#52 空の上での乱痴気騒ぎ
荒れ狂う風。
芯まで轟く咆哮。
全てを喰らわんとする咢。
まるで槍の如く飛来する光弾。
そして――その中を奇声と共に飛ぶプレイヤーたち。
「イィィイヤッホォオォゥ!!!」
「ひぃぃいやっっはぁぁぁ!!!」
「今、ここに、俺が飛んでるぜぇぇ!」
「フハハハハ、一狩り行こうかぁぁ!」
「……あー」
おい一人落ちたぞ。
あ、こら姫翠、見ちゃいけません。手を振ってもいけません。
ほらまた一人、翡翠に気を取られて喰われたプレイヤーが増えたじゃないか。私は悪くない、悪くないぞー!
……ともあれ。
もはや事態はカオスというか狂乱というかお祭り騒ぎというか、完全に収拾がつかなくなっていた。
混ぜろと飛び出してきたプレイヤー達であったが、しかし単に頭がおかしいだけではなかったのだ。
最初に目が合った時に呆然としていたように見えたけど、実はもうその時点でおおよその当たりは付けていたらしい。即座に手にしていた盾や、何らかの素材だろう板状のアイテムを取り出すと、あっという間に風を乗りこなして見せたのである。
メインは巨大な飛行船とエリアボスの竜であるはずなのに、それより目立っているってどういうことなの。
……一部そのまま落ちたのは気にしない。なんで重装フルプレートで飛べると思ったし。
「や、それでも個性に溢れすぎている気がしなくもないけどね!?」
うん、なんだ、乗っているモノがどう考えても斜め上なのが何名かいるのが気になって仕方がない。
だから姫翠も目を輝かせないー。
彼らが乗っているモノ、それは、
――多種多様な盾。
私も使っているのでわかる。
――板状の素材系。
木材だったり素の鉄版だったり、生産職だろうからわかる。
ドアが乗り物かは置いておいて。
――サーフやスノーなどのボード類。
何で今持っているのかは兎も角、趣味だろうからわかる。
――小型船。
発想的にはわかるけど、重量的に風に乗れていることに驚きというか。……よくアイテムボックスに入ったなぁ。
で、楽しげなのはいいけど後ろの相方が死にそうな顔してるけど大丈夫か?
ここまでは、普通だ。たぶん。自身の職とか趣味を生かしていて、大半のプレイヤーはその辺りだ。他には種族特性として羽根を持っているプレイヤーはそのまま飛んで、とか。ただやはり風が強いからか、虫系などの羽根が薄いタイプはちょっと難しいみたいだ。
問題は、それ以外。
――凧。
おいそこの全く忍んでない忍者。
紐が飛行船と結びついているけど、なぜにそれで安定して飛べているんだ。回避率が地味に高いのが腹立つ。
――丸太。
いいのか。それでいいのか開発。
それで飛べるかと試した方もどうかと思うのだが、頭大丈夫か胴着の人よ。で、やはり回避率高いのはなんでだ。
――プレイヤー(褌仕様)
…………見なかったことにしていいだろうか。
満面笑顔の褌漢を乗りこなす、爽やか笑顔の海パン漢。しかも双方超筋肉。いやほんとなんだこの悪夢に見そうな絵面。
変態が変態に乗って変態軌道で竜を翻弄しているという、なんとも正気度がゴリッと削れる光景である。
「自由人が多すぎる……!」
「ちょっと待ちなさいそこのロボっ子ー! あの変態達と一緒にしないでくれるかしら!?」
思わず叫んだら、どこからか抗議の声が返ってきた。
どこからと探せば船の甲板上、そこから弓で狙撃している女性がいた。
いた、のだけど、
「……ま、まほうしょうじょ?」
いろんな意味でショッキングなピンクがそこにいた。
