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#49 大地の傷と後ろに立つもの……え?

 緑の大地に刻まれた、えぐれたような痛ましいほどの長大な傷跡。

 どのような力が働けばこれだけの事象が引き起こせるのか、全く見当がつかない。ずっと見ていると、その奥底に引き込まれそうになると錯覚する生々しさがあった。


「これは……すごいな」


 対岸――と言うのだろうか? 裂け目の反対側までの距離は遠く、おそらく100メートル以上はあるだろう。当然これではラビットジャンプでも届かない。

 では、と横を見るが"傷"はずぅっと先の先まで伸び続いていて、一応遠くに行くほど幅は小さくなっているようだが……それでもその先端にたどり着くまでに日が暮れそうな気がする。


 なら下は――となると実はこれがなにより問題なのであった。

 恐る恐る下を覗いたが、底は見えない。光の加減もあるのだろうけど、目に関しては妙な機能が色々ある私でも暗い影の先は見通すことが出来なかったのである。

 しかし一番の問題そこではなく、


『おおー、いっぱいいるー』

「……大群だねぇ」


 大きな裂け目の下、の然程ここから離れていない距離。

 大地と大地の間のそこを、無数の影が走っていた。それ(・・)は大きく翼を広げ、裂け目の間を矢の如く駆け抜けて行く。遠く、裂け目から飛び出したそれ(・・)は一息で高空まで舞い上がり、雄々しい姿を見せて山々の中に消えていった。

 そのシルエットはどこをどう見ても、


「…………竜だねぇ」


 空に飛んでいるのよりも距離がかなり近いため、その姿がはっきりと見える。やはり大きさはあの水晶竜よりかは小さいけど、それでも私から見れば十分大物だ。そしてそんなでっかいのが一匹や二匹どころではなく群として、それも"近い"と言える距離にいるのだから思わず三度見するぐらいには驚いた。

 その竜は翼が発達しており、初見のイメージ通り飛竜の類。体型がどこか飛行船に似ていて、もしかすると飛行船のデザインは飛竜が基なのだろうか?


 竜は断崖の影に住処を作っているようで、木材を集めてできた鳥の巣の様なものがいくつもある。中にはそこから飛び立った竜や、逆に反対から帰って来たらしい竜も見えた。


「竜の谷、というべきかな。あれと同じぐらいの大きさの鷹っぽいのも空にいたはずだけど……」


 空を飛んでいる生物は大雑把に言えば"竜"か"鷹"の二種類で、だがここには"竜"しかいないようだ。姿が見えないのは単に鷹が崖に巣を作る習性が無いからか、もしくは互いに仲が悪いからか……どっちだろう?


 いや、それよりも。

 あの飛竜を見ていて気になる点がいくつかある。まず一点目が、


『くもー』

「うん。飛行機雲、だね」


 空を飛んでいる竜や鷹は飛行機雲を発生させて飛翔しているが、下にいる竜たちも同じように雲を伸ばして飛んでいた。そのため崖下は雲がやたらと多く、まるで霧に覆われているようにも見える。

 うーん、記憶では飛行機雲は低空だったり水平飛行だと発生しないと聞いた覚えがあったのだけど……間違いだったかな。


 まあ、そも飛行機雲の原理なんて詳しく知っている訳じゃないからいいのだけれど……その疑問のお陰で見つけた気になる点のもう一つ。

 それは最初、このエリアに来た時から感じていた違和感。

 空を飛ぶ飛竜や鷹を見て、感じていたおかしさ(・・・・)


 その正体は、


「……やっぱり。あの竜、羽ばたいていない(・・・・・・・・)


 現実の鳥でもよく見ればあまり羽ばたいていなかったりするのだが、それでも全く動かさないということはない。高度を上げたり向きを変える際には翼を動かして制御しているものだ。

 だが、あの竜は裂け目から飛び立つ出して高度を上げる際も、空で向きを変えたりする際も、"羽ばたく"という動作は一切行っていない。唯一は巣から飛び立つ瞬間、もしくは降り立った時ぐらいである。


 かちり、かちりと歯車が嚙み合っていくような感覚が頭の中にある。


 ……そもそも。

 もっと早く気付くべきであった一番の違和感は"本当にここが単なる渓谷なのか"ということだったか。


 最初の街のすぐ隣にあるくせに、ボスクラスのモフモフが沢山いる森だとか。

 一日の僅かな時間しか水が引かず、しかしその引きが新マップに繋がる鮫天国な川だとか。

 誰もいないかと思ったら、ばったり最後の住人レイドボスに遭遇する廃都だとか。

 歌うと生えた光り輝く樹の形をしたダンジョンだとか、それを見て何故かポエム語りだすGM――は違うな。


 兎も角、そんなAlmeCatolicaの基礎を作ったのは、あの狂人氏。

 そしてそれをゲームとして調整したのがあの開発陣なのだが、世界観は狂人氏が手掛けたものなのでこの渓谷も彼の設計したもののはず。どのみち普通じゃないことは確かだ。ただ飛竜や物騒な鷹がいるだけのマップなのか――ということである。


 羽ばたかなくとも優雅に飛んでいる竜や鷹。


 低空などの特殊な条件でも発生している飛行機雲。


 姫翠が警告していた身動きすら取れない風の吹く場所。


 極めつけは――セーフポイントに鎮座していたタワーシールド。


「……いやほんと、正気か狂人氏も開発も」


 ここまでくると答えは一つぐらいしかないだろう。

 いや、もしかすると、こう変態的かつ変則的な何かを思いつく紳士淑女はいるのだろうけど、生憎私はそれ(・・)しか思い浮かばなかった。


 思い浮かんだのだけど……え? つまりここで使えと?


