#63 気分緩やか、足取り軽やか、ただし足元にはご注意を
三人、プラスαな組み合わせで、すっかり日が落ちた街中を歩いていく。
私たちが歩いているのは大通り。夜でも人通りは多く、プレイヤーだけでなくNPCも大道芸や演奏などを披露して賑わっていた。
昼とは違い足元はそれなりに暗いが、それでも通りに並ぶ街灯に加えて店の照明や種族的に光っているなんて人もいるから結構明るい感じがする。街灯などの光源は……なんだろう? LED等とは光り方が異なり、どこか自然というか柔らかい雰囲気があった。
石造りの街並みに、静かな明かり。
誰かが弾く緩やかなテンポの曲がBGMとして雰囲気に合っていて、いやほんとこーいうの大好きです。
昼はもっと人が多いから賑やかと言うより喧しいのだよね……。私としては煩すぎず、静かすぎずな今の時間帯が一番性に合っているかな。
「…~♪」
『~…♪』
頭の上の姫翠と二人、適当なはずなのに何故か合う鼻歌を歌いながら、夜の賑やかさを楽しむ。
さっきの店では話の後に追加でお酒を飲んだから、私も姫翠もテンション高めだ。すれ違う人からは微笑ましい眼で見られているような気がするが、絡んでこないだけマシとしよう。
ちなみにトリアートは道行く人に三回ほど蹴っ飛ばされたので、今は私の腕の中だ。
弟は……うん、姉を背中に大変そうだね。助けないケド。
もしここで学校の知り合いとか会っても、この二人、特に姉は分からないだろうなあ……。
「姉ちゃん……酒飲むとキャラ変わり過ぎでしょ」
「そう?」
「酔っぱらってるのが一目瞭然というか、さっきまで無表情だったのに今はかなり緩い顔になってるし」
このアバターも相変わらず妙な仕様だ。
機械なのに酔っぱらうとか今更だけど、狂人氏の中では随分人臭いロボットを夢見ていたらしい。どれだけロマン溢れる男だったのかというか、お陰で入院する羽目になったというのに嫌いになれないのが何とも。
……何か狂人氏の日記とか無かったのかな? あれば読んでみたくはあったのだけど。
それは追々に紗々沙さんあたりに聞いてみよう。何か知ってそうだし。
さて、狂人氏の事はもう後回しにして、だ。
「ところで、次行くのって闘技場? カジノ? どっちだっけ」
「闘技場はこの時間やってないからカジノかな。ほら、ここからでも見えてるよ」
弟が指さす方に顔を向ければ、少し離れたところには非常に目立つ建物が見えた。
世界観を派手に無視して派手にライトアップされたその施設は、距離のあるここからでも熱気が伝わってくるかのようだ。
一応さっきから視界には入っていたのだけど聞いてみたのは理由があって、
「あれかー。劇場も闘技場も同じような円形らしいから、地味に判りにくい気がする」
「劇場は夜遅くまでやってる訳じゃないみたいだし、闘技場はなんだかダンジョンになってるらしいから、夜のメインはカジノなんだってさ」
「劇場は分かるけど、闘技場がダンジョンて」
街中だろうと何だろうと、妙な仕様があるのは相変わらずらしい。
しかし目的地はカジノ、か。
「それも調査の一環?」
「そ。劇場と闘技場はもう見たから、後はカジノだけなんだ」
たかがカジノ、されどカジノ。
ゲームとは言え、やってることはリアルと諸々が一緒な賭け事だ。これもまた年齢制限に関して一騒動あったのだが、よくもまあ飲酒要素にしろR-18要素にしろ全部通したものだと感心する。
……その要素が解禁されているから人気がある、というのもあるのだろうけど。
リアルでもこの国には既にカジノがあるのだが、しかしどちらかと言えば外国人向けの観光目的の施設だった為、あまり博打をしているという感じにはならないらしい。
だが、ここの施設はかなり本格的だ。
スロットやルーレットは勿論、カードやダーツ、ビンゴどころか麻雀やら丁半賭博まであるのだとか。
さっきの店で貰ったパンフレット(書籍アイテム)によれば、魔獣型Mobを使ったドッグレースもあるそうだけど……"死に戻りの責任は負いかねます"って注意書きが酷すぎる。
それよりこのカジノで一番の目玉としては、
「もしかして参加したりするの? リアルで賞品が貰える大型イベント」
「いやー、さすがにそれ出たら怒られるよ……。あれ、スポンサーによってはテレビにまで映るしなあ」
勝てば、本当に高額な品々が手に入るというイベントだろう。
