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#56 嵐が過ぎ去った後の

「ええと、待ち合わせの場所は、と」


 あらかじめ伝えられていた住所に向かう為、私は雑踏の中を早足で進んでいた。

 空には雲ひとつなく、すれ違う人たちもなんとなく暑そうにしているが、建物の影を選んで歩けば割と風が涼しいものだ。


 それにすぐ隣に小さな川が通っていて、さらさらと清水が流れている。

 その中を軽やかに泳ぐ小魚や、どこかで鳴る風鈴の音を楽しめばあまり気にならない――はずだったのだけど、すぐ傍の店の看板に"かき氷アリ〼"との文字を見れば何故か気温が急上昇したかのような錯覚を覚え、かき氷を食べたくなるのは何なのか。私の情緒を返せチクショウ。


 とりあえず待ち合わせがあるのでかき氷が泣く泣く断念し、先を急ぐ。

 しかし裏道のような通りとはいえ専門の店が多いからか、人が多いのなんの。まあ、かくいう私も珍しい品物が多いので、目移りしてしまって微妙に遅れているのだけども。

 なにしろ店頭に置いてあるのは、


「ロングソードにハルバード、ダガーと普通のから円月輪に釘バットおまけにパイルバンカーと。……バンカーはちょっと欲しいな」


 どんなプレイヤーが作ったかは知らないが、なんとも遊び心が豊富な人が多いようで。

 お、あっちはレア素材を使った着ぐるみか。……着ぐるみはいいんだけど、なんでこの炎天下で全身着込むようなもの置くかな? しかもデザインはペンギンでサンタ帽装着仕様。南半球のクリスマスじゃないんだから。


「っと、ペンギン見てる場合じゃないか。あー、こら姫翠、勝手に行っちゃだめだよー。で、後はここを曲がって数件いけば――」


 とまあ、そんな風に。

 ちょっと懐かしい気分になりながらログインしたAlmeCatolicaで、滞っていた用事を済ませに走る私であった。



*****



「おお、久方ぶりで御座る」

「お久しぶりです」


 まあ正直"久しぶり"というほど日は経っていないのだけど、時間が倍になるゲームをしていればそんな感覚にもなるか。

 特に私にとってはあれから"色々"あったから感覚的には久しぶりで間違っていないしね。


 待ち合わせの場所――大通りから少々離れ、狭い路地を進んだ先にある喫茶店。

 そこに入ると既に忍者が座っているのが見えたので近づき、挨拶を交わした。洋風の茶店なのに、完全和風の忍者が緑茶飲んでいるとか凄い絵面である。

 ボードに掛かれているメニューを確認し、本を読んでいた初老の店主にコーヒーと少量のミルクを頼んでから席に着く。


「すみません、連絡を頂いていたのに遅れてしまって」

「なに、元々こちらの事情故。……もしかして、忙しいところを呼び立ててしまったで御座るか?」

「いえ。私の用事は一先ず落ち着いたので、大丈夫です」


 挨拶もほどほどに、私が頼んだばかりのコーヒーと小さなカップに入ったミルクが運ばれてきた。

 コーヒーでこの早さはインスタントか、と思うぐらいだけど、しかしその香りは確かなものだ。ゲームらしいと言えばらしいが、実はその辺りは店……というよりNPCによって違うとのこと。魔法っぽいものを使って簡略化して作るタイプと、しっかり時間を掛けて作るタイプと。


 実際味に違いはないらしいので私は気にしないのだけど、それよりも私――いやプレイヤーから珍しいと思われるのは、


「……店員が猫耳割烹着ですか」

「た、他意はないで御座るよ?」


 この店の指定は忍者だったが、なるほど納得。

 それになんで緑茶があるのかと思っていたけど、メニューもよく見れば和風のものが混ざっていた。店内に置いてある小物も和っぽいデザインの物が多いので、店主が気に入っているのだとかそんな理由なのだろう。


 更によく観察すれば、今コーヒーを持ってきた猫耳割烹着は尾が二本あるので獣人ではなく幻想系の種族か。揺れる尻尾と小刻みに動く耳は遠目からでもふわっふわしていると分かり、正直ものすごく触りたい。


「……しっぽ、いいですよね」

「……ねこ耳、いいで御座るよな」


 私と全く同じ方を見ていた忍者と、無言で力強く握手が交わされた。

 何やら姫翠と猫又店員の視線が絶対零度な気がするが、そこはあえてスルーさせていただこうか。


 ……来年は絶対に美化委員(猫担当)に入ってくれる。

 ひそかな野望を抱きつつ、お互いに飲み物を飲んで仕切り直しだ。


「さて、ではお先に。これらが交換する品で御座るよ」


 忍者がテーブルの上に置いたのは一つ――いや、二つのアクセサリが一つに組み合わされた"髪飾り"だった。


 なめらかな光沢を映す金色のリボンと、白銀の……なんだろう? 流線型の、丸みを帯びた機械のパーツっぽい何か。

 ウィンドウに表示されているアイテム名に"髪飾り"との文字が無ければそうとは判別が付かなかったに違いない。


「……これは?」

「うむ、なにを隠そう、これはカラクリ娘の頭部にあるアンテナの追加パーツだそうで御座るよ」

「またピンポイントなものを……」


 よく観察すれば細かな刺繍とフリルが施されたリボンは淡く光を放っており、鱗粉の様な光の粒が拡散している。実際に触れてみれば、見た目を裏切らない優しい肌触りだ。

 パーツも同様に美しい意匠が凝らされていて、どのような素材を使っているのか光の反射によっては透き通って見えた。物は掌に収まらないほどには大きいが、しかし見た目に反して羽根でも持っているかのように軽い。