「……………えぇぇ」


 飛翔している竜との距離は近いと言っても空と比べての話。目測だが、ここから竜が飛んでいる位置までは地上10階ほどの高さはあると思われた。

 しかもそれは竜までの距離なだけで、実際目に見えている"高さ"は推測不可能なのである。高所恐怖症という訳ではないが、底が見えないのは流石に怖い。


 それに、おそらく正解と思われる考えはあるのだけど、単に憶測を重ねて正解だと思っているだけかもしれないので十分に失敗する可能性はある。いくらゲームで、かつ痛覚もかなり軽減されているとはいえ、ミスした時はほぼ確実にトラウマになるのは間違いない。失敗すれば果ての見えない奈落の底へ一直線かー……。

 嫌な想像をしてしまったので頭を振って追い出し、現状を再確認する。


 道が崩れているとはいえ、行く先がこの裂け目の向こうであることは確かだ。つまりどうにかして渡るしかないのだが、どう考えても失敗する可能性しか見えない。リアルでもその類の遊びやらスポーツやらはやったことないしなぁ。

 いや、待てよ?


「一度あの風が吹いてるところまで戻るのもアリだね」


 風が吹いているところ、あの蛇が食われていった場所まで引き返すとなると面倒ではあるが、少なくともここより無難なのは確かだ。すぐ近くにセーフポイントの小屋もあるし――って、もしかして元よりその為にあの小屋にタワーシールドを置いていたのかな?

 もっと早く気が付いていればよかったのか……。


 よし、方針は決まった。

 さあ再びあの小屋へ行くためにここを――――


「……………ん?」


 離れようとして、気が付いた。


 今の私は裂け目のすぐ傍でしゃがみ、下を覗き込んでいる。足元にはトリアート、姫翠は肩の上という布陣だ。

 周囲は裂け目がある以外は今まで通りの平原で、特に大きな木や岩などは見当たらない。空も晴天で、線を描く飛行機雲以外は太陽を隠すほどの雲は見当たらなかったはずである。


 ……さて、そんな私がなぜ影に覆われているのだろうか。


 隣を見れば姫翠が良い感じに何かを諦めたような表情で遠い目をしており、トリアートに至っては既に私の服を嚙むという準備完了っぷりである。

 なんだろう、この「後ろ! 後ろ!」と場外から聞こえてきそうな雰囲気は。


 意を決して、というより何だか凄い虚脱感を覚えながら、ゆっくりと後ろを振り向く。

 そこに、いたのは、


「…………」

『…………』

『…………』


 鷹だった。

 でっかい鷹だった。


 私の後ろ、ほんのわずかな距離に、いつの間にかバカでかい鷹がいた。


 いやいや待とう、目に前にいるのは本当に鷹だろうか。何しろよく見れば足とか体の一部は硬そうな鱗に覆われていて、ものっそい凶悪な爪と嘴がキラリと光っているのだ。ついで羽根も金属の様な輝きがあり、一言で表すなら"強そう"という感じだ。

 ……ああ。鳥類じゃなくて、もしかしなくとも竜種でしたか。


 にしても、いや本当いつの間に現れたのか。多分この辺に"風が吹く場所"が下以外にもあったと思われるが……今回も、よく思い返したら前の時も無音で接近してきていたので、元よりそういうスキルを持っているのだろう。

 この明らかに強Mobな雰囲気を漂わせているのにこっそり降りてきた挙句に背後を取ってくるとか、どれだけプレイヤー殺しにかかってるんですかねチクショー!。


 無言で見下ろしてくる鷹竜と、別の意味で無言になった私+α。

 もはや未来は決まったようなものだけど、一応抵抗はしてみよう。私は冷静にアイテムボックスを開くと、手早く"それ"を取り出した。


 手に持った"それ"は、


「……触手もどきとか食べます?」

『そこでそれ!?』


 おっと姫翠からの突っ込み頂きましたー。

 そしてそれを見た鷹は頷き一つ。


 げしっと足蹴にされた。


「ですよねっ!」

『でしょうねっ!』


 ボケに厳しいのか、なんてそんなことを思う暇もなく。

 私がいた場所で、そこで蹴り飛ばされれば当然私たちは――


「う――――っひゃぁぁああああああああああああ!?」


 奈落の底に向かって、真っ逆さまに落っこちた。



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