#48 それはまるで咢の如く
……な、なんだか凄い事になったと言うかなんと言うか。
マズい荒れた――と思った次には既に解決?していたという不思議。これぞ瞬殺。
あれが美凪さんが言っていたサブGM権限を与えられたAIなのだろう。まるで容赦をゴミ箱に捨てたかのような即時判決である。おそらく融通が利かないこともありそうだけど、今回の様な場合にはバッサリ斬ってくれるので助かったのは確かか。
掲示板はプレイヤーが多い分スレッドの数が半端ないことになっているから、人が直接監視するのにも限度があったんだろうなぁ。
「しかし……こっちは予想通りといえばそうなんだけど、ねぇ」
鑑定結果は切実に予想とは違っていてほしかった……性能がマイナス方向にやべぇー。
いや一応は蔦が無毒で食べられるけど、ウネウネ蠢いている触手もどきとか誰が食べるか!
うん、前も言った気がするけど、おのれ姫翠!
……あ、ちょっと布団がズレてる。よい、しょっと。
仕方がない、毒草はまた蛇が出てきた時とかに食わせれば何とかなるだろう。たぶん。
にしても、ちょっと残念なのは結局このタワーシールドの詳細は分からなかったことか。けど、とりあえず持って行った方が良いとアドバイスを貰えただけでも十分だろう。
うん、他プレイヤー達の開発への信頼感がおかしい気がしなくもないケド。やはり色々とやらかしていろのだろうな……。
「さて、なんだかんだで結構いい時間になったね」
メニューで時計を確認すればログインしてからそこそこの時間が経っていることが分かった。ゲーム内ではあと数時間すれば夜が明けるだろう。
このまま夜明けまで待つのも選択肢だけど、既に整理も終えており、今からでも寝ておけばこの後の探索の備えにもなる。
「それじゃ、もう一度失礼しましてと」
足元で眠るトリアートと布団の中の姫翠に気を付けて、ログインした時のような体勢になるように布団にもぐり込む。……たしか姫翠は何故か私の胸のあたりにいたな。
姫翠を抱き寄せて目を閉じる。そうすればシステムが勝手に感知して眠くしてくれるのがいいところだ。
……でもこれ曜日感覚が狂いそうだよなー。
意識は一瞬で落ちた。
******
「~♪ ~♪」
と、いう訳で。
日の出と共に起きたので散策再開。ゆっくり休憩できてリフレッシュしたからか姫翠やトリアートもいつになく上機嫌である。
夜が明けたばかりの高原は多少薄暗いものの、下草が朝日を反射して輝いていた。更にそれが風によって靡き、光の波が峰の先まで流れていく様は壮観の一言に尽きる。
空にはまだ星々が残っているが、それもすぐに見えなくなるだろう。……竜やら鳥やらはもう元気に飛び回っているけども。
「お」
その竜や鳥に並走するように飛んでいくのは流線型のフォルムをした飛行船だ。一直線の雲を成形しながら空を駆け、周りに飛ぶ者たちを追い越していく。
『ふねー』
「船……というよりナイフみたいな形してるね。ま、そりゃ空を飛ぶなら空気抵抗の少ない形になるか」
前に見かけたときは丁度真下から見上げる形になっていたけど、今日は横からの姿が見えた。銀の色をした船体でプロペラだとかジェットエンジンだとかは見られないことから、あれが現実の飛行機とは大きくかけ離れた代物であろうことは推測できる。
どうやって飛んでいるのか詳細は不明だけど船の後部――ナイフで言えば柄にあたるのだろうか――が緑色に輝いており、そこから雲が発生しているので、あれが恐らく動力なのだろう。速度はかなりのものらしく、前とは逆のコースであっという間に飛び去って行った。
「……今日は飛び降りている人はいないな」
ちょっと期待した。
挑戦する人が一日数人はいるらしいが多いんだか少ないんだか。船に襲い掛かるようなMobはいなかったけど、たまに船の甲板付近に近づくのがいたので一種のエサ場と認識されてないかねアレ?
にしても、ちょっと気になったというかふと気が付いたというか。
「小屋を出た時に肌寒いかな、とは思ったけど。よくよく考えたら機械なのに温度も感じているんだよねぇ」
全くの今更ではあったけど、しかし触覚や味覚があるなら暑さ寒さも体感できて当然か。でもそれなら他の二次元とか案山子とかはもちろん虫やら幽霊に爬虫類の類はどうなっているんだろうね? ……冬眠とかあるのかな?