 そして性能を確認すれば、全属性耐性(ちょっと待て)全状態異常耐性が増加(性能おかしくないか)という仕上がりになっていた。


「……これは、本当に受け取っても良いのですか?」

「作った本人も調子乗り過ぎ(やらかし)た、とは言っていたでは御座るが。とは言え、ここまで狙った意匠ならばもはやカラクリ娘にしか装備できぬ代物で御座る。遠慮なく受け取って欲しいで御座るよ」

「ええー……」


 たまたま拾った落とし物なのに、ここまで高価な物だと非常に受け取りにくい。

 さてどうしたものかと考えて――ふと良さそうな案がぽんと浮かんできた。


 頷きを一つ、アイテムボックスを開く。

 そこから取り出すのは、忍者の落とし物というアクセサリと、水晶の森で拾った鉱石を数点。並べるように、テーブルの上に置いた。


「ぬ? そちらの素材は某の物では――」

「そのアクセサリと一緒に拾ったものです」

「え、いや、」

「一緒に拾ったものです」


 言い切って、ずいっと全部まとめて押し出す。

 それに対し数秒忍者が固まっていたが、しばらくして、何かを諦めたのか長い溜息をついた。


「……意外と強情で御座るな、カラクリ娘」

「性分なもので」


 釣り合っているかは分からないが、先にヘンなトレードを提示してきたのは向こうなのでこれでいいだろう。

 トレードを成立したのを確認し、さっそく装備してみる。


 えーっと、どう付けるのだろう? 鏡か何かがあれば――ってそうか、装備欄からぽちっとボタン一つで一発解決っと。


『おおー、きらきらー』


 鏡が無いので自身で見れないが、姫翠が素直にきらきらした目で見てくるので悪くはなさそうだ。

 しかし……なんだかこう、姫翠の目線が髪飾りというより私の頭全体に行っているけど、なして?


「流石というべきか、あの御仁の観察眼は確かで御座るなあ」

「そんなに目立ってます?」

「品そのものも見事で、なによりそれが光ることでカラクリ娘の髪が輝いているように見えるで御座るな。その巫女服と合わせて神秘的な雰囲気になっているで御座るよ」

「……なんですかそれ」


 神秘的。

 しんぴてき?


 言われた言葉に首を傾げる。

 何故か忍者にも姫翠にも、ついで猫又店員からも首を傾げられたが、そんな反応をされても私が困る。

 今まで髪に関して褒められたことが無いしねー。ゲームとは言えど、残念ながら違和感しか感じない。まあ、価値観は人それぞれで、ということで。


それから雑談として話題になるのは兎様の事だったり、あの廃都でのPVまでに何があったのかとか。主に私の事ではあったが、返しとして水晶の加工ならどこそこの店がいいやら、廃都や塔のことなら図書館よりも考古学系のNPCの方が情報はありそうだとかを教えてもらった。

 なんというか、やはり人が良い忍者である。


 ふと、コーヒーがなくなったところで時計を確認すると、丁度よい刻限となっていることに気が付いた。


「ああ、そろそろ――と、いいタイミングで」


 私にしか聞こえないアラーム音が聞こえ、これまた私にしか見えない半透明のウィンドウが表示された。

 内容は見なくても知っている。思っていたより会話が弾み楽しめたので、それ故に残念ではあるが――


「どうやら用事があったで御座るか」

「用事といえばそうなのですが」

「ふむ、確かに今日は平日(・・)で御座るからな――っと、詰まらぬ言葉で御座った」

「いえいえ」


 こればかりは説明が難しいのが何とも。

 手を上げて店員を呼び、会計を済ませてしまう。忍者が私の分まで出そうとしたけど、拳を構えた私を見て引き下がってくれたので何よりだ。すみませんね、性分なもので。


「では、またどこかで」

「うむ、またどこかで」


 言って、ログアウトを選択する。

 一瞬の浮遊感の後、世界が真白に塗りつぶされて、



*****



 目を開けると、真っ白な天井が見えた。

 外は快晴らしく、差し込んできた光に照らされて目がくらむ。 


「―――……」


 何度か目をぱちぱちとさせていれば、だんだん慣れてくる。

 白い天井に白い壁、ついでに白いドア。白い清潔な布団を被り、これまた白い服を着ている私がいる。その私から伸びているのはVRハードのコードと、点滴のチューブ。


 病院だ。


「戻りましたか、彼方さん」


 声の方に首を向ければ、こちらを覗き込むようにして立つ白凪さんがいた。

 開いた窓からの風で、着ている白衣が揺れている。


「久しぶりのゲームはどうでしたか?」

「そうですね、現実よりゲームのほうが体動かせるというのが変な感じです」

「……ちゃんとこちらでも元通りになりますよ」


 少々意地が悪い返し方だったろうか。

 笑みで言えば、それが"私自身に対する皮肉"だと気づいたのか苦笑される。


 しかし、手に持った携帯端末には私の精神状態も含めたバイタルが表示されているはずだけど、わざわざ聞いてくれる辺り相変わらず律儀な人だと思う。


「それでは、今日の分の検査とリハビリをしてしまいましょう。昼過ぎにはお姉さんも来るそうですし、外で散歩でもしましょうか」

「ええ、お願いします」


 外を見れば、晴天の空の下、鳥が飛んでいくのが見えた。


 あれから一週間。

 私も含め、色々と忙しい日々であった。


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