこの光景か。
意味は無いだろう長ったらしい詠唱に、謎のポーズと自分で決めたであろう技名、そしてやたらと疼く右手とか右目とか。隙だらけに見えるのに、ゲームならではの高い身体能力を生かして飛ぶわ廻るわ踊りだすわとやりたい放題である。
言えることは簡潔に、ただ一つ。
「こ れ は ひ ど い」
「なんということでしょうっ、まだまだ序盤だというのに、この破壊力っ!! もう会場内で膝を付く人や抱える人が続出しちゃってます! めでぃーっく、めでぃーっく!」
対厨二病患者の衛生兵ってどんなのさ。
一部騒がしくなっている会場内では、精神に多大なダメージを受けている仲間に「大丈夫だ、まだ傷は浅いぞ!」とか「耐えろ、耐えるんだ! お前はあの程度ではなかっただろう!?」とか、慰めているのか追い打ち掛けているのかよく分からない方法で治療が行われていた。
「にしても、セリフをわざわざルビ付きの字幕で出さなくても」
「あれは我らが開発陣が作り出してしまった、厨二専用の言語変換しすてむだよ♪ 本人の思考いめーじや登録されている単語類、普段の言動に、あとは自動収集された資料を基にしているのさっ」
「暇なのか頭オカシイのかどっちだ開発」
なお単語登録とは、非常にマイナーな基本機能の一つのことだ。
このゲームではかなり独特の世界観を持っている為、所々で専門用語があることも少なくない。なのでメニュー内には、プレイヤーが知りえた情報が辞書風に自動蓄積されていく機能があるのである。
そして、その辞書には自分で単語を登録することも可能だのだ。使い道は特になく、メモ代わりか、単に会話や戦闘などのログをスキルで確認した際にルビが表示される程度らしいのだが……。まさかこんなところで利用しているとは。
「……ま、その分こちらが目立たなくて済む、か」
思わず小さく呟いてしまったが、喧騒でかき消される程度の声量だ。たぶん大丈夫だろう。
ここはぜひ、参加者諸君に色々と頑張ってもらいたい所である。技名や歯が浮くようなセリフを叫べばさ叫ぶほど、その分だけ私の影が薄くなる……はず。うん、はずだ。
「無理だと思うよ?」
「心読んだあげく素で返すの止めてくれません?」
どうやら希望は持つことすらできないらしい。ちくしょーめ。
さて、このイベントは極論言ってしまえばライバル全員殴り倒せば勝ちなルールではあるのだが、それが簡単に通るようなイベント構成はしていない。
「参加者は予選を勝ち抜いた3000名、このマップの広さでこの人数は多いのか少ないのか……。ついでに妨害してくるNPCやらMobやらがわんさかいるから、プレイヤーばかり狙うのは難しいと」
「今日のお祭りは、あくまでも"とれじゃーはんと"だもんね♪ 生き残ることが重要だから、間違えると大変なことになっちゃうもの!」
「あー、うん、ちょうどタコ殴りにされているのがいるね……」
今まさに全方位から様々なスタイルのプレイヤーにボコられているのは、開幕でやらかした奴であろう。またデカいのを打ち込もうとして、失敗したようだ。……あ、死んだ。
「西と南はまだポイント変動が大人しいけど、東と北は……もう妨害優先にしているプレイヤーがいるね」
「そっちは酷い罠が多い地帯だから仕方がないね! 上手に避けることができればぽいんとが多く入るけど、死亡すれば逆に減少で復活地点から再出発っ。終盤になると、離脱する人と、それを阻止しようとする人たちとの熱い戦いが見れるはずだよ!」
なお、ポイントがマイナスになればゲームオーバー、イベントエリアからご退場だ。
たとえ一度HPがゼロになったとしても、まだポイントが残っていれば、また稼げば十分逆転の可能性がある。しかしまだゲームオーバーになっていないからと言っても、死に過ぎれば当然その分だけポイントが減るので、勝ち目は急速に薄くなっていく。
かと言って素直に諦めてしまうのは面白くないので、無事に宝箱を回収出来た者に対して妨害するのだとか。
「北と東がトラップ地帯の割に、人が多いけど……ああ、そういうこと」
北と東は難易度が鬼ではあるが、その原因は宝箱の中身だ。北は"宝石"だとか"貴金属"などの高級品。東に至っては"武器防具"やら"特注アクセサリ"などが名を連ねていた。
「……って武器防具? 特注アクセサリ?」
「あ、それ? ほらほら、ここに書いてあるよっ」
兎モドキが見せてきたのは、このイベントの案内ページだ。そこには宝の概要一覧や、一部の内容が公開されている。……解説がなんで知らないというか知らされていないと思うのは今更なのか。
「あー……うん、なるほど。これは確かに"彼ら"が好きそうだよね」
「厳選してみました♪」
武器防具は……なるほど、ゲーム内で人気のデザインの剣や鎧を現実で鍛冶職人が作成したものか。特注アクセサリは、うん、把握した。十字架とか髑髏とか、如何にもなデザインだ……。
そんな魅力に誘われ、激戦の末に見事爆死しているのだろう。
だが上手くトラップを回避し、宝箱を手に入れることが出来れば、それだけでかなりのポイントが入手できる。状況次第では詰むが、一発逆転のチャンスもあるので、厨二病を地で行く彼らには状況含めて色々と琴線に触れる者があるらしい。
「逆に南と西は平和……でもないね」
「こっちは強いもんすたーとか罠とかが無い分、それだけ頑張らないといけないからねー♪」
南と西は"日用品"や"食料品"などが多く、強Mobや罠などは少ないが、それでもそれなりに人はいる。日用品でもブランド物の時計とか、食料品でも希少食材とかがあるからだ。
一見して緩そうには見えるのだけど、しかし屋根を走る参加者達は皆一様に急いでいることが分かる。
「他の参加者や罠が少ない分、取得できるポイントは少ない、か。なかなか性格悪くない?」
「公平にしようとすると、どーしてもねー?」
このイベントの勝敗は結局のところ、ポイントが全てだ。
ポイントの取得条件は色々あるが、種類の豊富さや取りやすさで言えば、やはり戦闘関連が多くなる。死に戻りこそポイントが減少してしまうが、別に相手を倒す必要はない。一戦交え、"やるな!"とか"お前もな!"なんてやり取りをするだけでも十分なのだ。
まあ結局は相手への妨害も含めてドカンと派手にやっている訳ではあるが……南と西には、あまりそれが発生しない。
元々は戦闘があまり得意ではないということもあるのだろう。他の方法――Mobの討伐数や、宝箱の数、速度などで勝負を掛けているという訳なのである。
「でもそろそろ、でっかいのが来るよー?」
「? それはどういう――」
何やら不穏なことを言った兎モドキに聞き返そうとした、その時。
『あーっはっはっはっ! このわたしの速さに付いてこれると思うたか愚か者めぇー!』
どこかで聞いたような声がウィンドウから響いてきた。映っているのは、東エリアの状況だ。
……いや、ちょっとどころではなく、あの人ならいるかな? なんて思ってたけどさ。
『この、超絶カッコいい峻天八双影走之絢、貴様ら如きに捕まるほどではないわぁー! このわたしの美脚に見惚れているがいい!』
『くっそ、あの忍んでない忍者超ウゼェ……!』
『あのスピード狂め、相変わらずネジが飛んでやがる!』
『いーぇーい! 妹ちゃん見てるかーぃ!? このわたしの雄姿をさぁ――――あっ』
『『Mobと事故ったぞアイツ……!』』
何やってんですか部長さん……!