イベントの内容は様々で、クイズだったりチェスだったり、前回は超大型ボードを使った人生ゲームだったとか。そしてその賞品は宝石やら世界一周旅行やら中々ガチな代物が多く、結構な盛り上がりを見せているとのことである。
「前に公式サイトで配信されてたのって、某車メーカーの車種だけでのカーレースだっけ」
「うん、確かそうだったね。中には試作品とか企画だけで終わってた車種まで出して、挙句、ゲームだからって阿呆なコースになってたのは覚えてる」
「活火山地帯の中、ロケットエンジン積んだ車がコース外まで吹っ飛んでったのもいたっけ……」
最初こそ荒れたが、中盤からはゲームのステータスやスキルを駆使してのせめぎ合い。終盤になれば君らはどこの豆腐屋だと言いたくなるようなドライビングテクニックで観客、視聴者を魅了した。
結局勝ったのは、現役タクシー運転手が操るマニア向けの改造車だったっけ。優勝賞品はそのままその車で、観客には順位予想の結果による配当金(ゲーム内通貨)が支払われ、そういやコレってカジノのイベントだっけと皆が思い出したのだとかなんとか。
「そんなマジなのは兎も角、運の要素が強いのは素人でも勝てる可能性があるから、かなり人気あるよねー」
「人気あるけど、僕らが参加する訳にはいかないし。……姉ちゃんいってみる?」
「この私に運で勝てる要素があると思うてか」
ただでさえこの種族は運の補正が効かないというのに、どうしろというのか。0に何を掛けても0なのである。
大型イベントだとそう極端に運が絡む要素が多くはないらしいから気にする必要はないかもしれない。だが、そもリアルラックがよろしくないのだ。超大型人生ゲームとやらも選択肢が色々あって完全な運任せではなかったと聞くが、私の場合は悉く外しそうで恐ろしい。
それに、夢見さんとかそのギルメンとかなら参加してそうだけど、私はそんな観客が大勢いる前でなんて無理だ。前の廃都のレイドイベントだってギリギリだったってのに、何の拷問だと言いたい。
「えー。じゃあ姉ちゃん、カジノで何するのさ」
「見てるだけでも面白いらしいから、それで十分だよ。……まあ、一回ぐらいは適当にするかもしれないけど」
そこは気分だ。
見て、雰囲気を楽しむ程度なら変なのに絡まれることもないだろうし、元より運営の監視も厳しく、トラブルなんぞ滅多に起きないと聞いている。リアルじゃ満足に体も動かせず、夏休みなのに強制引き籠り状態なので、ふらふらとするだけでも気分転換なるだろう。
何より、ここまでリアルでもゲームでも何かしらトラブルやらに巻き込まれてきたのだ。いくら私の運が悪いと言っても、もう妙なイベント事は打ち止めに違いない。
「……姉ちゃん、今フラグ立てた?」
「うん?」
弟が何か呟いた気がしたけど、気のせいだったろうか?
ま、いっか。
むしろ大絶賛酔っ払い中の姫翠がふらふらするだろうから、そっちに目が離せない。同じく酔っぱらってる姉は……いやこっちは大丈夫か。弟がなんとかするでしょ。
しかしギャンブルと言っても、どれも難しく見えるのだよねえ。
ルーレットは二分の一なら辛うじて当たるかもしれないけど、倍率が上がるともう無理だろうし、スロットは言わずもがな。他はルールがよく分からないので、やっぱり見てるだけか。
「ルールはウィンドウで確認できるよ?」
「それ見ながらとか初心者丸出しで逝ってこいと申すか」
「背伸びした子が来たみたいで、微笑ましく見られるのは間違いないかな」
全くその通りなんだろうけど、程よく腹が立ったので弟の脛を蹴り飛ばしておく。
うん、蹴った後に気が付いたけど私の足、金属製だな。痛覚設定を低くしていなかったのか何やら悶絶しているのが一名いるが、無視して通りを先に進む。
目的地に近づくにつれて更に活気が溢れ、どんどんと賑わっていく。
ちょっとPVに映ったりしたから面倒ごとに巻き込まれるかな、なんてテンプレを予想していたけど。さすがに自意識過剰だったようだ。
そして私たちは間もなく、カジノへ辿り着く。
辿り着いてしまう。
もし、時間が巻き戻せるなら。
私は、この時の危機感ゼロな私に、拳を一発お見舞いしていただろう。
何故、今日はもういいかとログアウトをしなかったのかと。
何故、どうせ何もしないというのにカジノへ行ったのかと。
何故、わざわざあんなフラグをぶっ立ててしまったのかと。
……私が人生最大の障害に激突するまで、もう間もなく。