ちょっと変だという程度ならいいけどVRならではの美味しい物が食べれないとか、モフモフを感じれないとか――そうであれば、私ならどれだけレアでもキャラの作り直しをしただろうなぁ。
とまぁそんなことを考えながら気楽に歩いている訳だが、ふと出会いそうなMob以外にも問題が無いわけではない。
例えば――食料はまだあるけども、暫くすれば底が尽きるのは目に見えているとか。
例えば――状態回復系のアイテムは一つもないで状態異常を受けるだけでも致命になりかねないとか。
私以外にも似たように旅をしているプレイヤーはいるみたいだから、彼らはそれらをどうやって解決しているのかを調べてはみた。調べてみたのだが――
「やっぱり準備不足というか、勢いで来たのが今更響いてるね……」
載っている情報で一番人気があるのは「旅に必須のスキル・アイテム」という当たり前と言えば当たり前の事である。夢見さんから話を聞いてすぐモフモフ求めて旅立った私とは違い、他の人たちはしっかりと準備・用意をしているのだ。
旅――長期的な探索に要するスキルは色々で「料理」や「調薬」に「鑑定」はもちろん、火や水属性の魔法なんてのも重要らしい。生水飲んだら毒受ける可能性ありって鬼かと。
アイテムも食料や消耗品の大半は現地調達を基本とし、持っていくのはナイフやらロープやらのサバイバルグッズである。後は緊急用の各種回復薬をいくつか、と。
回復系アイテムどころか装備すら持ってきてなかったからね、私……。
とまあ通常ならレベルが低くとも必須スキルぐらいは習得しておき、道具を揃えて旅に出るのが常道だろう。それを完全無視で街を飛び出した私にとって、この切羽詰まった状況はまさに自業自得なのであった。
「すぐに死に戻りすると思ってたから仕方がないんだけど……それこそ今更か」
もはや嘆いてもどうしようもないので、相も変わらず姫翠やトリアートが持ってくる花やら草やらを回収しつつ足を進める。
高くなり始めた太陽を見ながらご飯どうしようかなー、なんて。
なんとも呑気な話だと思い知らされるまであと五分。
『うー……』
姫翠が見るからにしょんぼりしていた。
これはこれでかわいい。
いや、そうなんだけどそうじゃない。
一体何があったのだろうか?
ついさっきまでは上機嫌であったはずだ。あっちこっちへ行っては妙なものを持って帰ってきて、疲れたら私の頭かトリアートの背で休憩して、そしてまた飛んでいくの繰り返し。
慌てているというのであればMobに遭ったとかかと思うのだが、どうやらそうでもない。採ったものを鳥に盗られたとか? うーん、それでもなさそう。
「ええと……なにがあったの?」
とりあえずさっくり聞いてみんとす。
姫翠は単語単語での喋り方なので詳しいことは分からないだろうけど、ニュアンスとしては十分通じるレベルだ。……学校にいる、筋肉で会話が成立しているボディビル部や、ちょっと深淵でも覗き込んだかもしれない言語で語り合うオカルト研究部に比べれば限りなく。うちの学校、変人と変態率が高くて困る。
閑話休題。
『……こっちー』
こっち、と案内される先は水晶で舗装されている道の先。つまり私が元々行こうとしている方であった。
少し前からなだらかな上り坂になっており、その向こう側は見えていない。姫翠はそちらの方から戻って来たはず、なのだが。
……おや、なんだか嫌な予感がするぞ?
背中を嫌な汗が伝う幻覚に襲われながら前に進む。
気のせいであってほしい、けど。残念ながら、嫌な予感ほど当たりやすいのは世の常なのである。
正直、ここまで私がのんびりと歩いてこれたのは"道"があったからに他ならない。これで道がなかったらセーフポイントには間違いなくたどり着けなかっただろうし、それが原因で死に戻っていてもおかしくなかっただろう。
大半は水晶が砕けて下草に隠れているとはいえ、ずっと続いている以上はそうそう見失うことはなかったのだ。
――ここまでは。
「あー……らー……」
心のどこかで、これはゲームなのだから当然道は残っているよね――なんて甘い、甘すぎる考えに依存していたからだろう。呆然とした声が自分の喉から出ていった。
姫翠もトリアートも、目の前の光景には特に何をいう事なく大人しくしている。
目の前の光景を見た時に思い描いた印象は――"爪痕"。
まるで映画や漫画、それこそ神話に出てくるような。
そんな――大地の亀裂だ。
まあ。あれだ。
要するに、
「……道が無い」
さて、どうしたものか……?