#59 いつかあった光景をもう一度
待ち合わせ。
それは誰かと会うために場所と時間を決めて、相手が来るのを待つ行為である。
大人であれば面倒なアレコレがいろいろあるそうだけど、私のような学生なら友人や恋人とのイベント事のためにするものだろう。
――たぶん。
「はぁ……」
眼前の景色は日が沈む少し前といったところで、真っ赤な夕焼けが街を緋色に染め上げている。
ゲーム内といえども、黄昏時の街並みというのはどこかノスタルジックな気分にさせてくれるものらしい。
ここはAlmeCatolica内、プレイヤーからは"首都"と呼ばれる巨大な都市の中。
その中心にある噴水の傍に私は一人+αで突っ立っていた。
「買い物帰りの主婦に警邏中の衛兵、カジノに向かう護衛付きの富豪っぽいの……NPCだけでも見てて飽きないなー」
首をあまり動かさずに周囲を見れば、人、人、人と、人だらけだ。
流石と称賛されるべきかは知らないが、"首都"と呼ばれる街のど真ん中だけあって随分と賑わっている。
そんな彼らもリアルであれば単に主婦と警官と金持ちがいるだけなのだろうけど、ここは異世界風味なゲームの世界。先程見た主婦も尻尾と耳が生えているし、着ている服装なんて歴史の教科書や美術の絵画でしか見たことがないようなデザインである。ちなみに衛兵はまんま蟻だった。
そしてそんな彼らの言動は非常に精巧で、NPCの証であるグレーのマーカーが見えなければプレイヤーと区別がつかないぐらいには生き生きとしている。よく掲示板で見るNPCに惚れた人がいるというのも、なるほど、これは納得できる話だ。
……なお、このゲームのNPCには倫理観としてプレイヤーとは付き合えないとなっているらしく、交際や結婚のをお願いしても100パーセント断られるらしい。
現実の法律面でもAIとは結婚できないと制定されるそうだけど、人権侵害だと極一部で騒がれているのだという話もあったか。
「将来的にはSFのように人間そっくりのロボット……アンドロイドかな? 兎に角そんなのが出てくるのだろうけど、その時も似たような騒動が起こるのかねぇ」
いや、むしろそれは今まさに、現在進行形の話ではあるか。
何しろ発端は狂人氏ではあるが、その動力源として私が針を進めてしまったのだから何とも言えないところだ。
「――っと。飛行船か」
突然の強風に視線を上へと向けると、先日私も乗った空飛ぶ船が空の向こうに消えていくところだった。こうじっくりと眺めたことはなかったけど、かなりの加速で飛んでいったように見えたなぁ。ふーむ、あれは所謂重力制御でもやっているのかな?
また視線を戻すが、特に変わった様子は見られない。
飛行船もここの住人には慣れたものだろう、突風も気にせずに悠々と歩いていくのが大半だ。まだ見上げていたり、帽子が飛ばされたりしている残りはどこからかの旅行者か、もしくはプレイヤーかのどちらかのようである。
うん、なんか強風で翻ったスカートの中を覗こうと滑り込み、そのまま衛兵にするりと捕まえられえて連れてかれる馬鹿がいたが、誰も気にしちゃいないのはどーいうことだ。……まさかこれも日常ではないだろうな。
「で、こんどは鐘の音か。こっちにもあるんだな」
飛行船が通り過ぎる直前か、ほぼ同時か。
遠くから聞こえてきたのは、あの廃都でも聞いたような鐘の音だ。
ウィンドウを表示させて時計を見れば、長針が丁度真上を指してしたところである。道行くNPCもどこか早足になったので、やはりこのAlmeCatolicaでは鐘の音が時計の代わりとして使われているようだ。
「姫翠は……まだ駄目か」
今の私の恰好はあの巫女服ではなく、最初の街で買ったアイドル衣装を着ていた。それに加えて、ついさっきNPC経営の服屋で手に入れた大きめの帽子とケープを装備している。
で、そのケープの中に、なんだか人が多すぎてちょっと情緒不安定になってしまった姫翠がいるのであった。
