#4-1 痛み
「……なるほど。フレンド間であればステータスの閲覧が可能なんですね」
「うん、それにどちらか1人が対応したスキルを持っていると、お互いに詳細なものが見れたりするの」
「詳細なもの……数値ですか?」
「残念ながらそこまでじゃないんだけど、装備してる武器防具の補正値とかだよ。スキルレベルが上がれば称号とかスキルの補正も見られるらしいって噂だけど、それはまだ眉ツバかな」
送られてきたフレンド申請に戸惑っていると、夢見さんが慌てて説明をしてくれた。設定で公開範囲は変えられるのもあるが、元々ステータスに大した情報がないこともあり一種の自己紹介代わりにもなるそうで。
「ほら、申請の”はい”、”いいえ”以外に”一時許可”ってあるでしょ? 一時許可ならゲーム時間で1日経てば自動解除されるから、みんな気軽に使ってるの。PKとか悪質なプレイヤーならステータスが赤く表示されるから、覚えておくと自衛にもなるかな」
「へえ……」
どうもこのゲームはマナーの悪いプレイヤーにとっては厳しところが多いらしい。PKも非推奨とあったし――ただし出来ないとは言ってない――、リアルに近い分他にもなんらかの制約は多そうだ。
ともあれまだフレンド申請が表示されたままなので、とりあえず一時許可をポチッと押す。すると瞬時にウィンドウが更新されて、夢見さんのステータスが表示された。
■ステータス
名前:七色夢見
種族:レインボーフェアリー
称号:虹橋を架ける者
所属:レインボーカーテン(ギルドマスター)
ATK:C
VIT:C-
INT:A
MND:B-
DEX:B
AGI:B-
LUK:B+
……なるほど、確かにこの情報量なら名刺代わりにはなるな。というか夢見さん多色すぎです。
で、だ。
うん予想はしてたけど。
ステータス高っ!
うわぁ、完全にトップランカーだよこれ。さっきの掲示板の情報が正しいなら"A"は特化型の先端らしいので、おそらく"レインボーフェアリー"とやらが魔術特化タイプの種族なんだろう。
かなり紙装甲なのは見て取れるけど他のステータスを見る限り、戦闘での役割は"機動砲台"と言ったところか。称号もユニークなものになってるし、かなりやり込んでいそう。
しかし、なんだ。
この”ギルドマスター”って気のせいか。……気にしたら負けかなー。
「あれ、このステータスって……」
「? 何かおかしいところでもありました?」
私のステータスを見て何か思うところがあったのか、うーんと唸る夢見さん。こてん、と首を傾げる姿が反則です。
もう一つウィンドウを開き、ささっと操作している。なにか掲示板でも見ているのだろうか。
……ん? なにか引っ掛かったような――
「……迷子?」
「――――――」
びしり、とそんな擬音が聞こえた気がした。自分から。
「……人生の迷子?」
「―――――――――」
さて、ログアウトボタンはどこだっt
「ごめんなさい調子に乗りました謝りますだからまってまってまってぇーっ!」
「ふふふ、だいじょうぶですよー。ちょっと青いとりをさがして来るだけですからー」
「無表情で言われると怖っ!? 青い鳥は自分の家にいたというオチだから行っちゃだめー!」
ぜえぜえ。
いかん、余計な体力もとい精神力を消費した。
「ぐすん」
「いや迷った私自身が原因ですから、そんな捨てられた仔犬みたいな目で見ないで下さい」
何故か夢見さんが半泣きになっていることはあったものの、気を取り直して話を戻す。
夢見さんがそれにしても、と前置きをして、
「一つ以外が全部D以上なんて初めて見たなあ。突出もしてないけど、全体的に底は高め。機械って魔法とか苦手かと思ったらそうでもないんだね」
「ファンタジー世界ですし、純粋なSFじゃなくて魔法と科学の産物とかいう設定では? もしくは古代のオーパーツ。PV見る限りではバベル的な遺跡とかありますし」
「あー、確かにファンタジーならではだよね。どちらにしても公式で種族説明ない時点で運営が鬼すぎると思うケド」
「確かに」
世界観の説明が大雑把だったり深すぎたりするゲームは多いが、その説明がどこにもないのは珍しくなかろうか。公式HPや説明書、各ゲーム誌の記事にさえも。リアルでの質問、ゲームからのQAにもまったく回答がなく、運営内の情報規制が徹底されているのが窺えるが……狂人氏がその情報を残さなかった為に、運営内でも把握できていないという噂もある。
ま、そこは私は興味ないし、専門家というか検証ギルド系が情報を日夜集めてアップしているという話なのでいいや。
「LUKに補正がないのは人工物だからかな?」
「私以外にも同じくLUK補正なしが既にいるみたいですし……ってもしかして」
そういえば、私と同じく無機物の種族をログインしたばかりの頃に見た覚えがあった。
「無機物、って言うと……"2次元"?」
「あれは無機有機もはや関係ない気がしますが。ではなく、所謂ゴーレムのような種族でした」
「ゴーレム……?」
「ええ――LE●Oブロック風の」
「……うわあ。流石パンドラ選択」
災が出て行くどころか詰め込まれているのは気のせい?
