#60 面倒な話は食事の後で
「それじゃあ今のに加えてエルル鳥の串焼き三点盛とニムド蛙の唐揚げとサンダマエルの煮つけにムーダのサラダ、あ、飲み物はエールを三つでお願いします。……って勢いで色々頼んだけど、姉ちゃん何か食べたいものとかあった?」
「いや、大丈夫。大丈夫なんだけど……」
まだ食う気か貴様、という言葉をぐっと飲み込んでメニューに目を落とす。
そもそも飲み物以外の料理名がイメージさっぱりで頼みようがないんだけどなぁ。どうにも虫っぽいのもあるし、下手に好奇心だけで頼めば地雷踏みかねないのでどーしたものか。
もし今頼んだのに虫とかゲテモノ類が入ってたら私は絶対に食わぬぞ弟め。その場合はそれこそ注文した本人に全部食わせてくれる。……平然としてる気がするケド。
「つかなんで蛙」
「食べて見たかったから!」
「エルフのイメージぶち壊しだなぁ……」
エルフって菜食主義じゃないのか、とは思ったが、よく考えたらこの世界でのエルフがどのような生活形態か知らなかったな、私。漫画やアニメでは普通に肉食ってるエルフもいるし、ここでもそうなのだろう。たぶん。
とはいえ掲示板を見る限りでは、不思議不可思議な料理は物珍しさに頼んでみるという人は多いようだ。現実のお金を消費する訳でもないので、折角ではあるしと色々頼んで当然の如く大惨事になるらしい。ま、それも醍醐味の一つか。
ふぅと一息ついて、なんとなく周囲を見渡す。
そこは、このAlmeCatolicaではかなり異質な空間だった。
明らかにその類のリアルスキルを持つ職人が手掛けたのだろう、外観はレンガ造りなのに中身は木造建築風。すだれや壁で区切られたテーブルが幾つも並び、畳の敷かれた個室も完備。壁には料理名と値段が"日本語"で書かれて貼られている。
廊下や厨房を、割烹着を着た店員が忙しく駆け回り、その慌ただしさを証明するように"店内"には多くの客の喧騒が響いていた。
かなりぶっちゃけると、居酒屋だ。
テレビで見るような居酒屋チェーン店の内装が、そのまま再現されていた。
現実とは違うところ……と言っても私は直接入ったことはないのでそこまで詳しくはないが、少なくとも他の席の様子や会話内容が詳細に"把握できない"ような仕掛けはないだろう。
そう離れていない筈なのに、しっかりと見て聞いている筈なのに、顔も声も頭に入ってこない。見方を変えれば地味にホラーな気もするが、プライバシーという観点からはなんとも心強い仕掛けである。
……ま、細かいことは気にせず話せると考えればいっか。
「にしても弟もよくこんな店知ってたね。調べたの?」
「いやいや、先にこのゲームを始めてた友達から聞いたんだ。この街で料理が美味しいところをね。で、他にも候補はあったのだけど、"話"をするならここがベストだったからここにした」
「他の店はこの……ジャミング? はないんだ」
「店舗の設備増設をして設定できるようになるとか何とか。でも、そこまでやるのにかなりの時間とお金が掛かるそうだから、まだ珍しいらしいよ」
なるほど。という事はこの店は設備を増やせるほど儲かっていると考えていいのかね。もしかするとダンジョン探索などでお金を稼いでいるのかもしれないが、そうでないなら料理にはかなり期待できそうだ。
「しかし弟がエール……お酒を頼むとは思わなかったよ。生徒会長なのにお酒飲んで大丈夫?」
「前に言ってたような、仮想空間での注意事項をまとめてる一環だよ。ゲーム内での飲酒に制限はないから、自分で飲んでどんなものかを確認しておかないと注意のしようもないしね」
そういえばそんなことも言ってたか。もうそれを聞いたのは随分前だったような……いや、高原に出た辺りだったっけ?
「正直、僕自身が飲んでみたかったというのは大いにあるけどね!」
「……いい笑顔で言うか中学生」
とはいえ未成年がゲーム内で"酒"を飲んだから現実でも、なんてスキャンダルは学校側も避けたい所だろう。しかしゲーム内でも現実の法律面でも問題なしとされている以上、禁止するには理由が必要だ。
なので多方面から調査しているとは聞いてたけど……人選間違ってない?
「学校側……というより校長や理事達としては、ゲーム内での飲酒は全面禁止として校則に載せたいとか言ってたよ。メーカーにも苦情ないし未成年用の制限設定の追加を要求したいらしいね」
「下手に厄介事起こされても困るからなんだろうけど。気持ちは分からなくもない」
これで事が起これば矢面に立たされるのは当の本人でも保護者でもなく、○○学校の生徒という形で学校がクローズアップされ、教師が教育不足だと非難される世の中だ。しかしだからと言って全部まとめて禁止というのは些か短絡的ではなかろうかと感じるのは私が子供だからなのか……さて。
「先生達も、ちゃんと対策立ててやれることはやりましたよって対外的にアピールできるし、裁判起こされても大丈夫なようにしておきたいみたいだねー」
「今から裁判対策かい。大人も大変だ……」
私としてはゲーム内で飲めなくなるのは困るので、せめて注意喚起ぐらいに止めておいて欲しいところなんだけどね。流石に全面禁止は泣ける。
……よし、ゲーム内通貨は飲み食いできる分に十分あるし、飲めるうちに飲んでおくか!
「姉ちゃん、すっごい不穏な気配するんだけど大丈夫? 頭とか」
「ハハハ――トリアート、GO」
テーブルの下、がぶっと躊躇なく脛に咬みつくトリアート。
弟の表情が石の如く固まったが、しばらくして再起動した。さて、一仕事したトリアートを私の隣の空いたスペースに座らせて、と。
姫翠は……うん、まだやってるな。そろそろ止めた方がいいのか? いつまでやってるつもりなんだろうかね、この"二人"は。
「そういえば、ゲーム内での世界観で年齢制限が無いのってなんでだっけ?」
「そりゃ色んな人種というか種族が入り乱れているからじゃない? 寿命も体のつくりも、そもそも生物じゃないのもいるし」
「あー……、言われてみればそうか」
そういえばL〇GOブロック風味な種族とか二次元とかもう阿呆なのがいた覚えがあるのだが、どうやって飲食するんだアレ。飲食ができないと面白みが減ってしまうので何かしらはあるのだろうけど、もしかして開くのかね。こう、ぱかっと。
――って、おや?
「お、流石に来るのが早いね。その辺りはゲームっぽいけど、時間掛からないのは有り難いなあ」
弟の言葉通り、注文してからさほど時間が掛からずに飲み物と料理が運ばれてきた。運んできたのは猫耳割烹着な女性のNPCなのだが、付けている名札にアルバイトと書かれているあたりが色々と凄いと思う。
どんなゲテモノ料理が来るのかと思っていたが、テーブルに並ぶ料理はどれも美味しそうで、香ばしい匂いが食欲をそそる。サラダや煮つけ、その他の一品物のどれもが完成度が高かった。
……ただ、唐揚げも色合いや匂いが良いのに若干悔しさを覚えるのは何故だろうか。解せぬ。
「じゃ、食べよっか」
「そうしよう。――だから姉さんも姫翠も、そろそろ私の頭の上の取り合いを止めてくださいね?」
「『…………』」
「ものっそい火花散っているんだけど」
「……食べよか」
「いただきまーす」
これから紗々沙さんから聞いた私の体の事とか、家の今後の事とか話はずなんだけどなー……。
いいのかこれで。
……いやもういいか。
あ、蛙がウマい。