まず目に入ったのは衣装。ふりっふりでふわっふわな服は、子供向けのアニメで見るようなデザインである。手に持った弓はファンシーな装飾が施されていて、しかもご丁寧に使っている矢も先端がハート型だった。
履いている靴も持っているバッグも同じ系統のデザインと色で、そして止めに髪も桃色ツインテール(謎の光沢入り)という気合の入れっぷり。
これが、この格好をしているのが幼女などの小さい子であれば、まだ似合っていると言える範疇だっただろう。
だが、そんなファンキー、否、ファンシーな恰好をしているのは、たぶん同年代ぐらいであろう少女だったのである。
「自由過ぎる人が多い……!」
「な、なんですのその感想は!?」
驚かれることに驚きなんですが。
今も周りを見渡せば、ドヤ顔で舞う筋肉とか中二病とかがいるのだ。というか、よくよく考えたら私が来る前の船の中が実はモンスターハウスだったことに戦慄する。
ついで、目の前にいる魔法少女に更なる感想を付け加えるなら、
「変態は本職が何かと思うぐらい無駄に洗練された動きで飛んでいるのに、魔法少女が飛んでいないなんて……!」
「残念がるのはそこですの!? 空を飛ばない魔法少女もいますわよ!」
「一番残念なのは年齢かな!?」
「無害そうに見えて結構外道入ってますわロボっ子……!」
そんなやり取りをしていると、また光弾が私めがけて放たれた。今回は4発・3発・6発と時間差での射撃。
しかし、それらは私に届く前に落される。さっきの魔法少女(仮)の矢だったり、忍者の苦無だったり、何らかの魔法やら衝撃波やらだったり。中には高速の弾をすれ違い様にぶった斬るなんて芸当をやるプレイヤーもいて、よく考えたら初めて見る他人の戦闘光景に驚くばかりだ。
斬ってから爆発する前に離脱とかできるんだなー……。あ、衝撃波の発射源が筋肉なのはもうスルーの方向で。
なんだか意地になっているのか、竜もほとんど私しか狙ってきていない。行動パターンも単純で、眼前への噛みつきか全方位への風圧放射、私への光弾ぐらいである。そうなると見た目やら言動やらは兎も角、高レベルらしいプレイヤー達にとっては格好の的でしかなかった。なにしろ巨体故に小回りが全く利かないのだ。遠距離がメインで絶え間なく撃ち込み、隙あらば近接系が大技を叩き込んでいく。
残りHPは不明だけど、誰かが「かなり削ったぞ、発狂気を付けろよ!」と言っているので、既に半分は切っていると思ってよさそうだ。
流れ弾が船に直撃するのが怖いのであまり近づかないようにしつつ、"道"を滑っていく。竜も船に射撃や体当たりをしてくることが今のところはないので大丈夫だろうけど、それでも注意しておくに越したことはないし、ね。
「おーいロボっ子、まだいけるか?」
そう声をかけてきたのは、あの私と目が合った男――改めて見れば、これまた同年代ぐらいと思しき少年だった。彼は器用に"道"を滑り、私と並走する。
どこぞのマジカルガールとは違い、その少年の恰好は普通――ではなく、このファンタジーな世界観からすれば異質な出で立ちをしていた。なにせジーパンにワイシャツ、その上から黒のコートという現代風の服装で、それにアーミーナイフを巨大化したような剣を持っていたのである。似合ってはいるけど、これだと街では違和感が……ん、あれ、アイドルとかいるし、そうでもないか? 本人が気に入っているならいいか。どことなく中学二年生的なアレなにおいがするケド。
にしてもさっきの魔法少女もそうだったけど、風が荒れ狂う高空でしっかりと会話ができるとは何とも便利なものである。変なところでゲームっぽくなるのには、何か基準でもあるのだろうか?