兎に角、あんなのがいるぐらいだから他にも無機物カテゴリの種族はいるのだろう。先に情報が出ていたのはそっちだろう。
「にしても、これだけ特徴的なら種族特性も尖ってそうだよねえ」
そう話すのは経験からか、フレンドに尖ったのがいるからか。
種族特性とはその種族だけが持つスキルで、その種族を表すものが多い。
「目からビームが出ないことを祈ります」
「腕が飛ぶかも?」
開発が開発なのでネタを仕込んでいることは確実だ。余りに変でないことを祈るしかない。
暫く、取り留めのない話が続く。この街の話、ダンジョンの話、偶然知り合った誰かの話。
……そういえば。
こうやって誰かと他愛のない会話をするのは、いつ以来だっただろう。
「…………」
自覚をしてしまえば、胸のあたりに圧迫される感覚が来る。
こんなところまで再現しなくてもいいのにと憤るが、精神的なものなのだから仕方がないという諦めも合わせて思う。
――痛い。
ずきり、ずきりと自分の芯とでもいう辺りが押しつぶされそうになっているような、そんな錯覚。
黒く、霞かかった記憶を追いやるように目をきつく閉じた。
……大丈夫。大丈夫だ。
そう何度も、他ならぬ自分自身に言い聞かせる。
「……は、ぁ」
徐々にではあるが、荒くなっていた息が落ち着いてきた。
目を開ければ、見えたのは足元。どうやら無意識でくの字に曲げた体勢になっていたらしい。
ゆっくりと体を起こすと、どこか呆然としたような夢見さんと目が合う。
「……か、カナタちゃん?」
「ごめんなさい、ログインしてから歩き通しだったので……少し眩暈がしただけです」
とっさに嘘を付いてしまったが、仕方がない。
ここはリアルではなく、せっかくのゲームなのだ。この黒いモノを含め、向こうの事情を持ってくるべきではない。
「―――は」
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。潮の香りが混ざった静かな空気。
万全とは言い難いが、歩き回る程度には問題はないだろう。
「だ、大丈夫なの?」
「ええ、落ち着きました。不思議ですね、ゲームなのに疲れる感覚があるって」
どこか焦りを帯びた声色の夢見さんに、もう大丈夫だと告げる。
その表情に対して申し訳なく思うが、どうしても目を逸らしてしまう。
……行こう。
臆病だとは自覚している。
それでも、少しこの暖かさから距離を取りたいと思ってしまった。初対面なのに、現実ではない場所で、他人に甘えたくなってしまう。
だが、それではいけないのだ。
彼女は友人も多いようだし、私のようなのを相手にするよりずっといいだろう。
内心に喝を入れてベンチから立ち上がり、静かに深く息を吸う。
先程もそうだったが、深呼吸はたとえ仮想空間でも有効のようだ。少しだけだが、気分が軽くなる。
「すみません、私は、そろそろ――」
行きますね、と言おうとして、
「決めたっ!」
「ぅ?」
唐突に、前触れなく、大声が響くと同時に夢見さんが立ち上がった。
ベンチが軽く浮く勢いで起立した夢見さん。何を思ったのか、がしっと私の手を引っ掴む。
そしてそのまま歩き、いや、全速力で走り始め、急速に視界が流れ出した。わき目も振らずとはこの事か、どんどん速度が上がっていく。
「え、ちょ……!」
――って、無理!
待て待って待ってください!
こちらも足を動かしているの、だけ、どっ!?
DEXがBとD-では差があり過ぎなのでこの速度は色々マズぃぃぃいいひゃぁあああ――……
「こらーそこの虹色ー、後ろの子死の戻りさせたらしょっ引くわよー」
「えっ――あ、ああっ! カナタちゃーん!?」
「…………きゅう」
たまたま通りすがったGMが声を掛けてくれたが、時すでに遅し。
ようやく止まってくれたのは、私が精神的には大ダメージを受けた後であった。
ふ、ふふ、これはあれだね、ジェットコースターなんて生易しいのではなく、単なる拷問ですね?
これがステータスという暴力か……ぐふっ。