「うーん、森暮らしだったから人が多いのは苦手かなとか思ってたけど……この子がここまで人混みに弱かったとは」
ケープで周囲から隠しつつ姫翠を撫でているが、表に出られるようになるまでには少し時間が掛かりそうだ。と言っても人が苦手というよりは、四方八方からの好奇の視線を気にし過ぎたというところだろうから、吹っ切れたらその内出てくるだろう。
なおトリアートは私の足元に鎮座しており、人混みだろうとなんだろうと変わらぬマイペース加減を発揮していた。この子、色んな意味で強いな……。
「しかし……向こうもなんでこんな場所、時間を指定したのだか。分かりやすいのは確かなんだけどねー」
特に用事もないからと、服を買ってそのまま来たのが悪かったらしい。どう考えても早すぎたね、こりゃ。
微妙に憂鬱な気分になりつつ姫翠をあやしていると、思わず長く重い呼気が漏れた。
「どしたの姉ちゃん、いきなり溜息ついたりして」
「……や、自分の無計画さとか色々嘆いてたところというか急に真横に立つな」
声のした方に振り向くと、そこには昨日も今朝も会った見慣れた弟の姿――とはちょっと違い、見慣れぬ弟が突っ立っていた。
背が高いのは変わらずだが、髪の色が柔らかい金髪で、かつ耳が長くなっている。
所謂エルフという種族だろう、普通に似合っていて眩しいというか腹立つなコヤツ。
「似合っていて怒られるとかなんて理不尽」
「だから地の分を読むな阿呆。で、弟はエルフで……それ、槍?」
エルフと言えば弓のイメージが強いのだけど、弟が背負っていたのはシンプルデザインな槍であった。唯一装飾らしいのは石突きの部分に宝石がはめ込まれているぐらいだろうか。
「どちらかと言えば杖らしいけどね。ATKもINTも上がる両立タイプなんだよ」
「器用貧乏……は、弟に限ってはないな。死ねばいいのに」
「だから何故に罵倒されるのか……」
弟の戦闘スタイルは前でも後ろでも活躍できるオールラウンダータイプなのだろう。下手な者がやればどちらも中途半端になって失敗する勇者型ではあるが、この弟であれば間違いなく使いこなす。
なるほど、こーいうヤツが気付いたら最前線でボスを相手に活躍していたり、女の子を助けたりしてハーレム築いていたりするに違いない。リアルで付き合ってる副会長と修羅場ってしまえ。
「あ。ちなみに僕、エルフじゃなくてハイエルフだからよろしくね?」
「根っからの主人公気質め……!」
おのれ人生の格差社会!
こちらとらレアかと思いきや地雷だったというのにコンチクショウ。
……いや、もうそれはいい。もういいのだ。
そんな今更なことより、先に聞かねばならないことがある。というか、弟の種族とか得物とかの前に聞くべきだったよ、これは。
「ところで弟よ」
「うん」
「……この、いつの間にか背後に立っていて、ついでにハグしてきている姉は一体何なのでしょうですかね?」
「……動揺して凄い日本語になってるけど、気持ちは分からなくないかな」
「…………♪」
気が付けばがっちり捕まってた不思議。
その表情を確認するまでもなく、今まで見たこと会ったことがないような上機嫌な雰囲気を醸し出しているのだけど、どーいう状況なんだろうね?
姫翠を抱く私、その私を抱く姉。うん、すっごくカオスだな。
「……とりあえず、だ。離れる様子がない姉は兎も角、揃ったし歩こうか」
「そうしようか。じゃあ、フレンド登録しつつ行こうよ。フレンド間ならプライベート会話っていうのが使えるのだよね?」
「らしいね。他プレイヤーからは会話内容も口の動きも認識できなくなる優れ機能。色々と話すことは多いし、せかっくだし使わせてもらおうか」
「僕らは今日親戚のところだし。それでもゲーム内なら直接話せるのは便利だよね」
そう言って、私と、弟と、姉とで歩き始めた。トリアートは空気を読んでか、斜め後ろで気配を消して付いて来てくれている。姫翠は……寝てるよマジかこの子。
しかし、ほんとこういうのも久しぶりだ。
姉弟三人揃って、のんびり歩くっていうのはさ。