それはそれとして彼への回答だけど、
『まだまだいけるぜー!』
「……だ、そうです」
「お、おう」
私としてはHPもMPも消費していないから、変に集中を切らさない限りは大丈夫だ。スキルレベルもかなり上がったので、竜の攻撃も姫翠の迎撃と合わせれば避けられるはず。……ただし相手の発狂度合いにもよるが。
「……んー」
しかし……今の戦闘とは関係ないことで、少し気になっていることがあった。
隣の少年を見て、甲板上の少女を見て。うーん、と記憶を探る。
「お? なんだ、俺とアイツがどうかしたか?」
「いえ、なにも」
空廻っていた思考を落ち着けるために、頭を振る。
どこかで見たことがあったかな、なんて思ったけど気のせいだろう。なにせ直に他のプレイヤーと話すなんてストゥーメリアさん以来なのだ、こんな間近での会話だから変に勘違いしたに違いない。
気持ちを切り替え、さてここからどうするかなと考えていると、隣から不思議そうにした声をかけられた。
「そういやロボっ子、さっきから攻撃してないが貢献度はいいのか?」
「……貢献度?」
言われた単語に首を傾げる。
そんな私を見て少年が微妙な顔をして固まったが、そんなに変なことなのだろうか。……仕方がない、聞くは聞かぬはともいうし、他のプレイヤーに迷惑掛けないうちに聞いておこう。
『なにそれー?』
姫翠が。
おい私。
軽く死にたくなったけど、察してくれたのか苦笑いをしながら少年が話し始める。
いや、その前に。頭上と真横、時間差できた光弾を紙一重で避けた。
ようやくコツが分かってきたというか慣れてきたというか。この光弾は意外と当たり判定が小さい。それでもホーミング入っているので大きく回避行動をとることはせず、ギリギリまで引きつけてから思考拡張を一瞬だけ発動すれば安定して回避できるようになってきた。
1、2、3と避けて後は周囲からの迎撃で空に華が咲く。
パターン入ってる感あるけど……うわぁ、すごい怒ってるね。いつ発狂きてもおかしくない雰囲気だなー、やだなー。
時間がなさそうなので続きを促し、話を聞く。なんとなく語感で分かるけど貢献度とはなんぞやってね。
「想像はついてるみたいだが、どれだけそのボス相手に功績を上げられたか――役に立ったか、ってことだな。単純なところなら攻撃や回復だが貰えるものは少なめで、全体を指揮するだの弱点を見つけるだのなら多くもらえるのが普通だ」
「……ああ、あの甲板の上で誰も聞いてないのに頑張って指示飛ばそうとしてるのは」
「この祭りの中でまともな指揮取れる奴なんてレアだからなー」
どれだけ変人奇人が多かろうが、今孔明なんてそうそういるはずがないということか。現実は厳しいなー……。
「話し戻すが、稼いだ貢献度に応じて報酬が貰えるぞ。いくら稼いだかによる個人的なのと、参加メンバーでのランキング的なのでそれぞれ、な」
そういえば水晶竜の時も皆、報酬を貰えたと言っていたな。あれも演奏したことにより貢献度を稼いでいたってことかね。
ちなみにエリアボスとレイドボスとの違いはリポップするかという事と、討伐に必要な人数の桁が違うという事だとか。確かにwikiとかで過去のレイドボスの情報を見たけど頭おかしいし、あの水晶竜も戦っていたら固い上に超火力とで完全に消耗戦になっただろうしなあ。
エリアボスもかなりの人数でボコることも可能なんだけど、その分各個人での貢献度の割合が雀の涙になるので、報酬も悲しいことになるから誰もやらないそうだ。
「とまあ、そんなところだ。ロボっ子はヘイト稼いでるから貢献度もその分多いだろうが、それ以外に何もしてなかったから気になってな」
「ああ、それは――」
と、今度はこちらから一言で説明しようとしたところで、誰かの声が響いた。それはさっきまでとは違う、焦りを含んだ声。
それと同時、背筋に恐ろしく冷たい何かが突き刺さったかのような感覚が走る。
あ、これは、絶対にマズい。
「おい、発狂来るぞ――ってマジか!? やべえ、避けろロボ子ー!」
その警告の直後、極太ビームが空を割った。